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サンショーがおもしろい!

 トラックシーズンが真っ盛りです。今年もすでに中長距離で好記録が続出していますが、なかでも私は3000mSCに注目しています。
 順天堂大学の三浦龍司選手のすごさはいろいろな面で際立っていて語りつくせませんが、障害を越える際のバネがその力を物語っていると思います。それは特に大障害を越える場面で如実に表れると個人的には考えています。

 通常、大障害を越える前に一時的に加速し、水濠に着水した瞬間の衝撃で一時的な減速を余儀なくされるのですが、三浦選手は大障害前の加速が高く、越えてからのスピードの低下が少ないと感じます。それは絶対的なスピードとそれを生むバネを持っているからだと思います。多くの選手は大障害を越える際には加速するものの、着地した瞬間は衝撃により速度は低下します。加えて水濠には傾斜がついているので、着地した瞬間は重心が後傾しがちで前方向への推進力が失われるのですが、足首のバネやスムーズな体重移動などまで含め、三浦選手は非常にその処理がうまく、またすぐに加速できる力も備えています。そしてそもそも傾斜にかからないほどのジャンプ力があります。
 これらの複数の能力はフラットレースにも生きています。彼が1500mや5000mで見せる圧倒的なスピードやラストのスプリント力もまさにこのバネに秘密が隠されているのではないでしょうか。
 
 他にも注目していただきたいのが城西大学OBで愛三工業の山口浩勢選手です。30歳になりましたが、2年ほど前から大事な試合前には城西大学でトレーニングをしていて、今も成長し続けています。学生らの手本にもなっていて、指導者としても嬉しい限りです。
 彼も関東インカレの3000mSCで4連覇するなど早くからセンスの高さを見せていましたが、スピードが特別に秀でたタイプではなく、長距離の能力も備えたバランス型の選手でした。その山口選手が3000mSCで東京五輪代表になれたのはまさに努力の賜物であり、特に高強度トレーニングを徹底したためと思っています。
 3000mSCは走速度は低いものの、運動時間は短く、生理学的に考えると中距離に近い種目です。エネルギー供給において「有酸素性」だけでなく、「解糖系」の能力の向上が求められますし、乳酸がたくさん産生されても走り続けられる「筋の緩衝能力」も要求されます。
 これらの能力向上には時間は短くても強度の高いトレーニングが有効とされています。城西大学では低酸素環境下でタバタプロトコルなどの高強度トレーニングを行いますが、これらは非常にキツく、中途半端な覚悟ではできないほど難易度が高いものです。しかし山口選手は私の課したメニューに対して積極的に取り組み、高い集中力で妥協なく必ず最後までやり切ります。さきほど努力の賜物といったのはまさにこの点が理由で、その姿は尊敬の念を覚えるほどです。


山口浩勢選手は高強度トレーニングで力を伸ばしました。/写真提供:月刊陸上競技


 また城西大学には今年、3000mSCに取り組む大沼良太郎選手が入学しました。高校時代から実績を持っており、軽やかなピッチ走法で非常にバネがあり、障害を越えた後の速度低下を抑えられる非常に楽しみな選手です。中距離選手らと共にスピードトレーニングをしたり、すでに低酸素トレーニングも始めるなど、日本のトップに近づく取り組みがスタートしています。

  ここまで当たり前のように「バネ」という言葉を使ってきましたが、少し感覚的な表現ですよね。バネとはそもそも何でしょう? 解剖学的、生理学的に考えると「スティフネス」という筋腱の剛性や硬さを表すことに近いと言えます。実はスティフネスが高くなるとランニングエコノミーが高くなるという報告もあります。筋腱が硬いと速く走れることにつながるわけですが、多くの方が「筋肉は柔らかい方が良いのでは?」と考えがちかもしれません。これはゴムで例えるとイメージがつくのではないかと思います。柔らかいゴムは伸びた後に縮まる力は弱く、強いゴムは密度が高く硬いことから伸ばした後には力強く縮まります。この作用と筋腱を重ねると分かりやすいのではないでしょうか。
 ではバネをどう鍛えるか。筋力トレーニングや素早くジャンプするプライオメトリクストレーニング、スプリントトレーニングなどによって養えます。坂ダッシュや階段ダッシュなどの動きもその能力向上に繋がります。これらは短距離選手であれば、日常的に行っているトレーニングです。

長距離選手であっても素早い動作で行うトレーニングが必要です。


 近年、日本の中長距離走のレベルが向上しているのはこのようなトレーニングが少しづつ根付いてきているためと私は考えています。このように書くと難しいトレーニング理論を習得しなければならないと感じるかもしれません。もちろんそうした知識も必要ですが、これまで長距離選手が行ってこなかった(短距離選手の取り組むような)高い強度のトレーニングを行うことでより身近になります。目的を確認し、必要な強度をしっかり確保すれば、特別な環境がなくても、効果的な練習は可能なのです。
 
 三浦選手の活躍により、世界との距離が縮まり、同時に3000mSCを志す選手が増えた気がします。私も取り組んだ競技種目ですので、今の状況は嬉しい限りで、もっと期待していますし、さらに盛り上がって欲しいものです。8分を切れば、世界歴代10位以内も見えてきます。サンショーは夢がありますし、本当に面白いですね!



バネを鍛えて日本を飛び出せ!


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