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連載~時間に負けた男~ 5話 

「もしもし!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「ほんとうにありがとうございます!」
男は握りしめた携帯に向かって必死にお礼を言った。

電話の向こうの男は何だか面食らったように
「はっ」
とだけぼそっと言った。

いかんつい取り乱してしまった。
「いや、まさか電話に出てくれるとは思いませんでして」
電話の向こうの男が聞いているのかどうかすらわからないが矢継ぎ早に男は話した。
自分の生い立ち
学校での思い出
勉強に打ち込めなかった学生時代
成績の話
よく言ったパチンコ屋の店員の話
時間の経つのも忘れて話続けた。
話している間、電話の向こうの男は軽く相槌している様子だが、あまり興味がなさそうに思えた。
数十分話しただろうか

電話の向こうの男がぼそりと言った

「もう所用があるので、ここいらで失礼したいと思います」
男ははっとなったがここで無理に長電話させて心証を悪くしたらまずい

「わっ、わかりました」
「明日、電話をまたかけてよろしいでしょうか!」
少しの沈黙がつづいた

男は祈るように携帯を握りしめた
「わかりました」
男は飛び跳ねる勢いで喜んだ
「ありがとうございます!」
「今日は、本当に電話に出てくれてありがとうございました」
「明日またお電話しますので、よろしくお願いします」
男は丁寧にお礼をいい電話を切った。

明日、また電話に出てくれると言ってくれた。

この退屈な空間が一気に天国のように思えた
男は寝転がり明日電話で話す内容を考えながら一日過ごした。
明日は何を話そうか?
今日、話した内容はあまり興味がなさそうだった
明日はもっと面白い話をしなければ
途中で電話を切られてしまうかもしれない
そしてもう二度と電話に出てくれなくなるかも
男はあれやこれや自分の過去や昔読んだ面白い物語をおもいだし
話す内容を考え込んだ
いつのまにか男は携帯を握りしめながら眠りについていた。

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