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テッド・ウォンテッド

タクマは薄れゆく意識の中で、幼い頃父に連れられていったサファリパークを垣間見ていた。タクマはそれがソーマト・リコール現象であり、すなわち彼が組のシノギをしくじり惨めに死んでいく最中なのだと理解していた。

幼いタクマは父親の隣で、ヨロシパークバスの車窓から見えるバイオ生物の悠然たる姿をキラキラした眼で見つめていた。バイオライオンが猛然とバイオキリンに襲いかかる。バイオハゲタカがそのおこぼれに預からんと上空を舞っていた。

ヨロシパークバスは園内をゆっくりと巡回する。バスからはバイオ生物が忌避する周波数が流れており、危険は無い。車内アナウンスは、もうじき園の目玉、バイオクマチャンの生息域に差し掛かる事を告げていた。

バイオクマチャンはヨロシサンのバイオ技術により、熊の持つ凶暴性を消し、丸々とした愛嬌のみを残した愛玩動物である。遺伝的再現性が無かったため商品化は見送られたが、作られた小数頭がヨロシパークのマスコットとして、園内に棲んでいた。

アナウンスが到着を告げる。タクマは窓にかじりつくようにしてバイオクマチャンを探した。竹林の奥、何かがもぞもぞと動く。アッ!いたよ!タクマが叫んだ時、血まみれのバイオクマチャンを引きずりながら竹林から大きな影が姿を現した。

その影はヨロシパークバスを睨み付けると、バイオクマチャンを放り捨て、一目散にバスめがけて突っ込んで来た。騒然となるバス内。近寄ってこないはずのバイオ生物の襲撃に運転手はパニックになり、発車が遅れる。巨大な影は、タクマの目の前の窓を破り彼の父親を引きずり出した。

タクマの父親が車外で断末魔の悲鳴を上げた時、ようやくバスが発進した。タクマは釘付けになる。父をあっという間に殺した巨大な生物。バイオ生物では無いただの生物でありながら、いともたやすく命を奪う生物、それは––––


GRRRRAAAAHHHH


タクマは血の海の中で目を覚ました。体に痛みは無い。撃たれたはずの腹の傷まで塞がっていた。ふと、彼は確信した。俺は死んで、ニンジャに生まれ変わったのだと。それから彼はツキジめいたその場を抜け出し、ネオサイタマの闇の中へ消えていった。


タクマはこれからの己の身の振り方を考えていた。もう自分の所属していたヤクザクランはあの夜壊滅していた。もっとも、ニンジャとなった今では、非ニンジャのクズのオヤブンに付き従うつもりは彼には毛頭無かったが。

ニンジャになった自分に、果たしてどんな事が出来るのだろうか?彼は疑問を解決するため、目に付いた家に忍び込んだ。そこはどうやら幼い子供のいる家庭であったようで、そこら中におもちゃやぬいぐるみが置いてあった。

タクマは留守番していた老婆を殺害し、家の中を物色し始めた。そこまでの道中、彼は自分のニンジャらしい才能をほとんど見出せなかった。常人の3倍はあろうかという脚力のおかげで敷地内への侵入は容易かったが、月破砕年以降に風の噂に聞くニンジャのジツのような特別な力を感じられなかった。

タクマは子供部屋へと入った。そこはそれまでにも増して大量のぬいぐるみが、壁一面に飾られていた。タクマはそのぬいぐるみの一角に、強く惹きつけられる何かを感じた。彼のニンジャ第六感が、ここに何かある、と告げていた。

タクマは一つのぬいぐるみを拾い上げた。それは少し右腕のほつれたテディベアのぬいぐるみだった。彼は直感した。(((俺は北に行かなければならない)))彼は金庫からくすねていたアラスカ行きの飛行機チケットを見つめた。そして、すぐに行動を開始した。


そしてタクマは寒風吹き荒ぶアラスカの大地に降り立っていた。彼は街に目もくれず、空港から一直線に針葉樹の森へと踏み入っていった。粗悪な酒を飲みながら歩く老人が、森には悪魔がいるぞとタクマを引き止めようとした。(((知った事か)))

タクマははっきりと自分のセイシンテキが高揚しているのを感じていた。この森に自分の求めている何かがある。そいつは俺に会える瞬間を心待ちにしている。タクマもそれは同じであった。ただひたすらにアラスカの寒風を耐えながら、タクマは熱に浮かされたように森を練り歩いた。

バキリ。タクマの背後で枝の割れる音がした。振り返るとそこには、巨大な牙の生えた白いトラが佇んでいた。タクマのあずかり知らぬ事ではあるが、それはこの森のヌシであり、なんらかの実験施設から逃げ出した、ヨロシサンのバイオ兵器、バイオビャッコであった。

タクマは不確かなカラテを構える。バイオビャッコは悠然としているが、その爪は地面に突き立てられ、いつでもタクマを引き裂く事が出来るようになっていた。二者の間に緊張が走る。ニンジャとなった俺は、あいつに勝てるのか?タクマは自問した。

両者が一触即発となったその瞬間、第三の乱入者までが現れた!GRRRR!バイオビャッコに勝るとも劣らない巨体の乱入者は、タクマの隣を通り過ぎ巨トラへ躍り掛かった。バオオーッ!バイオビャッコは巨体に似つかわしく無いほどの俊敏さで乱入者の攻撃を回避した。

GRRRR!乱入者はなおも果敢にバイオビャッコに襲いかかった。決死の形相。ヌシの座を狙ってか、はたまた復讐か。乱入者の絶対的な殺意の咆哮がアラスカの雪林に木霊した。タクマは乱入者から目を離せないでいた。もしかしたら、こいつこそ自分が追い求めていた……

ガロオオーン!バイオビャッコの鋭い爪が、乱入者の腹を裂いた!アバーッ!乱入者の悲鳴が響いた。タクマは理解していた。(((戦いたいんだな、あいつと。倒したいんだな、あいつを!出来る、俺とお前なら……出来る!)))タクマは両腕を乱入者に向け力強くかざした!

イヤーッ!タクマのカラテシャウトが響き、超自然のエンハンスメントが乱入者に注がれる!乱入者の腹部の傷は瞬く間に治癒し、更にあふれんばかりのエネルギーが四肢を満たした。乱入者は立ち上がり、タクマを見た。タクマもまた、彼を見た。一瞬で、彼らは通じ合った。

(((さぁ立ち上がれ!俺とお前の力を示せ!)))GRRRRAAAAHHHH!!!バイオビャッコは驚愕した。目の前の乱入者が、突如力を増したのだ。そこにいたのはさっきまでの乱入者では無い……ベア・エンハンスメント・ジツによって驚異的な力を得た、恐るべきアラスカグリズリーだ!

GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!GRRRR!バオオーッ!

一進一退の攻防、だが絶え間なく注がれるベア・エンハンスメント・ジツによって矢継ぎ早に繰り出されるグリズリー連続攻撃は、着実にバイオビャッコの体力を削っていく!(((いいぞ!そこだ!トドメオサセー!)))タクマの声に応え、アラスカグリズリーが必殺の一撃を放つ!

GRRRRAAAAHHHH!アラスカグリズリーの一撃がバイオビャッコの頭部を粉砕した!アババーッ!そして断末魔の叫びとともに、バイオビャッコは大地に倒れ伏した。タクマとアラスカグリズリーは緊張の糸が切れたのか、両者ともに地面にへたり込んだ。

いつしか両者は仰向けになり、アラスカの空を仰ぎ見ていた。空にはやがてオーロラが舞い始めた。(((なぁ、俺と一緒に来い)))タクマの問いかけに、アラスカグリズリーは短く鳴いた。(((へへ……それじゃあ俺たちの名前を考えよう、俺だっていつまでも名無しのニンジャじゃいられない……)))

その時、オーロラの根元から滲み出るように、闇の中から男が現れた。短い髪、後退した生え際、丸太めいた腕、その全てにカラテが漲っている。そして何よりも、虚無的な瞳が恐ろしかった。その男は、両者を少し興味深そうに見下ろした。

(((なんとも変わったジツを使うニンジャだ。面白いではないか)))そう呟くと、男は油断なくアイサツをした。(((ドーモ、シンウインターです)))タクマは立ち上がり、アイサツを返した。

(((ドーモ、俺の名は……そう、ベアゴージ)))


そして、ベアゴージの永遠にも似たソーマト・リコール現象は、だがしかし実際には死神めいたニンジャによって彼の両目が焼き尽くされる一瞬の出来事であった。「サヨナラ!」その言葉だけを残し、ベアゴージは爆発四散した。

やがて彼を死に至らしめたニンジャは短いザンシンを終え、地下トレーニングピットを退出しようとする。意識を俄かに取り戻したチチーナがうなり声を漏らすが、そのニンジャは顧みることも無く立ち去った。

やがてひとり残されたアラスカグリズリーのチチーナは、地下トレーニングピットを見回し、焼け焦げた爆発四散痕見つけると這いずるようにして近づいた。2、3度焼け焦げた痕の匂いを嗅ぎ、そして一度だけ悲しげな遠吠えをすると、チチーナはあの夜の様に仰向けに横たわった。

かすみつつある視界をくまなく探したが、あの夜の様な星空もオーロラも、チチーナは見つける事は出来なかった。そしてチチーナは深く目を閉じ、そして二度と開く事は無かった。

テッド・ウォンテッド
終わり

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