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人殺し少年のいる部屋(短編小説)

 物心ついたときから人殺しだった。
 僕は小さな明るい部屋の中で、目の前の鉄格子を見つめた。
 いつから人殺しだったかは、もうよく覚えていない。
 とは言っても、世間の人は皆「人殺し」ではなく、自分だけが特殊だと気付いたのは、小学校に入学して間もなくのことだった。
 幼稚園に通っていなかった僕は、人付き合いと言うものに慣れておらず、軽いいじめにあい始めた。いじめっこたちを呪い、そして彼らに向かって叫んだ。「死んじゃえ」と。
 それから三日と待たず、いじめっこ三人は全員不幸な事故に遭い、幼くして命を落とした。
 大人たちは、最初は偶然だと思ったらしい。が、それにしてはできすぎている。「あの子は呪う」と暇な母親たちのいい話の種になった。
 親の態度は自然子供たちに伝染する。僕はクラス全員からいじめに遭うこととなった。
 誰も僕と遊んでくれない。授業でペアやグループを作ることになっても、僕と組んでくれる子供などいるわけがなかった。それどころか、本気で石を投げつけてくる子供もいた。
 先生も助けてはくれなかった。先生も僕を気味悪がっているのは、子供心にもわかった。
 給食の時間、ついに耐えかねて叫んだ。
「みんな死んじゃえ!」
 ひと月以内に、教師含め全員が死亡した。
 ひとりずつ、ひとりずつ。
 不可解な事故や事件に巻き込まれ。
 最後に残った子供は恐怖に耐えられなかったのだろう、幼いながらに気が狂ってしまったそうだ。何事かを叫びながら、マンションの五階から飛び降りた。
 ここまで来て、さすがに異常だと周りの大人たちは思ったようだ。
「悪いようにはしません」
 にこにこと下卑た笑いを浮かべながら、あるおじさんが我が家にやってきた。後で聞いたところによると、人体の研究をしている学者だということだった。
 それから我が家には毎日のように色々な人がやってきた。学者だけならまだ良かったが、カルト好きの興味本位で来る輩もいた。
 ある日その興味本位のうちの一人の男が、僕の気に障ることをした。もう何をされたのかよく覚えていないが、余程僕は気にくわなかったらしい。 「死ね!」
 心の底からそう叫ぶと、突然外から中年の女がうちの我が家の玄関に飛び込んで来た。がたがた震えながら手に持った灯油缶の蓋を開けた。
「なんで」
 そう女の口から言葉が漏れた気がした。が、女が灯油をその男にぶちまける音にかき消されてよく聞こえなかった。
 男の体に火がついた。
 隣にいた、男の友人がライターをつけて男に向かって投げたのだ。その友人は口から泡を噴いていた。
 男が一人死ぬだけで、この一件はボヤ騒ぎで済んだ。しかし、それ以来興味本位で我が家にやってくる者はいなくなった。
 しかし、学者の数は増えた。
 そのうちの一人の学者によって、僕は家から別の建物に移された。そしてこの部屋に隔離された。  いろいろな研究機関からやってきた人々が、僕の体を勝手にいじくりまわして調査を始めた。数人の犠牲者を出しながらそれは数ヶ月に及んだ。  「なんでパパとママは助けてくれないの?」泣くのをこらえてそう強く訴えた。その瞬間、両親は奇妙な叫び声を上げ、部屋から飛び出していった。  それ以来、両親を見ていない。そのまま僕はその部屋に取り部屋に取り残された。いや、幽閉された。
 死を望む言葉を実際に口に出さなければ問題ない、と研究の結果わかったらしい。外には警備がつき、僕が不満を持たないよう世話をする人間が派遣された。彼らは死刑囚だったそうだ。
 それから十数年が経った。何人分か死刑執行人の精神的負担を取り除いてやったのではないかと思う。よくはわからない。
 わかるのは、死にたい、ということ。こんな危険物、早く殺せばいいのだが、そんなことをしたら死の間際に何を口走られるかわからない。それで手が出せないらしい。
 もう、嫌だ。死にたい。
 しかし、僕の自殺による不測の事態の発生をおそれているのだろう。自殺に使えるような物はこの部屋からは取り除かれていた。
 死にたい。
 死にたい。
 死にたい。
 刃物はない。薬品もロープも重量物も。
 死なせろ。
 死にたい。
 死ぬことすら叶わず、僕はこの箱の中で飼い殺されていた。
 ある夏の日、蝿が僕の手に止まった。
「死ね」
 こう言いさえすれば蝿は死ぬ。便利だ。この程度の大きさのものなら即死だ。しかし、そのときはいつもと様子が違った。蝿は僕の手を離れ、ゆうゆうと天井に飛び立っていく。
 試しにもう一度言ってみた。「今すぐ死ね」と。蝿はそのまま蛍光灯の近くを飛び回っている。  異常な力が消えた。
 何故だろう。懸命に考えて、今日が二十歳の誕生日だということに気付いた。
 でも、理由はどうでも良いことだ。
 力が消えた。それが知られたら僕はどうなるのだろう。この部屋から出されて、そして。
 嬲り殺しにされる。
 そうだ、犠牲者の遺族が黙っているはずがない。犠牲者となんら関係がなくても、自分が正義だと思っている人間が、制裁を加えにくるに違いない。  殺される。これがばれたら、殺される。怖い。殺される。
 殺されたくない。誰かに殺されるのは嫌だ。怖い。
 怖い。
 怖い。
 怖い。
 でも、僕は殺される。きっと殺される。
 殺される。
 殺される。
 殺される。
 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺さ
 物心ついたときから人殺しだった。
 誰かに殺されるくらいならば。
 僕を殺そう。
 そう思って己の舌に歯を立てる。
 が、震えて力がうまく入らない。
 もう、誰も殺せない。自分さえも。
 ただここで殺されるのを待つだけ。
 僕は小さな明るい部屋の中で、ただがたがたと震え続けた。

 終わり

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