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お腹が痛いはカッコイイ

「俺いま熱37℃あるわ」

この世でこれ以上カッコイイセリフがあっただろうか。
同級生の一言に小学生の俺は衝撃を受け、痺れた。

今思えば熱があることの何がカッコ良かったのだろう。
多分、微熱があるのに平気そうにしている姿が男らしく見えた、とかそんなところだろう。
小学校では骨折して包帯を巻いたクラスメイトが一躍ヒーローに躍り出る。
体調不良や負傷がめちゃくちゃカッコイイ!小学生男子の価値観なんてそんなものだ。


俺の通っていた小学校は長野県の真ん中あたりの諏訪湖という妙に汚い湖の近くにある。(いや良いところだけどね)
一応温泉地ではあって、敷地内に大きい温泉があることが唯一の自慢のごく普通の小学校。



そんな俺の通う小学校に、なんと全国放送のニュースに取り上げられることになる大事件が起こったのだ。


小学校3年生だった俺。
毎日授業も聞かず妄想に明け暮れ、机の中にはカピカピになったパンを放置し、ガリガリ色白の、家ではファミコンかアニメを見て過ごすどこにでもいる少年だった。

ある日の夜。
6年生の姉と同部屋だった俺は布団に潜ってウトウトしていた。
しかし何やらお腹に異変が。

痛い。なんか痛いぞ。
やり過ごそうとするが明らかに痛みが増してくる。
子供ながらに泣きながら母に報告し、薬を飲み、俺のうめき声に迷惑そうな姉。
その日はなんとか就寝した。


次の日、痛みもほとんど引いたお腹。
当時のことはうろ覚えだが、ズル休みもできただろうに何故かちゃんとマジメに登校した俺。
きっとそれを後押ししたのは、昨日の夜の出来事を早くクラスメイトに話したいという強い気持ちからだろう。

何故なら、

なんと俺は昨晩、

お腹が痛かったのだ。

そんなカッコイイこと黙っていられるはずがない。

教室に入るなり、少し顔を歪めた俺はそっと席に着いた。
そんな俺の異変に気付いた誰かが話しかけてくるのではないか?という目論見だ。
そう、自分から話しかけ、自分から発表するのはカッコ悪いのである。
あくまで話のついでに話題にするのだ。
体調不良発表時のちょっとした美学である。


「おはよう」

するとようやく仲の良いクラスメイトが声をかけてくる。
俺の一世一代の体調不良(ほぼ芝居)に気付いたのか?

しかし彼はこちらの様子を気にすることなく、いつものようにくだらない話をする。
元々異常なくらい色が白い俺。常に顔色が悪く見えるため気付かれにくいのも無理はない。
くそっ、気付け!気付け、、!

ついに業を煮やした俺。
仕方なく、自ら発表する決意を固める。
息を呑み、きっと誰もが尊び、敬うあろうキラーワードを口にする。

「俺、昨日の夜、お腹痛かったんだよね」

覚えてはいないが、きっとその時の俺は腹痛によるダメージを苦痛そうな顔で表現しながら、
かつ、隠しきれないほどのドヤ感を放っていたに違いない。


しかし、そんな俺の渾身の一撃に、
そのクラスメイトはとんでもない返しをする。

「俺も痛かったよ」


・・・・・・は?

コイツは、何を言っているんだ?

一瞬何が起きたのか分からない俺は放心状態に。
何故コイツはこんなことを?


その間、時間にして約2秒。
考えた末に俺はある結論を導き出す。

「さてはこいつ、悔しいんだな?」

たしかにコイツは日頃からそういうところがある。
人が目立つようなことをするとそこに乗っかり、自分も目立とうとすることが多々見受けられる。

そうはさせない、、、!!
コイツのこの発言にどう返すべきか。
俺の手柄(腹痛)を横取りされるわけにはいかないのだ。

しかし、またしても予想もしないことが起こる。
そんな俺たちに近付いてきた別のクラスメイトがとんでもないことを言い出す。

「俺も痛かった!」


・・・・・・良い加減にしてくれ。

俺はな、本当に痛かったんだよ。

お前らのしょうもない仮病で目立とうとするその腐り切った根性・・・・、許せない!!!

しかし、俺の手柄(腹痛)をいとも簡単に自らのエピソードトークに変えた2人のクラスメイトは、いかに自分の腹が痛かったのかをアピールし合い始める。

あっという間に話に置いていかれた俺。


・・・・一体何故こんなことになってしまったのだろう。
本当なら今頃俺は、昨夜激しい腹痛に襲われた猛者としてもてはやされていたはずだ。

挙げ句の果てに、その話を遠巻きに聞いていた女子でさえ「私もお腹痛かった」などと言いだす始末。

もういい・・・・。
もういいんだ・・・・・・。

こいつら、どれだけ欲にまみれているんだ。
人を踏み台にして。
その様子を呆然と見つめる俺の目には涙が溢れ、視界が揺れる。

「弱肉強食」。そんな言葉が小3の幼かった俺の頭をよぎるのだった。


しかしその後、別のクラスメイトも、そして隣のクラスの生徒までもが不調だったことを訴え始めたのだ。

一体何が起こっているんだ。
俺が言った一言から同調の輪が確実に広がっている。

なんという恐ろしい影響力。
特にクラスで目立つ方ではなかった俺の発言が小さな社会現象を起こしているではないか。

これは、、、夢?
集団ドッキリ?
信じられないこの光景の理由が後ほど明らかになった。



集団食中毒

である。

前日の給食に出たチャーシューが原因で、学校内で大人数の食中毒者が出たのだ。
ちょうどその時期O-157が流行り出していたが、それではなかったように記憶している。

朝の会で先生が「この中で昨日からお腹の調子が悪い人」と聞くと半数以上の児童が手を挙げたのだ。
ウチのクラスは今では珍しい、出た給食は残さずちゃんと食べましょうを教訓としていたので、かなりの人数がチャーシューにやられた。
6年生の姉のクラスは緩く、嫌いな物は食べなくていい方針で、姉はチャーシューを残していたらしい。

中には食べたのに平気な奴もチラホラいる。
一体どういうカラダしてるんだ。


こうして一躍ヒーローになるはずの俺の腹痛自慢は幕を閉じた。
食中毒はテレビのニュースで流れ、自分の小学校の全景がヘリコプターから撮影された画を観て興奮したのを覚えている。


熱出た、怪我した、体調が悪いはカッコイイという子供ならではの価値観。
でも考えてみたら大人になっても忙しい、寝てないアピールする奴はいるわけで。

結局、大人になっても大して変わらないのかもしれない。
人は無理している姿を見せて尊敬されたいのである。



ちなみにその後、大人数の医者が学校へ到着。

不調を訴えた児童を1人づつ診察したのだが、
「今ウンチは出るかな?」という質問があり、俺は「出ない」と答えると、医者がマッチ棒そっくりの物を取り出し、四つん這いになった俺の幼いアナルにそれをぶち込んだ。

便を採取するためだったと思うのだが、前日下痢の連続で尻を拭きすぎたせいかそれがビックリするほど異常に痛く、
今でもマッチ棒を見るとあの時のことを思い出すのだ。

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