サッカーで活躍する子を育てるには?

今シーズンわたしは13〜14歳の子どもたちのチームを中心に見てきた。

昨年8月のプレシーズンに始まり、毎週ある練習や試合、合宿なんかにも帯同してきたわけだが、子どもというのは人それぞれ特徴があって実におもしろい。

チームの監督であれば子どもたち1人1人だけでなく、サッカーの戦術や技術なんかにも目を向けなければならないが、わたしの仕事はいうなればチーム管理みたいなものなので、選手やコーチの心の部分に目を向ける必要がある。

そうすると活躍する子や伸びていく子、調子がいい子の特徴なんかが自然と見えてくる。そこで最近気づいたのは、活躍する子・伸びていく子には「決断力」と「起き上がる力」が備わっているということ。

選手のプレーを支える決断力

サッカーにおいて意思決定をしなければならない場面というのは山のようにある。

パスをするのか?ドリブルをするのか?
誰にパスを出すのか?
どうやってシュートをするのか?

こういった決断を90分間絶え間なく続けるわけだ。つまりボールを触ったときのテクニックと同じくらいの頻度で大切になるのが決断力なのである。いやむしろボールに触れていない時間以外でも、どこに走るか、どの場所にいるべきかなどを判断し続けなければならないため、サッカーの技術より大切といえるかもしれない。

しかしこの決断するというのは、それほどたやすいものではない。誰もが選択をまちがえたときの恐怖や、周りへの影響などを考えて決断することに躊躇しがちになる。

それだけでなく相手チームの動き方によっても、決断する内容は度々変わってくる。陸上や水泳といった個人競技であれば自分のパフォーマンスに集中すればいいが、サッカーなどの相手との直接的な攻防により勝敗を決めるスポーツは相手の出方に対応していかなければならない。

また単純に選手自身のメンタルも決断力に影響を与える。何か嫌なことや気がかりなことがあってスッキリしない日は、決断が一歩遅くなるかもしれない。逆に心がスカッとしていて澄みきった気持ちであれば、スパッと決断できるかもしれない。


選手がボールを保持しながら迷っている状態というのは、相手チームからすると恰好の的である。どうすればいいのか迷っていると、選手自身にも焦りという感覚が生じる。ここで相手から思わぬアタックが入ると、ボールを持った選手は動揺してコントロールをミスしてしまう。気づけばボールを失ってしまうのだ。

迷っている選手がディフェンスの最終ラインだったらどうだろう?ボールを奪われるとゴールキーパーとの1対1になる。

迷っている選手がゴールキーパーだったらどうだろう?ボールはゴールネットへ一直線である……


ボールを失わなくとも、明らかに迷っている様子がかいまみえ、相手チームに引っかけられながらもなんとか交わす様子を見ると、監督やチームメイトはおそらく不安になる。危ない場面で奪われないだろうかと心配になる。

決断できずに迷っている姿というのは、他の人への心理的負担にもなってしまうのだ。


逆境に負けない起き上がる力

先制点を許してしまったとき。
残り少ない時間で相手に追いつかれてしまったとき。
退場者が出て数的不利になってしまったとき。

サッカーの90分間にはいくらでも苦しい状況というのがやってくる。簡単に勝たせてくれる試合などない。

そんなときにすぐ諦めてしまうのか、それとも笛が鳴るまで諦めずに戦いチームメイトを鼓舞できるのか。


またそれはチーム全体の話だけではなく、個人での話にも通じる。

ゴール近くでドリブル突破をしようとしたけど、成功せずボールを奪われてしまったとき。サイドから駆け上がりセンタリングを入れたものの上手くいかなかったとき。

こういった状況で次のチャンスが来たときに、自分は出来ないと諦めてチームメイトへパスの選択をするのか、もう一度チャレンジしてみるのか。

どちらの選手が伸びていくだろうか?どちらの選手を監督は起用したいと思うだろうか?


今の子どもたちには日本だろうがスペインだろうが、親が過保護にしてしまっている傾向にあり、自分1人で苦しい状況でも立ち上がり物事を達成させるという野心やガッツが乏しいように思う。

何か困ったことがあれば親が解決してあげたり、上手くいかないことがあれば子ども自身に責任を委ねず他のもののせいにしたり。試合に勝てず落ち込んでいたら「審判のジャッジが悪かった」「監督の采配がダメだった」などと言って子どもを励ますかもしれない。

他のものに責任転嫁しているばかりであれば、子ども自身は何ひとつ成長しないし、もっと上達するための努力や考察を怠ってしまう。また苦しい状況でも自分を奮い立たせ、逆境をはねのけようとする心意気が薄れてしまう。


わたしのチーム(育成年代)でも同様のことが起きるのは少なくない。試合の前半で1点や2点奪われてしまったときのハーフタイム。監督やコーチがロッカールームに入ってくる前の選手たちだけの時間、彼らは静まりかえり諦めムードに入ってしまっていた。ただ前半が終わっただけなのに。まだ時間が十分残っているのにだ。

そこから点を奪い返し、逆転してやろうという熱い気持ちが見られなかった。どうやったら点を取れるか、どんなところが相手の隙なのか、選手同士で意見を交わすこともなく、ただ呆然とみな座ってしまっていた。

ここでもし誰か1人の選手が「おい、みんな顔をあげろよ!時間はある!」とチームメイトを鼓舞し、試合間でコミュニケーションをとれていなかった点を補填しようとしたら。それにみんなが同調し、チームの雰囲気が変わったら。

そんなガッツのある前向きな選手が1人いたら、監督やコーチにとっても頼もしくみえるだろうし、チームメイトからも信頼を置かれるのではないだろうか。


すべての根幹となる自分に対する自信と習慣化

ではこれら「決断力」と「起き上がる力」を養うにはどんなアプローチをしたらいいのか?わたし個人の意見としては、習慣化させることと自信を持たせることである。

わたしたちはついつい普段の生活で「どっちでもいい」「何でもいい」という言葉を使いがちだ。特に日本人は他者に同調する傾向が強いので、何か決めようとする際に他の人の意見に合わせるため「どっちでもいい」なんてことを言ってしまう。

まして決断をしなければ、その選択に責任を持つことからも逃れられる。その選択をした責任感を重く感じなくて済むからだ。

こういったこともあって、わたしたちはついつい決断する作業をサボってしまう。


そこで子どもたちには普段の生活で「どっちでもいい」という言葉を使わせないようにし、必ずどれか1つの選択をする、決断をするという工程を習慣化させよう。

たとえば何かスーパーで買い物をしていて、ジュースを買おうとしたとき。オレンジジュースとりんごジュースがあったら、たとえ子どもが「どっちでもいい」と言ったとしても、どちらか1つを選ばせよう。

特にこだわりがないからといって親が勝手に選んでしまうと、子どもはそれに慣れてしまう。子どもは与えられたものを消費し、どちらが良いか考える機会を失ってしまう。

これは小さな例であるが、こういった小さな行為1つ1つが子どもにとっての考える習慣化を植えつけるようになる。


またサッカーだけでなく勉強や仕事、恋愛などさまざまな事象で成功するための根幹となるのは「自分に対する自信」である。

自信を持った子に育てると、子どもは何に対しても前向きに物事を捉えられるようになり、逆境に出逢っても自分なら乗り越えられると信じられる。一方で自分に自信を持てない子は、何に対しても悲観的になってしまいチャレンジしようとする心を潰してしまう。

自信を持つためにはまず子ども自身の自己肯定感を養う必要がある。そのためには親が子どもに対してめいっぱいの愛情を注ぎ、「あなたはとっても大事な存在よ」と表現すべきである。思っているだけではダメで、それをきちんと伝えることが大切だ。

それを基本として、子どもに何かを達成させる成功体験を与える。自分1人で勝ち取るという経験をさせる。それが子どもにとっての自信につながる。決して親がやってあげるのではなく、愛情を持って見守り応援してあげる。

成功体験を得た子どもはきっとそれにハマるだろう。もっと上を目指したいと考えるようになるだろう。もし失敗したり苦しい状況になったりしても起き上がり、成功した体験をもう一度味わうために奮闘するだろう。

そんな心の変化が、突出した才能を生み出すきっかけになるかもしれない。


また自信を持つということは、前述の決断力にもつながる。自分の考えや行動に自信を持っていたら、決断をする際に迷うことが少なくなる。そして自分の選択に対して思いっきりプレーできるようになる。

たとえ間違った選択であっても、思いっきりプレーすれば後に良い結果となることは多い。迷って中途半端なプレーをするよりも、心はスッキリして次のアクションにつながるのである。


子どもがサッカーで活躍するかどうかは、テクニックの問題だけではない。心理的な部分において、いつもそばにいる家族がサポートできる部分は大いにあるのではないだろうか。

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