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【小説(サンプル)】『ぺるそな@ハイドアンドシーク』 第5章 ともだち@クエスチョンマーク

前 →『ぺるそな@ハイドアンドシーク』 第4章 色恋@レジスタンス

(サンプルは第6章までとなります。第7章以降を含めた全文は有料記事として公開します)

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◆ 第5章 ともだち@クエスチョンマーク


「付き合ってくれてありがとね、夕凪ちゃん」
「いえ。誘ってくださってありがとうございます。こうして北園(きたぞの)さんとお会いするのも久しぶりですね」
 壁際のテーブル席に腰を落ち着け、私たちは改めて挨拶を交わした。
 私のバイト先の先輩、北園みずきさんおすすめのカフェ。白を基調とした装いの店内に木製の四角いテーブルが並んでいて、カジュアルながらも賑やかすぎない雰囲気だ。これまでにも何度か連れて行ってもらったことがあって、私も気に入っている。軽くお茶したいときにもがっつり食べたいときにも使えるのがありがたい。
 北園さんは優しげなたれ目が特徴的な小柄な人で、たしか今年で30歳と言っていたけど、実年齢よりいくぶん若く見える。でも穏やかな口調や飾り気のない服装からは、年齢以上に大人の女性を感じさせる。
 就活を理由に、私は3月からバイトのシフトを空けてもらっていた。北園さんをはじめバイト先の人としばらく会っていなかったところ、私は北園さんから夕食のお誘いを受けたのだった。4月も中旬に差しかかったから、1カ月半ほど会っていなかったことになる。
 北園さんには、私が今のバイトを始めたときからお世話になっている。人脈の狭い私にとっては数少ない相談相手だった。
 顔の痣のことも、仮面浪人していたことも、朝陽という幼なじみと隣同士の部屋に住んでいることも、北園さんには抵抗なく話せた。
「就活はどう? どういうとこ受けてるの?」と北園さん。
「いろいろですね。でも、これっていうのがまだ見つからない感じです」見栄を張るような場でもないので、私は思うままの感触を述べた。「私、まだ自分が何したいかとか、はっきり見えてなくて……。志望動機とか、会社に入ってやりたいこととか、何て言えばいいのかなって、いつも悩むんです」
「夕凪ちゃんはいろんなことができるでしょう? できることはいっぱいあったほうがいいわ。使い方と組み合わせ方次第で、唯一無二の武器になる」
 たとえば、私は大学で映画研究会というサークルに入っていて、脚本を書いたりカメラを回したりしていた。授業では学部や専攻の垣根を越えた幅広い分野の授業をとってきた。さらに、それらとは別に個人的にイラストやマンガを描いたりコスプレをやったりなんかもしていて、それぞれ専用のSNSアカウントもあったりする。
 幸運にも、趣味や特技と呼べる「できること」はそれなりにあった。
 不幸にも、食べていけるレベルの「できること」は一つもなかった。
 やりたいことが見つからないんじゃない。やりたいことを定められないのだ。
「……なんか、複雑です。能力あるのに落とされるっていうのは」
「夕凪ちゃんが悪いわけじゃないわ」北園さんが励ますように言う。「個人の性格や能力は多様化してるのに、社会がそれに追いつけてないのよ。身も蓋もない言い方をしちゃえば、会社との相性だってある。夕凪ちゃんは自信もっていいわ。夕凪ちゃんを認めてくれる人も、きっといるはずよ」
 北園さんを責める気はまったくない。だけど、いくら能力があろうと多様性が認められようと、結局は自分が所持しているカードの見せ方なんだ。そう思ってしまう。
 飲み物が先に運ばれてきた。私はホットの紅茶、北園さんはホットのコーヒーだった。
 マスクを外し、紅茶に一口つけてから、私は北園さんに尋ねた。
「北園さんのときは就活どうでした?」
 すると北園さんは少しためらいがちに目を伏せた。
「……私はね、就活しなかったの」
「しなかった?」
 私の問いに、ゆっくりと頷く北園さん。
「私はもともと体弱くて、正社員で毎日働くのはできないと思ってた。大学出たら、先輩に紹介してもらった会社にアルバイトで入って、そこからいくつか会社を転々としたけど、正社員の経験はないのよ。だから、ちゃんと就活してる夕凪ちゃんは立派だし、私には眩しくも見える」
 ここで食事が運ばれてきて、会話が一区切りとなった。
 目の前に置かれたオムライスプレートを私がスマホのカメラに収めていると、北園さんが再び口を開いた。
「それでね、今日はこれが言いたかったんだけど、私、今の仕事辞めることになったの」
「えっ?」
 スプーンを持とうとした手が思わず止まった。北園さんが話を続ける。
「今月いっぱいでね。もう社員さんには伝えてあるし、バイトさんにも、シフトが重なった人には言ってる。夕凪ちゃんとはこのところ会えてなかったから、伝えられなかったのよね」
 社員さんよりも深くお世話になっている北園さんがいなくなってしまうことは、少なからずショックだった。理由を尋ねようとしたけど、こちらから触れないほうがいいような気もした。
「どうして? って顔してるわね」私の心境を察したかのように、北園さんが口角を上げた。「理由を言うとね、体調を崩したから。実は夕凪ちゃんが就活でお休みしてた間、私もずっと休んでたの。それで、主治医とも相談したんだけど、ちょっとこの先続けていくのは厳しいかもしれないってなってね」
「そうだったんですか……」
「大丈夫よ、夕凪ちゃんが心配するようなほどじゃないから。今までありがとう。お世話になりました」
 北園さんが頭を下げた。「いえ、こちらこそ」と私もお辞儀をする。
「しばらくは専業主婦になろうと思ってるわ。旦那にも許可はもらってる」
 旦那という単語に、いつになく反応してしまう自分がいた。
 恋愛とか結婚なんて、いつもなら他人事だと思って聞き流していただろう。なのに先日の一件があったからか、今日に限って私は、南耀太のことを思い浮かべていた。
「……あの、北園さん。ちょっと相談なんですけど」
「どうしたの?」
「私この前、高校の同級生に告白されました」
 あら、とささやかな興味を示し、北園さんはコーヒーを口に運んだ。
 目を輝かせて飛びついてくるような人じゃなくてよかった。私は言葉を続けた。
「でも、なんというか……。迷いとか、恐怖のほうが強かったです。なんでしょう、ストレートに喜べなかったというか……」
「そう」北園さんはコーヒーカップを置いた。「夕凪ちゃん的には、その子のことはどう思ってるの?」
「高校時代、私は彼とほとんど話したことがなかったんです。むしろ朝陽と仲がよくて。ずっと好きだったって言われたんですけど、なんで? って思いました。私も、たぶん悪い奴じゃないとは思ってるんですけど」
「いつ、なんで夕凪ちゃんを好きになったのかは訊いていない?」
「あ、そこは訊いてなかったです。テンパっちゃってて……」
「じゃあ、夕凪ちゃんはどうしたい?」
 冷静に尋ねられて、私は首をかしげてしまう。私は「したい」よりも「したくない」で動く人間なのだ。
「とっても、わからないわよね」フォローを入れてくれる北園さん。だいぶ私の性格をわかっているらしい。
「断るのもなんか悪い気がするんですけど、付き合いたいかっていうと、ちょっと微妙で……」
「この前会ったときには、何て返したの?」
「……一応、友達から始めよう、って言いました」
「いいんじゃないかしら」北園さんは優しく微笑んだ。「悪い人ではないと思うなら、少しずつ近寄ってみたらいい。お互いの理解を深めることが第一よ。わかり合える相手だといいわね」
「はい。ありがとうございます」
 私が言うと、北園さんは一転して真剣な表情を見せた。
「でもダメだと思ったら、はっきりと断るのも大事」
 北園さんはたしか、大学を出た翌年に結婚している。旦那さんはものわかりのいい人で、今も夫婦仲は順調らしい。この旦那さんに出会うまで、北園さんはどんな恋愛遍歴を重ねてきたんだろうか。私と違って学生時代からいくつも交際を経験して、その先に今があるんだろうか。
 そして曖昧に物事を済ませがちな私は、いざというときに南くんをきっぱりと見限ることができるだろうか。
 ふいに沸き上がった疑問や不安を、私はぬるくなった紅茶と一緒に飲み込んだ。
「朝陽ちゃんといえば」北園さんはいつもの柔和な顔に戻っていた。「あの子は元気にしてる?」
 こうして北園さんと二人で話をするときは、朝陽の話題になることも多かった。私と朝陽と北園さんの3人で食事をしたこともあるくらいだ。
「ええ。変わらず元気にしてます」
「大学院に行ったんだっけ」
「はい。入学早々ゼミとかレポートとかで、何かと忙しそうにしてます。そのうち実習なんかもあるみたいで」
「そう。朝陽ちゃんと仲よくね」
 仲よく。そう言われて、ふと疑念が浮かんだ。
 私は朝陽に対して、あえて仲よくしたいとか好かれたいということは考えたことがなかった。
 よくよく考えてみたら、私たちは普段どんなことを話しているだろう。あぁ、この前《シーハイ》の話をしたな。《シーハイ》の話はよくする。でもそれは私たちが大学に進んでからのことで、じゃあ高校までは何を話していたっけ。
「したくない」「なりたくない」で動く私は、当たり前のように「嫌われたくない」とも常に思っていた。そのために「いい子」を演じるのは苦ではなかった。
 嫌われなければそれでよかった。朝陽に対してもそうだった。
 それじゃダメだったの? もっと積極的に話したほうがいいの?
 私の脳裏に、幼い頃のかくれんぼの記憶がフラッシュバックした。
 ──あぁそうだ、朝陽も私から離れていっちゃうかもしれないんだ。

   @

 その日、冷蔵庫の食材や飲み物のストックを補充しに近所のスーパーに寄ったら、朝陽もちょうどその店にいた。
 朝陽もご飯の買い出しに来ているようだった。私は野菜や肉や調味料とかがメイン、朝陽は冷凍食品や出来合いのお惣菜やカップ麺といった既製品がメインだ。こういうところにも私たちの性格が出る。
 数日前に南くんに会ったことを、朝陽にまだ話していなかったことに気がついた。隠すようなことじゃないだろう。というか、朝陽には言っておくべきだろう。
「そういえばこの前、南くんと会ったよ。ほら、あの南耀太」
「アイツと? なんでまた?」
「就活の帰りに、偶然ばったり。南くん、就職して東京来てるんだって」
「へぇ、アイツも東京に。……そっか」
 おや、と思った。高校時代の友人の話だからもっと食いついてくるかと思ったら、妙に反応が薄い。
「そうだ夕凪、これ先週買ってみたんだけど、めっちゃおいしいんだよ!」
 朝陽は持っていた買い物カゴからレトルトのハンバーグを取り出した。
 わざと話題を変えているようにも見えた。
「またそんなのばっかり」苦笑いして、ひとまず朝陽に会話を合わせることにする。「もっとちゃんとしたごはん食べなよね」
「いやレンチンだけであのおいしさが味わえるのは神だよ? ってか、あたしのキッチンの惨状知ってるでしょ?」
「自覚あるなら片づけなよ」
「料理できなくてもおいしいものが食べられちゃうシステムに問題があるんすよ夕凪さん。いやぁレトルトとか冷食とか、ほんとズボラ女子の強い味方だわー」
 容姿端麗で、教養があって、友達も多い。そんな朝陽の唯一ともいえる欠点は、家事が壊滅的にダメなことだった。いわゆる残念な美人というやつなのだ。
 一方で私は、家庭に無頓着な両親の間に生まれたせいか、掃除から洗濯から料理から、家事全般をひととおりこなせる子に育っていた。
 私たちはとりとめのない会話をしつつ、ほしいものを自分の買い物カゴに入れていった。
「あ、そうだ」レジに並んでいるときにもう一度、私は思い出したように切り出した。「南くんとライン交換して、今度また会えないかって誘われたんだけど」
 続けて、「朝陽も一緒にどう?」と、ちょっと鎌をかけてみる。
「……あ、いや、あたしは別にいい」
 やっぱり、どこかぎこちない。朝陽は動揺とか緊張とか、そういう言葉とは縁がないタイプのはずだ。そんな朝陽の表情がこわばっていたのを、私は見逃さなかった。
「それより、月末のオフ会、夕凪も来れるよね?」
 朝陽が南くんの話題を避けようとしているのは明らかだった。
 気がかりではあるけど、経験上、こういうときは深掘りするべきではないこともわかっていた。
「大丈夫。その日は予定空けてるよ」


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