正解主義から脱しよう!【part1】

 子どもは教育期間を通じて『学校での過ごし方』を覚えていきます。その方法には,たとえば学力を向上させる効率的な方法や先生に怒られない方法などがあるでしょう。しかし,これらの方法には,『学校でしか通じない』方法が含まれています。こうした方法に過度に適合することが能力の伸長を阻害する可能性について考えてみたいと思います。

1 正解主義は思考停止を招く

 学校教育では,学習・校則などに照らして,自分の行動が「正解」かどうかが常に問われます。そのため,学校での過ごし方に過度に適合した子どもは,自分の行動が正解かどうかに拘泥する正解主義に陥りやすくなります。正解主義に陥った子どもには,ふたつの傾向が生まれます。問題は,正解が得られても得られなくても,思考停止する点です(表1)。

 教育とは「わかる」ように教えています。「わかる」,つまり正解することは,ある意味で当然なのです。重要なことは,得られた知識(正解)の活用であり,知識を活用するための基礎として,知識の定義を教えているのです。別の言い方をすれば,道具を使うために,道具の使い方を教えているのです。しかし,正解主義に過度に適合すると,道具の使い方を覚えた(正解を得た)ことに満足し,道具を使って何をするか・何のために道具の使い方を覚えたのか(知識の活用)について興味を示さなくなる傾向があります。

 一方で,正解が得られないとき,つまり「わからない」ときは,誰かが正解を与えてくれるのを待つ傾向があります。この傾向は,内閣府の平成26年度版「子ども・若者白書」でも示されています。「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組む」という設問に対する回答は52.2%であり,調査された7カ国のなかで最低でした。OECD生徒の学習到達度調査(PISA)の回答分析でも日本の特徴として,無回答率が高いことが指摘されています。私の調査でも,生徒は「誤った回答」よりも「無回答」を選択する率が高い傾向が認められています。無回答を選ぶのは,不正解になるリスクを回避するためであり,こうした生徒は共通して思考停止して「正解」の提示を待つ傾向があります。恐ろしいことに,こうした傾向は学校教員でも認められます。

2 法則とは未来への外挿に過ぎない

 正解主義の子どもは,正解のない問いに答えることが苦手です。しかし,かれらにとって絶対的価値を持つ「正解」すら実際には不確かなものなのです。ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンは,「科学は不確かだ!(岩波現代文庫)」のなかで,このように述べています。

”つまるところ法則とは推測,未来への外挿に過ぎません。何が起こるかさっぱりわからないから,ひたすら推測するというわけなんです。“
      リチャード・ファインマン 科学は不確かだ! 岩波現代文庫

 正解主義にとって絶対的価値を持つはずの原理や法則ですら,すべて未来への外挿に過ぎません。推測である以上,そこには常に不確かさが存在しているのです。

 正解主義の拠り所は意外と曖昧かもしれませんね。次回は,手を動かす活動,研究における正解主義について考えてみましょう。

引用文献

・国立教育政策研究所,OECD生徒の学習到達度調査(PISA)
・内閣府,平成26年版子ども・若者白書
・リチャード・P. ファインマン (著),大貫 昌子 (翻訳),「科学は不確かだ!」,岩波現代文庫

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小中学生を対象にした人材育成事業から,学力非依存の能力伸長評価の分析について紹介していきます。学術論文として執筆中の部分もありますので,あまり詳細な情報が載っていない場合もあります。
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