「ない?」なら作ろう! 〜研究倫理書籍のできるまで〜

著書「13歳からの研究倫理」が,2018年8月10日に化学同人社から発売されました。そこで,なぜ「いま」研究倫理の書籍を執筆したのかを解説したいと思います。

目次
1 [背景1] 小学校から自由研究を行う
2 [背景2] 国策として探究活動を推進する
3 研究倫理はどう扱われているか?
4 世界的にも行われていない研究倫理教育
5 研究倫理教育の整備が急務
6 ない? なら作ろう!
7 13歳からの研究倫理の特徴
8 さいごに

1 小学校から自由研究を行う

 日本では小学生が夏休みに自由研究を行うのは当たり前だと思われています(地域によっては自由研究がない場合もあります)。しかし,それは日本の常識であって,諸外国も同じとはかぎりません。
  高校生の科学等に関する意識調査報告書 日本・米国・中国・韓国の比較(平成26 年8 月)から4カ国の自由研究を行う学年を表にすると,つぎのようになります(図1)。

図1 自由研究を実施した割合

 日本は4カ国中,とくに小学校段階の自由研究実施率が高いことが示されています。また,日本では中学校2年を境に自由研究実施率が急減することも他国とはやや異なった傾向を示します。
 つまり,日本の子どもたちの「研究観」は主として小学校から中学校時代にかけて培われていると推測されます。

2 国策として探究活動を推進する

 日本では1980年代から「理科離れ(理科嫌い)」が指摘されるようになり,科学技術立国としての人材育成が重要視されるようになりました。そのため,子どもたちの探究心を養うためのプロジェクトが設立され,国策として探究活動を推進しています。たとえば,サイエンス・パートナーシップ・プロジェクト(SPP)事業やスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業が該当します。また,高等学校の次期学習指導要領からは選択科目で探究的活動が導入されます。そして,その成果を大学入試に活用することも検討されています。

3 研究倫理はどう扱われているのか?

 ここで課題になるのが研究倫理です。研究倫理とは,研究におけるルールのことです。スポーツのルールとおなじだと考えてもらって構いません。
 日本の子どもたちの「研究観」は主として小学校4年から中学校2年にかけて養われますが,研究のルールを意識して自由研究をしている割合はどの程度なのか,ということです。おそらく,研究倫理について考えたことのある子どもはいないでしょう。しかし,国策として探究活動を行う子どもたちのベースになるのは,ここで培われた「研究観」なのです。
 そして,もっとも問題なのは,研究のルールを教える仕組みがないことです。ルールの存在すら知らない子どもたちは,どうやってルールを身につければ良いのでしょう。

4 世界的にも行われていない研究倫理教育

 他国の状況はどうかというと,日本以外の国でも若年層を対象とした研究倫理教育カリキュラムはないようです。
 研究倫理教育は,世界的に見ても大学生以上を対象としています。それは,実際に研究室に配属されて研究活動を行い始めるのが,この年齢からだからでしょう。若年層を対象とした研究倫理教育として,唯一見つけられたのは英国物理学会の編集した「Are You a Good Scientist?」です。これは,子どもと先生が話し合うための10問のTips集です。一例を紹介します。

問5 昨日,あなたが測定をすると聞いて,先生は「研究ノートに測定データを記録して表を作ってください」と言いました。しかし,あなたは指示にしたがわずに,ルーズリーフに測定データを書きとめていました。そして,その紙をクローゼットの上に置き忘れてしまいました。忘れたことに気づいたあなたは,朝早く学校に来ましたが,記録した紙はすでになくなっていました。ルーズリーフはゴミ箱に捨てられてしまったのかもしれません。しかし,事務員は,すでにゴミは回収された後だと言っています。あなたはどうしますか?
(A)ゴミの行方を探す
(B)他人のデータをコピーして自分のものであるふりをする。
(C)先生に何が起こったのかを説明する。
(D)先生が聞いてくるまで何もせず,聞かれたら言い訳する。

教員用回答
どの選択肢も賞賛するものはありません。研究ノート以外に記録するのは悪い習慣です。良い科学者はそんなことはしません。

 研究倫理の基礎を学びますが,なぜダメなのかについては回答は用意されていません。どちらかというとアクティブ・ラーニング用の教材なのかもしれません。その他の国,たとえば米国は研究室での子どもの受け入れが進んでいる国ですが,子どもが研究者に直接申し込んで研究室に受け入れてもらう形式をとっているため,研究倫理教育はマン・ツー・マンで行われているようです。
 このように世界を見渡しても,大勢の子どもを対象とした「授業」としての研究倫理教育は整備されていないのです。

5 研究倫理教育の整備が急務

 探究活動を「教育」の一環として推進し,国策として人材育成を行うためには,研究倫理教育の整備が急務です。
 現在実施されている種々のプロジェクトでは,子どもたちに「研究倫理教育を施す」ことが義務付けられています。しかし,単年ごとに成果を求められるプロジェクトにおいて,研究倫理教育に長い時間をかけることはできません。多くのプロジェクトでは,4月からテーマを探索し,6〜7月にテーマを決め,夏休みに探究を行い,9月以降には探究はほぼ終了しています。スケジュールがきわめてタイトなため,1 Dayの座学で終了することが多いようです。知財や生命倫理とセットになる場合は,さらに学習内容が多くなります。学習内容は振り返らなければ理解を深める事はできませんが,子どもたちが復習する環境が整っているとは言い難い状況です。
 詳しくは月刊化学7月号で解説しておりますので,興味のある方はぜひ。

6 ない? なら作ろう!

 子どもたちが手にとって,いつでも読むことができる,また,事例集を使って,話し合うことができる書籍があると便利です。研究倫理書を発刊している出版社に問い合わせてみましたが,「そういった書籍の出版予定はない」という返事でした。そこで,「ないなら作るしかない」と考えたのですが,何分にも本など書いたことがなかったので,どうすれば良いのかに困りました。
 とりあえず問い合わせた出版社数社に「本を書かせてほしい」と売り込んだのですが,第一声は「(そんな本は)売れないでしょ?」でした。専門書はなかなか売れない時代ですし,マーケティングはまったくの素人です。「売れるか売れないかはわからないけれども必要なんです!」と,ここで書いた話を説明してまわるしかありませんでした。そんな折,化学同人社様から「やってみようか」というお話をいただくことができたのですが,後述する対話形式に難儀しました。
 対話形式は,キャラ造形をしっかりしていないと台詞回しがぶれてしまいますが,台詞ばかりに気を取られていると何を書いているのかが曖昧になってしまいます。書きたいことは決まっているので,とにかく平文で書き起こして,対話に直すという方法を取ることにしました。同じ内容で2回書くことになりましたが,この方法なら書くことを先に決めて,どのキャラが何を喋るかを考えればいいので,書きやすくなりました。初著書の定番として,私の経験を詰め込んだ書籍なったと思います。

7 13歳からの研究倫理の特徴

 特徴をまとめると以下のようになります。
 ・対話形式で読みやすく
 ・美麗なイラストを豊富に
 ・ケーススタディシミュレーションで考える活動を
 ・研究の全体像を考えながら研究倫理を学ぶ

 学術書は,どうにも堅苦しい言い回しが多いので,対話式で読みやすいものが良いというアドバイスを編集者にいただきまして,対話式で書きました。対話式はキャラ造形が必要なので,なかなか苦労がありました。
 イラストに関しては,学生から「中高生が手に取りやすいイラストじゃないとダメです!」というアドバイスがありました。TAKAさんに美麗なイラストを描いていただけたのは大変な僥倖です。
 ケーススタディとシミュレーションは,私がこれまで見聞きしてきた実例を基に作成しています。実際に起こりうる問題であると考えていただければ,先生の指導にも使えると思います。
 研究倫理の話ばかりでは堅苦しくなりますし,研究についても理解してほしかったので,研究の全体像を考えながら,そこでどのように研究倫理を考えるべきかという点を解説しています。

8 さいごに

 研究倫理と聞くと敷居が高く感じるかもしれませんが,手軽に読める一冊に仕上がっておりますので,ぜひお手にとっていただければと思います。
 長くなりましたので,この辺で。


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