職業への適性判断を誤るステレオタイプ

 科学者と聞いて,あなたは「どんなヒト」を思い浮かべるでしょうか?
 もしかしたら,あなたの考える「科学者」と,ほんとうの「科学者」は,まったく異なる人々かもしれません。

1 科学者の虚像

科学者とは「白衣」を着て「メガネ」をかけた「真面目」な「男性」で,仕事に没頭して「家族を顧みない」人である。

 もし,あなたが思い浮かべた科学者が上記のような人物だったとしたら,あなたは科学者に誤ったイメージを持っています。
 このイメージは,私がTwitterを利用した瞬速リサーチ(プラスアルファ・コンサルティング社)で調査した結果をまとめたものです。多くの人にとっての科学者のイメージは,白衣,メガネ,真面目,男性のようです。「アインシュタイン」や「バック・トゥ・ザ・フューチャーのドク」のような具体的な人物名を挙げる人もいて,こうした有名人が科学者のイメージの元になっているのかもしれません。しかし,よく考えてみてください。アインシュタインの写真(図1)に,白衣を着たものは見当たりません。そして,アインシュタインもドクもメガネは掛けていません。

図1 アインシュタイン博士(出典:Wikipedia)

 たまたま,彼らの名前が上がりやすいだけで,ふたりは科学者のイメージと完全には一致していないようです。つまり,多くの人にとっての科学者のイメージとは,個人を指したものではなく,もっと集合的なイメージであるようです。

2 科学者の虚像は,どこからはじまる?

 科学者の虚像は世界的に共通している点が多く,また長い期間に渡って続いているものです。科学者に対するイメージについての最初の調査は,1957年まで遡ることができます。Mead M.と Metraux P.は,アメリカの高校生を対象にして,科学者のイメージを調査しています。その結果を抜粋すると,以下のようになります。

”科学者は,白衣を着て,実験室で作業している,中年から年配の男性である。無精髭を生やし,髪がボサボサで,猫背でくたびれているかもしれない。フラスコやバーナーなどの実験器具に囲まれ,フラスコの中の液体が泡立っている。試験管から試験管へと薬品を注ぎ,植物や動物で実験してノートに書き留める。”
The image of the scientist among high school studentsから抜粋改変

 どうでしょうか。抜き出してまとめましたので,細部に差異はありますが,1957年から科学者のイメージは,ほとんど変わっていないこと,また米国と日本で共通したイメージが多いことが示せそうです。この科学者のイメージを調査する手法は,Draw-A-Scientist Testとよばれていて,現在まで世界各国で実施されていますが,どの地域の調査でも類似した傾向が得られること,科学者の虚像は更新されづらいことが示されています。

4 白衣を着ない科学者

 実は科学者の中で白衣を着る分野は限定的です(医学,化学,薬学,そして生物学の一部)。たとえば理系でも数学,物理学,地学,生物学のなかでも分類や動物行動学,農学,工学,情報科学は白衣を着ませんし,科学のなかには,広く人文・社会科学も含まれますので,こうした分野でも白衣を着ることはありません。

 そもそも白衣とは,服を汚さない(汚染を広げない)ために着る作業着であって,本当に実験で使う白衣は,一般の人の目に触れる場所で着ることはありません。余談ですが,だからこそ小保方女史の「おばあちゃんの割烹着」は,おかしいのです。そのような貴重なものを,微生物汚染しやすい環境では使いません。

5 実験をしない科学者

 実験だけが科学のすべてではありません。科学には実験系分野以外にも,設計,調査,分析などさまざまな分野があり,こうした分野ではフラスコも試験管も使いませんし,もちろん薬品や植物,動物とも無縁です。学校の理科の授業でやるような,実験とは無縁な分野もたくさんあるのです。たとえば,数学者は,薬品を使った実験や植物などの観察は行わず,手帳と向き合っていたりします。調査を専門にする科学者もいます。これらの人々は,科学者の虚像とは縁遠い人々ですが,かれらは科学者として優れた研究を行っています。

4 科学者の実像

 科学者は,ある分野において優れた能力を発揮しますが,あなたと同じ「普通の人」です。しかし,「科学者の虚像」によって,科学者は「普通ではない人々」がなるものだと思われているようです。そこに危惧を感じています。もちろん,虚像が示す科学者に合致するヒトもいるでしょう。一方で,ほとんどの科学者は,あなたと同じ普通の人なのです。小説や映画を見て感動の涙を流したり,明日の天気にヤキモキしたり,休みの小旅行を楽しみにする,ごく普通の人々なのです。

 ジュニアドクター育成塾では,講座を担当していただいた講師の方にお話を伺って公開しています。いろいろな科学のプロは,どうしてその職業を選んだのでしょうか。また,かれらは本当に仕事に没頭して家族を顧みないような人々でしょうか。

5 誤った価値観に基づいた職業適性判断?

 虚像による誤ったイメージの危険性は,誤った価値観で職業適性を判断することにあります。考えてみてください。

あなたは科学者に向いているか?

 そう聞かれたときに,あなたが職業適性を判断する基準が,

「白衣」を着て「メガネ」をかけた「真面目」な「男性」で,仕事に没頭して「家族を顧みない」人

なのだとすれば,あなたは自らの職業適性を誤っているかもしれません。とくに演出によってカリカチュアされた人物像を基に,文系や理系への適性を判断しているのだとすれば,職業適性とは無関係なイメージによって将来を選択していることになります。
 科学者の虚像という不思議について考えることも,世界の不思議を解明する科学研究のひとつです。人は知らないものは探しません。科学者への正しい理解を深め,研究とは何かを知ることで,あなたは思っても見なかった才能を発揮できるかもしれません。

引用文献

Mead M., Metraux P.(1957)The image of the scientist among high school students, Science,126,384−390.


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いつもより,少しだけ科学について考えて『白衣=科学』のステレオタイプを変えましょう。科学はあなたの身近にありますよ。 本サイトは,愛媛大学教育学部理科教育専攻の大橋淳史が運営者として,科学教育などについての話題を提供します。博士(理学)/准教授/科学教育

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科学者から見た「科学」

専門家である科学者と専門としない人の間には考え方に少々違いがあります。一体,どのように違って見えるのかについてまとめてみたいと思います。
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