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文化的なものを取り除いていくと、最後に残るのは?

先日、Amazon Primeの私へのおすすめ映画から一つピックアップしてみました。その時思ったことは前回の記事に書きました。今回はその映画について思ったことを書きます。

その映画では会話はまったくなく、主人公の暮らしが淡々と写しだされます。人間が動物のような暮らしをしたらこんな風だろうというのを淡々と流していきます。
寝る、食べる(動物の皮を剥ぐところから)、裸になる、水に浸かる、自転車に乗るの繰り返し。
主人公は無表情で感情を出すこともなく言葉を発しません。何かを考えているようでもなく。そう、いかにも動物的な暮らし。マズローの欲求五段階の生理的欲求レベルで生きているとこんな感じかなと思います。多少安全欲求も入るけど。

観ていて途中、ちょっと気持ち悪くなりました。なぜ気持ち悪くなったかというと、人間社会の習慣をそぎ落として残ったことは、動物と同じような行動を繰り返すという毎日。それを延々と映像で流していたからです。
裸体、睡眠、水浴び、動物の肉と血、無言の毎日。唯一人間社会的な行動は自転車で移動すること。

人間も動物だしな。文明から切り離されるとこういう生活になるんだろうな。
私は自然が好きとは言え、さすがにこの生活はしたくないと思いました。

文明をそぎ落としていくと、極論「死んだ動物を食べる」と「寝る」を繰り返す動物的な日々となります。人間は雑食なので、肉だけじゃなくて、木の実や植物を食べたり、栽培したり、歌ったり踊ったり、何かを作ったり、その他いろんな楽しいこともできますし、仲間がいればコミュニケーションも生まれます。
この映画は人間的なことを削ぎ落として、より動物的になる方向に特化してました。と言っても野獣化するとか、化け物化するという話ではなく、生きる最低条件をこなして過ごす日々を表現しているかのようでした。

最低限の暮らし方に戻ってみると、現代は余計なものがたくさん付随しています。余計なものばかりではないかと思われるぐらいです。いいものもあれば、悪いものもあり。私たちは複雑化した社会の中で情報にまみれ、肉体を置き去りにし、仮想現実をリアルだと思って暮らしています。

土から生まれ、土に戻っていく

私は家で生ゴミコンポストと腐葉土を作っています。固形物が最後には土に戻っていくプロセスには感慨深いものがあります。ふかふかのいい土ができた時には尊い気持ちになります。しかしそのプロセスの途中では腐敗や虫がわいたりすることもあります。それは気持ちの良いものではありません。

動物の死骸はこの世に未練がないので、あっという間に解体されると聞いたことあります。だから山の中で動物の死骸を見つけることがあまりないと。他の動物や虫や微生物が一気に解体してしまうとは思います。
人間は自我が強いし、肉体にはいろんな思い、未練、情念や化学物質が浸透しているのは確かでしょう。それが強いほど寄り付く微生物が減り、肉体が解体されにくいなんてこともあるのかもしれません。純粋な”肉”でなくなっている、、、。

置き去りにされた肉体

私たちは肉体を持ってこの世に生まれ、その肉体は感覚を脳で感じ取り、反応しています。感覚を得て認知に落とすまでの間のプロセスが歪んでしまっていると、その後現れる現実がすべてゆがんだままです。純粋な”肉感覚”でなくなっています。つまりよけいな思考をはさまない感覚であるかどうか。

生きるのに必ずしも必要がないと思われることはなんだろう?と考えると、ほとんどがそれに当たります。それでも「もっと、もっと」と欲しがります。
やはり最初は生命の安全の確保、心地よい衣食住が保証されていることが大事です。それがあってこそ、心の安定につながり、より未来についても考えられます。

なぜ人間は他の動物と違って未来について考えることができるのか? 
私たちはここをしっかりと考える必要があるのではないでしょうか?

本当は、私たち以上に他の生き物は地球全体の未来について共有して生きているように思います。人間の方がそれができてないのではないでしょうか。

私たちは人間社会という枠の中で生活していて、そこにある知識や常識をベースにしています。それを基準にしている限り、それを超えることはできません。

私たちはもっと”肉”に戻る必要があるかもしれません。それは「ヒト」という動物である純粋さに気づくということでしょうか。
肉(体)感覚を今一度取り戻し、理性がそれを抑圧したり、排除しようとするのではなく、理性が方向性を示すと、その自然の力は絶大なパワーを発揮できます。理性と肉体をつなぐ、いわば、顕在意識と無意識が連携するということです。

私たちはその術を忘れてしまいました。よどんだ理性に支配されない自由な体感覚で動ける自然体を取り戻すことが必要だなと思います。

ワークショップのお知らせ

非言語コミュニケーションと接触についてのワークショップを行います。

私たちは日常、非言語でのやりとりを気づかずにしています。気づかないままに自分の状態を人に伝えていますし、人のそれを感じ取っています。
体感、情報空間、気、気配、皮膚接触、場などを通して、私たちがどのようにコミュニケーションをとっているのか?を実際に体感していただくワークショップです。

日程:7月30日(土)13:30~15:30(終了時間は延長の場合があります)
参加費:6000円(税込)
会場とご入金方法(銀行振込)はお申し込みされた方にお知らせします。
お申し込みはこちら
(「ご希望のセッション」欄に「7月30日」とお書きください)


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