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かなり実話

 筒井康隆は、感覚的な幼児性は賞賛される、と書いた。松尾スズキは、自分のことを、体は老人、心は中学生、と書いている。彼の主催する劇団は、大人計画。古谷実は、漫画の主人公に、立派な大人になりたいなあ、と言わせた。僕は、ある女から、少年のまま老人になる、と言われた。この女の父親は、エミューというダチョウのような鳥が好きで動物園に通っていた。女の名前は、笑子だった。
 一昨日、部屋でオナニーをしていたら、いきなり、父親が入ってきた。つい、かゆくてさぁ、と言い訳をいった。父親は、黙って扉を閉めた。かなり滅入った。二日ほど部屋にこもっていた。何もかもどうでもよくなった。夜中、外で酒が飲みたくなって、街をふらついた。入ったことのないショットバーに入った。カウンターの中に、ヒゲを生やし、顔を逆さにしても顔に見えそうな、二十代の若いバーテンダーがいた。
 そこで、二時間ぐらい飲んだ。ビール、ウォッカ、バーボン、スコッチ。十杯は飲んだ。バーテンダーとは、注文以外の話しはしていない。僕は、かなり酔った。バーテンダーは、ジャズのCDを替えた。酔っぱらった黒人の歌がおもしろかった。
 あのね、と僕はバーテンダーに話しかけた。バーテンダーは、はい、と答えた。この前、肛門の皺の数を数えようと思って、鏡で肛門を見ながら、マジックで皺の溝に線を引いていったんですよ。バーテンダーは、目を大きく見開いて、えっ、と言った。一、二って、皺を数えてたら、いきなり、父親が部屋に入ってきたんですよ。バーテンダーは、完全にひいていた。そして、ええ、と言った。そいで、つい、かゆくてさぁって言っちゃいました。
 気まずい雰囲気だった。自分のセンスが、世間とずれていることを自覚した。崩れたバーテンとの関係、やっと見つけた下ネタの笑いというやりたいことを失った喪失感、そんな気持ちを誤魔化すため、僕は、スコッチを一口飲んだ。バーテンダーは、恐る恐るといった様子で口を開いた。あのう、お店に入ってきたときから思ってたんですけど、なんか怖くて言えませんでした。言ってもいですか。僕は、低い声で、どうぞ、と答えた。あのう、バカボンのパパですよね。マジでびっくりしました。マンガの人って、本当にいるんですね。僕は、むふふ、と小さく鼻で笑った。

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