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蛇足か処方箋か -記録係からの最終報告書-

ジョナサンズの旗揚げ公演「厄病神とジレンマ」、全日程無事に終了しました。

ご来場いただいたお客様と、会場へは来られなくとも気にかけてくださった皆様に、まずは厚く御礼申し上げます。

さて。

今回の公演に関して、終演後のご感想・印象など実に多種多様なものをいただきました。その賛否両論は「波紋を呼ぶ」とか「物議を醸す」といった感じではなく、それぞれのお客様の中でそれぞれに異なっている幸福論または不幸論と照らし合わせた結果のような気がしています……と、これも私の「感想」ですが。

色々あったけどハッピーエンドで終われたのが良かった、とのご意見がありました。

ラストシーンが後味悪くて吐きそうだった、とのご意見がありました。

最初から最後まで何も変わってないし何も終わってない、とのご意見もありました。

みんな同じものを見ています。そして多分、三人のうちの誰も嘘をついていませんし、誰の言い分も間違っていません。何を幸せと呼ぶのかが人によって違うのなら、そういうことも起きうるのでしょう。

劇中で最もわかりやすく不幸に見舞われ、およそ行動の自由と呼べるものをほとんど奪われた西村和馬(鐵祐貴)の生活でさえ、その顛末を知らない人が見れば表面上は幸せに見えるでしょうし、詐欺師という自分の仕事を公言できない以上、彼自身も周囲の人間には「幸せを手に入れたふり」をするはずです。和馬のすべてを掌握している伊達まい(柚木成美)にしても、好きな人と結ばれる幸せを完璧に手に入れたように見えますが、和馬がミスするなどして犯罪が露見すれば一気に不幸の階段を転がり落ちる可能性は拭いきれません。

竹本二郎(中三川雄介)の借金はまだ完済できていませんし、パチンコへの依存がもう二度と起きないという保証はどこにもありません(そんな簡単に断ち切れるものならパチンコ業界の収益はもっと少ないはず)。再びその時が来ても神野恵(やないさき)は笑っていられるのか、二人は別れずにいられるのか、それはその時が来るまでわかりません。

手術が成功し、弟との和解も果たした野田かなで(冬月ちき)は劇中最後の瞬間までずっと病院のロビーで弟を待ち続けています。病院へ迎えに来たはずの矢澤宏樹(むらさきしゅう)は、かなでのスーツケースを持ち去ったまま二度と彼女の前に現れないかもしれません。事務所ではいつものように木村緋(山本佳奈)が仕事をしています。以前と比べれば宏樹に憎まれ口を叩けるようになったものの、木村の行動範囲は相変わらず縛られたまま、胸に隠されたタバコの痕もその数を増しているかもしれません。

考えようによっては本当に誰も幸せになどなっていないのです。けれど多分、このお芝居が終わった直後の登場人物たち(それを演じた役者ではなく)をつかまえて「今、幸せですか?」と尋ねれば、みんな口を揃えて幸せだと答えるのではないか……そんな気がするのです。

もちろん、二郎が意志を強く持てば借金を全額返済できる可能性はあるし、普通に考えてタクシーが到着しさえすれば宏樹はかなでを迎えに戻ってくるでしょう。ただし、その未来は劇中で描かれていないし、台本にも書き込まれていないシーンです。本人の気の持ちよう次第、と言ってしまったら無責任すぎるでしょうか。でも本当にそうなのです。間違いないのは彼らが今後も生きていくということ、ただそれだけです。

「厄病神とジレンマ」の解釈が人によって全く違ったのは、表面的な事実しか語られていないからだと思うのです。事実としてこのような出来事があった、というだけのことで、その時の彼らの心の内までは誰にも覗けません。

たとえば神野恵や木村緋に「あなたは幸せじゃないよ」と言うことはできても、本人が感じている幸せ自体を否定することはできません。逆に、どれだけ幸せを感じているからといって、いつかやって来る次の不幸を回避することもできません。宏樹は自分を厄病神だと思い込んでいましたが、もちろん彼は超常的な力を持った神様なんかではなく、普通の人間です。とはいえ「触れた人間が不幸になる」のが偶然なのと同じくらい、「たまたま今回だけは不幸にならなかった」のも偶然かもしれない。宏樹が厄病神じゃないことも、宏樹が厄病神であることも、証明できないという意味では同じです。だとすれば、やっぱり事態は何も動いていないし、あいかわらず「絶対」なんて何もない現実に放り出されていることに変わりはないのでしょう。

さいとうは最後まで頑なに、劇中で音楽を流さないと決めていました。それは役者の力だけで勝負をしたいという理由もありますが、それとは別に、流した音楽の雰囲気によって彼らが幸せかどうかの判断を「決めつける」ことができてしまうのを避けたかったからでもあります。作り物のお芝居ですから、作者は彼らを簡単に幸せにできるし不幸にもできる。けれど、この話を現実の理不尽さにきちんと向き合わせるために、その権利を手放すことを選んだのだと思います。

というわけで、幸せと不幸についてさんざん語ったあげく、いまだに幸せなのか不幸なのかわからないまま物語は幕を閉じました。だから、この物語がハッピーエンドだったかどうかは、見ていただいた方々がそれぞれに決めることなんだと思います。選択を、あなたにしてほしいのです。

こちらからは以上です。いつか改めて、皆様にお尋ねする日が来るかもしれません。

「あなたは今、幸せですか?」


(舞台写真:奥山郁)

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