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自分で選ぶ時代?(スピ系)

ふうちゃんさんのイラストをお借りしました。

初夏のような陽気です。
朝から洗濯や布団干しや片付けにおおわらわ~(^_^)v
娘家族が明後日夕方に、我が家へ着くまでなんとか間に合いそうです。

お昼を食べたので、また頑張ります。
新しい布団のシーツやパジャマなど、他娘家族が休む布団などは
全部洗います。コインランドリー様々です。車も。

今朝、アップした「つぶやき」は、朝ふとおりてきたものです。
最近、次元上昇してきたようで、人々の意識も爆揚がり状態。
どちらがいいとか悪いとかではなく
自分の意識の選択になってきていますね。

今まででしたら、日本人はとかく長いものに巻かれたり、平均的に皆一緒で、自分を抑えたり、自己犠牲が美徳という感覚が根強く残っていましたが、最近は、自己愛、自己肯定、自分の魂に嘘をつかない生き方 へと激しく移行していっている気がします。

この私も、そのうねりの中に入っていますね。なんか嬉しい。
ペンキ屋ショーゲンさんの話では「日本人はもともと自分の所作を愛で、自己愛の民族だった」とか。確かにそうですね。

もう他人に流されない、惑わされない、自分で決める(当たり前ですが)と言うことが明確になってきています。なんかスッキリ感が生れています。

☆彡

ずっと辻仁成さんの「鳥の王」を聴いています。なんかはまってしまった。
しつこいようにリピートしています。曲も好きですが歌詞が深い~。
今の私の応援歌。
若い頃の作品でしょうが、私はこの歳になりやっとわかったことなのに、辻さんは若い頃にもうすでに理解している。

この方はやはり、ただ者ではありません。
若い頃から自分の哲学を曲げずに持って生きていますね。エッセイ拝読してもそうです。

私は存じ上げたのが作家の先生としてで、歌手の辻仁成さんはまったく存じ上げなかったから、歌も知らなかった。(かつてのブログに何度も書いていますね)
あらためて歌詞を検索して拝読すると、これもまた小説と同じく行間が深い。言葉が短いだけに、直接的に曲とともに、魂にズン!と深く重く響く。

私にとって初めてとなる昨年の京都劇場ライブあたりから、辻さんのYouTubeの曲やCDの曲を避けていた自分。好き避け状態。なぜかというと
魂に響きすぎるから。自己確立のできていない私に、それはあまりにも衝撃過ぎて、苦しくなっていたから。

全く聴かないというわけではなく、その日の自分の状態で決まっていました。なんだろう、曲と歌詞のその奥の魂と言うか、私が求めていた何か、
魂の声をふさいでいる自分の扉をどんどんと叩く感じに。開けないといけないとわかっていながら、開けることが本当の魂の私にたどり着くとわかっていながら、怖がりさんが扉を開けられない。

開けたいのに開けられない、自分への苦しさ。大好きなのに避けてしまうという矛盾。それを日々行ったりきたりしていましたね。

東京の曼荼羅ライブに行ってから、再び徐々に聴けるようになった私。
「鳥の王」の歌もずっと知らなかった。初めて聞いた時の衝撃。
これから歌の歌詞を、検索して色々と拝読して見ようと思います。

さて、今日も頑張ります~♨

ありがとうございます。