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科学は歴史をどう変えてきたか

 本書を読めば,文系とされる社会科と理系とされる自然科学は,きわめて密接に結びついていることが理解できます。社会制度によって科学が生まれ,また科学が社会制度を変えてきたのです。人間臭い科学者たちの生き様を読みやすい文章でまとめています。文系理系を問わず,読んでみてほしい1冊です。

科学は歴史をどう変えてきたか その力・証拠・情熱
マイケル モーズリー (著), ジョン リンチ (著), 久芳 清彦 (翻訳)
東京書籍

”科学の歴史を語ろうとすると,偉大な科学者による大発見や大変革,あるいは彼らが天賦の才を発揮したときの話が中心になりがちだ。しかし,実際にはそこに至るまでの物語やその後の物語,そして歴史的な背景があるのだ。科学は何もないところから生まれない。科学は象牙の塔に閉じこもってはいないのだ。” ――はじめに「科学の今」

科学者だって人間だ!

 本書は,BBCが作成しディスカバリーチャンネルでも放送された同名の番組を書籍化したものです。科学者の偉業を列記するのではなく,社会的背景とそこに生きる科学者の活動が描写されます。科学者も,ひとりの人間です。さまざまに悩み,苦しみ,そしてちょっとした環境と幸運に恵まれて,発見が生まれていく過程が示されます。

将来的展望のない中年数学教授が求めた名声と財産

 多くの人と同じように科学者にとっても金銭は重要なファクターです。喧嘩好きで,傲慢で,成功願望と向上心が人一倍強かった中年数学教授は,パトロンの歓心を買うために,当時,発明されたばかりの「望遠鏡」を作り始めます。高倍率の望遠鏡を作り上げ,パトロンから2倍の報酬を約束されましたが,諸々の事情で約束は反故になってしまいます。そこで,中年教授は望遠鏡を空に向け,天体観測を始めたのでした。この教授の名は,ガリレオ・ガリレイ。後に,天動説で大きな革命を起こした科学者の研究の端緒は,名声と財産だったのです。

内容簡単紹介

第1章 宇宙
 怒りっぽいデンマーク人(ティコ・ブラーエ),貧しく病弱な数学者(ケプラー)から,ガリレオ,ニュートン,ジョージ・ヘール,エドウィン・ハッブルが解説されます。ニュートンまでは社会的背景や人となりなどが詳しく描写され,ヘール以降は科学者というよりは研究そのものの解説が増えます。

第2章 物質
 笑う哲学者(デモクリトス)から一気に17世紀に飛び,賢者の石を探してリンを発見した錬金術師(ヘニッヒ・ブラント),錬金術を化学に変えたロバート・ボイル,炭酸水で大儲けしたプリーストリー,徴税請負人として化学に計算を導入したラボアジエ,ロマンチックな化学者(ハンフリー・デービー),化学工業の発達から原子の構造,半導体に続く流れが,科学者たちとともに描かれます。

第3章 生命
 ジャマイカ島で有用植物を調べたハンス・スローンにはじまり,分類法を改良したリンネ,地質屋スミス,地球の年齢を求めたジョルジュ=ルイ・ルクレール,地質学の発展から進化論,プレートテクトニクスへの流れが解説されます。

第4章 エネルギー
 オランダの風車(シモン・ステフィン)から電気,蒸気,特許がそれに関わる科学者とともに描かれ,情報伝達(サミュエル・モールス),電磁石(マイケル・ファラデー),電磁気学(ジェイムズ・クラーク・マクスウェル)へと続きます。

第5章 人体
 人体は多様な科学者が活躍します。芸術家(レオナルド・ダ・ビンチ),化学者(ユストゥス・フォン・リービッヒ),物理学者(ロバート・フック),織物商(アントニ・ファン・レーウェンフック),微生物学者(ルイ・パスツール)から,ロザリンド・フランクリン,ワトソン,クリックのDNAの二重らせんへと続きます。

第6章 脳
 哲学者として知られるルネ・デカルトの神経学への貢献,脳の研究を始めた医師(トーマス・ウィリス),心理学の祖(ジョン・ロック),人の感情の研究者(チャールズ・ダーウィン),混沌とした狂気(ジャン=マルタン・シャルコー),シャルコーの弟子フロイトなどが描かれ,最後に現代についてまとめて解説されています。

科学と歴史の関わりを学ぶ

 本書はタイトルの通り,科学が歴史に与えてきた影響について6つの視点で考えます。ダーウィンのように,いくつかの章に登場する科学者もおり,歴史の重層構造を感じることができます。また,一般に文系とされる社会科と,理系とされる科学は,きわめて密接に結びついていることが理解できます。科学がなければ社会制度は変わらなかったでしょうし,社会制度の変化が科学に大きな影響も与えました。
 考えてみれば当然です。科学者も社会のなかで生活する一員なのです。かれらの人間らしい悩みや欲,間違いや,情熱を感じることで,科学はより身近に感じることができると思います。文系理系を問わず,読んでみてほしい1冊です。


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いつもより,少しだけ科学について考えて『白衣=科学』のステレオタイプを変えましょう。科学はあなたの身近にありますよ。 本サイトは,愛媛大学教育学部理科教育専攻の大橋淳史が運営者として,科学教育などについての話題を提供します。博士(理学)/准教授/科学教育