ハリルホジッチを巡る色々について考えてみた

最初にザッケローニのことを思い出してみよう。ザッケローニが選手に妥協した云々ではなく、ザッケローニ後の日本サッカー協会の監督選びの基準にワールドカップで結果を残したことがある!が明確に加わった。今回のたじまっちの岡田さん以外にできなくなるやないか!という発言からも明らかな基準と言えるだろう。

そもそもこの基準ができた理由は、ザッケローニが本大会でひよったからだと言われている。ワールドカップに向けてどのような準備、大会中の結果による修正や振る舞いでザッケローニが大混乱してしまったことは、オフレコなのかどうかわからないけれど、事実として協会に刻まれている。よって、ワールドカップで結果を残した監督を大募集だ!ということで、アギーレが登場する。

なぜアギーレだったのか。ワールドカップで結果も残していたし、オサスナでの経歴も立派だった。特にオサスナでの結果は中堅チームの躍進をなし得たという実績にあるし、メキシコのサッカーを目指そう!という風潮も日本に過去にあった。よって、いいとこ取りの監督だったと言えるだろう。自分たちのサッカーはメキシコ成分で、相手への対策はオサスナ成分で。しかし、八百長問題などなど色々と問題があり、アギーレもいなくなってしまった。

そしてハリルホジッチが登場する。ワールドカップで結果を残したという条件は完璧。問題はメキシコのサッカーを目指そう!の部分になるのだろう。

協会は日本の目指すべきサッカーみたいな話を一応はしている。

ボールを保持して主導権を握る。相手のDFラインの裏にボールを供給、フリーランニングすることで、攻撃に深さをもたらす。中央のエリアを攻略したいので、横幅を意識したポジショニングを取る。ボールを横と縦に動かす中で、相手を動かす。そして、相手の隙を見つけ、ボール保持者は多くの選択肢を持ちながら仕掛ける。守備面では、相手陣地でのプレー機会を増やすために、ネガティブトランジッションを重視する。全体をコンパクトに保ち、高い位置から積極的な連動したプレッシングを見せる。でも、リスク・マネジメントを考えて、相手のカウンター残し枚数より枚数を多く残す。そして、球際で負けない。

ハリルホジッチのサッカーと、この目指すべきサッカーには親和性はあまりない。中堅チームが強豪を倒すためには!というオサスナ成分は申し分ないハリルホジッチだが、協会の目指すべきサッカーとのベクトルの不一致はどうしてもいい評価には繋がらなかったのではないだろうか。今回のたじまっちの発言にも少しそれはにじみ出ている。

よって、現場よりの人たちから肯定的な意見が聞かれなかったこともよく理解できる。だって、ハリルホジッチみたいなサッカーみんな嫌いでしょ??アジアのチームを相手にがちで対策うつとか必要なの?ってみんな思っているよ。いやいや、オーストラリア戦すごかったじゃん!と言っても、ああいうサッカーはあまり評価しないの!みたいな感じなんじゃないかな。ジャパンウェーーイからも外れていると言えば、外れているでしょ。さらに、ハリルホジッチを連れてきた霜田×原コンビがいなくなり、選手と監督を繋ぐはずの手倉森におれたちの昌邦仕事ができなかったこともハリルホジッチからすれば痛かった。

よって、ジーコや岡田監督のときもこのまま本大会に突入ってまじかよ!という空気だったが、実際には突入。突入できた理由は、協会が監督スタッフを支持していたか否かの差がある。むろん、ジーコや岡ちゃんを解任すれば、オレも仕事をやめなければいけない!それは嫌だという理論だったかもしれないけど。万が一、本大会で成功するかもしれないしね。

2014年の選手の乱については、2010年の岡ちゃんの呪いが全てだと思っていて。たじまっちは選手と監督の信頼関係がーと言っていたけど、今回はどうなんだろう。ウクライナ戦の試合を見ていると、選手が暴走したのかなと思わなくもないが、試合後の記者会見でハリルホジッチがお前らなんやねん!みたいなことを言うそぶりもなかった。

ハリルホジッチで落ち度があったとすれば、親善試合のテストが選手からとってもわかりにくかったことは上げられるだろう。何のテストやねん!みたいな。宇賀神の右サイドバックなんてまさに。一戦必勝スタイルに慣れている代表の選手からすると、アギーレ時代のブラジル戦の使い方も伝説だけど、テストマッチに慣れていないのは選手もメディアも観客もなのかもしれない。

そうなると、本大会でどうなるんだこれは?本当に信じて良いのか?確かにオーストラリアやUAE戦ではハリルホジッチの言うとおりになったけど、本大会でも大丈夫!という根拠はどこにあるんだ?と疑心暗鬼になってもしょうがないのかなと。このあたりはハリルホジッチがもう少し頑張れなかったかなとは思ってしまう。最低限でも選手に対しては。だって、外から見ていても、ハリルホジッチ、本大会で何もなかったらどうなるするねん!という想いはたしかにあった。だからこそ、欧州風に言えば、「何が起こるか見てみよう」状態だったのではあるんだけれど。

でも、なんでこのタイミングなの?という問に対する答えはほとんどない。いや、ビエルサがやってくれると言ったんで、ならこのタイミングでもわかる。でも、西野監督である。自分たちが選んだ監督でないから解任しやすかったとしても、このタイミングで西野監督にする意味は解せない。よっぽど選手と監督の間に不和があったか(多分ない)、積もり積もったジャパンウェーーイとの乖離なのか、噂されているスポンサーからの不平不満とか、色々なものが積み重ねったのだろう。たぶん。もしくはサッカー以外の何かの力が働いたのかもしれない。

ひとりごと

というわけで、たじまっちのうった手は、ひとまずバラバラでワールドカップを勝ち抜けるわけはないから、根性で挙国一致にしたかったのではないかな。結果として全く挙国一致になっていないのが田島っちらしいけど、たぶん、現場は挙国一致になっているのかもしれない。ハリルホジッチで挙国一致を作れなかった事実はやるせないのだけど。

ただ、ちょいと前につぶやいた気がするけど、日本のサッカー文化にハリルホジッチはやっぱり早すぎたのではないかなと思う。メキシコ成分のなさがジャパンウェーーイとの乖離に繋がり現場の指示を得られなかったことが痛かったのではないかと推測して終わり。

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