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どん底からの這い上がり力

先週の金曜日、1人の選手が練習中にケガをして倒れた。

寝っ転がった状態で頭を抱え、苦しみながら今にも泣きそうな状態だった。

他の選手やコーチはみんな彼の元へ駆け寄る。彼の様子をみる限り、ちょっとした捻挫で済むものではなく、これから長い戦いの始まりを予感させるものであった。

大人2人に抱えられ、トレーナーの元へ運ばれてグラウンドの端ですぐに診てもらう。彼は一向に苦しみ泣き散らす状態から変わらない。

練習用のビブスを付けたまま、一刻も早くといった状態で病院へ運ばれることになった。わたしはロッカールームへ全力で向かい、彼の荷物を取りに行く。

選手ごとにロッカールームを使う場所が決められているわけでもないため、彼の荷物がどれかは正直定かではなかった。

「あの選手は普段どんな靴を履いてたっけ……どんなコート着てたかな……いつもロッカールームのどの場所に座ってたっけ……」

記憶の引き出しをなんとかこじ開けながら、ロッカールームへ走っていた。


その夜、選手の家族から送られてきた写真は、左足全体をギプスで覆われ痛々しそうにベッドに横たわる選手の姿だった。

膝の部分がひどく腫れてしまっていて検査もままならないとのことで、少し時間を置いて検査することになったらしい。


***


わたしが日本でサッカーをしていたときと同じ背番号2番の彼。

今シーズンが始まる前のオフは日本に旅行へ行っていたらしく、お台場で日本代表のユニフォームを着た写真を見せてくれた。チームの中で最初に名前と顔を覚えたのが彼で、わたしにとっては思い入れの強い選手だ。

彼はDFの要の選手で、センターバックやサイドバックをこなし副キャプテンも兼務する。これまでセンターバックを担っていた別の選手が昨年末に去ってしまってから、チームの守備は彼に頼りきりの状態であった。


そんな中起きた悲劇。土曜日に試合を控えていたわたしたちは、試合前日の練習でDFの要を失ってしまう。

練習後、監督は頭を抱えていた。毎週の試合ごとに相手を分析し、より良いシステムと誰を起用するかについて入念に考える。金曜日の練習はもう完全に最終調整の段階であった。

だがしかし、たった1人の選手のケガによって、全ての計画は狂う。チームは一瞬でどん底に落ちてしまう。

いくら準備を綿密にしていても、ちょっとした不運なプレーで状況を大きく変えてしまうことに恐怖を感じた。

そのあとの練習で監督がふとわたしに

「Mayu、俺はもう怖いよ。ケガするんじゃないかと思うと、選手たち1つ1つのプレーを見てられない。。」

と言葉を漏らしていたのが印象的だった。



そして迎えた翌日の試合。

わたしたちは彼のためにも彼の分まで戦い抜こうと、意を決してピッチに向かった。どの選手が出ても同じように戦えるようにしなきゃと奮い立たせて。

しかしそんな気持ちとは裏腹に、前半は壮絶な試合内容で、格下チーム相手になんと3点も叩きこまれてしまう。ハーフタイムに入った頃はみんな下を向いてしまっていた。

監督はロッカールームで選手たちを一生懸命に励まし鼓舞する。相手が油断していることを頼みに、なんとか盛り返して逆転してやろうと。


後半が始まってからは1分1秒も無駄にしないよう、選手たちはピッチを駆け回った。後半5分、ゴール前でPKを獲得する。キッカーが落ち着いて決め、1点を折り返す。このままいけるかもしれない、とチームに光が刺した。

そのあと試合時間を20分弱残したところで、ボランチの選手から強烈なミドルシュートが突き刺さった。圧巻のゴールで鳥肌が立ってしまうような綺麗なゴールだった。今でも忘れられない。そして何より、

「よしこのまま引き分けに持ち込めるかもしれない。いやこの勢いなら逆転できるかもしれない。」

そんな気持ちがチーム全体に芽生え、ベンチにいる選手も座ってられないといった状態で試合を見守った。



だがしかし、3点目には届かず。2-3で試合は終了した。

後半はいい流れだったものの、これまでの試合で比較的順調に勝ち進んできたわたしたちにとって強烈な敗北だった。選手たちは下を向き、圧倒的なマイナス雰囲気が流れていた。

わたしはなんとか明るい言葉をかけようと、ミドルシュートを突き刺した選手に「ゴラッソだったね!(すごいゴールだったね!)」と声をかけてみたけど、選手からは

「でもなんの意味にもならなかったよ……」

という悲しい言葉が返ってきた。華麗なゴールを決めてチームに希望を持たせてくれた選手に、そんな言葉を吐かせてしまうことが悔しくて悔しくてたまらなかった。思わずこらえていた涙があふれてしまった。


そして試合が終わったあと、「この試合はしょうがない、次に切り替えよう!」とたやすく言える状況ではなく、そこには「DFの要を大ケガで失った今、これからどうしよう……」という不安が押し寄せるものだった。

いつもの監督とは違う監督が明らかに見てとれ、わたしはもうハグをするとか背中をさするとかでなんとか落ち着かせることしかできなかった。

選手たちがロッカールームを去ったあとも、その場にコーチ陣が残り話を続けていた。その日は長い長い一日のように感じた。


***


翌週からはまず雰囲気を明るく前向きにするために、比較的軽めで楽しさを含む練習メニューから始まった。

そんな中飛び込んできたニュース。DFの彼のケガの検査結果だ。



膝の半月板と靭帯の損傷。全治約8ヶ月。



彼のプレーを今シーズン観ることはもうなくなってしまった。

なんなら彼の人生において、これからサッカーが出来るかさえわからない状態だった。


診てもらったのは世界トップクラスのバルサの医療チーム。彼は選手生命もかかった状態で、手術をするかしないかの瀬戸際に立たされていた。バルサの医療チームは手術を勧めていた。

しかし彼はたった13歳。成長期真っ只中。これから身長が大きくなっていくとともに、膝は身体の成長にとって非常に重要な部分である。

そんなこともあって、彼の父親は手術を躊躇していた。しかし彼本人は手術をするという強い意志を固めていた。たった13歳の男の子が、辛いケガに立ち向かおうとしていた。


彼の心強い気持ちとは対照的に、チーム状況は決して良いと言えるものではなかった。

あらかじめ予定されていた練習試合は人数不足なこともあって(いつもの練習日ではなかったため)、選手たちは普段のポジションとは違うところでプレーしたり、交代が少ないせいで脚を痛めてしまったりと見ていられない内容。新しいシステムを試してみたものの上手くはまらず。

これから大丈夫かなあと心配になったのは確かだ。


まして昨シーズンの彼らが前半は良かったものの後半から勝てなくなってしまい、最終的に降格してしまったという話を聞いてから、「まさか今シーズンも同じように繰り返しちゃうんじゃないよね……」なんて不安になったりもした。


そんな状態で迎えた金曜日の練習。システムや戦術の確認を入念におこなう。

途中サイドバックの選手が接触で倒れたときはヒヤッとした。みんなが駆け寄る。監督はもはや「大丈夫だよな、、?大丈夫なはずだ!よし続けよう!」と。結果的に何もなかったみたいで、選手は普通にプレーを続けた。

「毎週金曜日にDFが1人ずつ減っていくかと思うとそれは勘弁してほしいな……」

と言って監督と半分笑っていた。


***


そして迎えた今日。試合当日。

奇しくも前節でシーズンの前半戦が終了し、今節から後半戦がスタートするという節目のような試合。シーズン初戦で戦った相手と2度目の対戦である。

試合が始まる前からなんだか緊張していた。この試合でもしも負けてしまうと2連敗になってしまい、チームの自信は圧倒的に喪失してしまう。これから戦っていく後半戦の行方を占うような大事な試合だ。

この日は雲ひとつない快晴で、勝利へと背中を押してくれるような天気だった。


試合開始してすぐ攻め込まれてしまい、最初から手に汗握る戦いだった。しかし選手たちは持ちこたえ、耐え抜いてくれた。

そして前半20分。右サイドのセンタリングからのこぼれ球で待望のゴール!!

跳びはねて喜んだ。ベンチ外にいた選手も「Mayu!」と声をかけてきてグーサインをしあった。


そこからは1-0の状態が長く続き、予断を許さない状態だった。

ハーフタイムに入ったときはまさかの監督から「Mayu、前半どう思ったか?!」と声をかけられてかなり焦った。思わず



後半に入っても惜しい場面は何度もあったが、なかなか得点にはつながらず。ちょっとした気の緩みで点を取られてしまえば勝利はするりと逃げていってしまうという、緊迫した状態が続いた。

何度も何度も時計をみて、時がこのまま進んでいくのを願った。そして無事1-0で試合終了。勝利。


これまで比較的順調に勝ちを積み重ねてきていたわたしたちは、ついつい「よし、今日も勝てたぞ」という気分で試合を終えていた。(監督はそれよりもはるかに多くのプレッシャーを抱え、毎試合苦しんでいたとは思うが)

しかし今回は試合を終えた瞬間、「勝ったぞー!!!!!」と叫びたくなるような、そんな開放感と喜びに包まれた。勝ち点3がこれほどまでに貴重で遠くにあるもので、得るのが大変なものなんだとひしひしと感じさせられた。

毎試合毎試合、勝ったことをありがたく大切に感じようと再認識した瞬間だった。


***


今回noteにこの件を書こうと思ったのも、チームが勝利した瞬間がきっかけだった。

この1週間の想いを忘れちゃいけない、どこかに刻んでおかなきゃいけない、そんな想いにさせられた。

選手やコーチたちが勝ちをもたらせてくれたおかげで、こうして今前向きでいられる。あの忘れられない敗北からなんとか立ち直って、またチームみんなで歩んでいける。なんと幸せなことで、感謝してもしきれない。


今回DFの要の選手の突然のケガによって、どんなに調子の良い状態でも突然どん底に落ちることがあるんだということを学んだ。

これはサッカーだけじゃなく他のことにも言えるのではないだろうか。

仕事がどんなに調子が良くても、何かの拍子で突然窮地に立たされるかもしれない。そんなことが起きてもできるだけ乗り越えられるよう、常に油断せず向上心を忘れず努力する。万が一を想像して、別の逃げ道も作っておく。

今ある当たり前のような出来事も、急にふっと変わってしまうことがあるんだと覚悟しておかなければならない。


そしてどん底に落ちたとしても、そこから這い上がり乗り越えていく。どん底から這い上がる経験を何度も繰り返すことで、厚みのある強さを増していく。

たとえいまの状況が良くないとしても、ここを乗り越えて登った先には今まで見たことのない新しい光が見えるはずだ。


チームは次節、上位を争っている同格のチームと対戦する。ここがさらに正念場だ。またなんとか乗り越えて、みんなと喜びを味わいたい。

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