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【小説(サンプル)】『ぺるそな@ハイドアンドシーク』 第6章 顔合わせ@マスカレード

前 →『ぺるそな@ハイドアンドシーク』 第5章 ともだち@クエスチョンマーク

(サンプルは第6章までとなります。第7章以降を含めた全文は有料記事として公開します)

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◆ 第6章 顔合わせ@マスカレード


 周囲になじめないという感覚が昔からあった。
 世間の流行に乗ることができなかった。みんなが好きになるものを、私は好きになれなかった。
《シークアンドハイド》という音楽ユニットは、実のところ世間の人にはあまり知られていない。動画再生回数は累計で億を超えるし、CDが出ればオリコンのトップテンに入るけど、それが世間の知名度とイコールではないのが現代だ。
 朝陽以外の友達からの反応は、だいたいが「知らない」、ときどき「名前は聞いたことある」、よくて「○○の主題歌だったあの曲なら知ってる」という程度。朝陽は普段からオープンなんだけど、私なんかは《シーハイ》の話をすることに遠慮がちになってしまうこともある。
 だからこそ、ファン同士で集まれる場はありがたい。心置きなく《シーハイ》について話せる。

「えー、本日は、この《鬼》オフ会に参加していただき、誠にありがとうございまーす!」
 全員にドリンクが行き渡ったことを確認すると、幹事の《八王女》さんが声を張り上げる。
 私と朝陽は《シークアンドハイド》ファンによるオフ会に来ていた。
 要するに、SNSなどで知り合ったファン同士が実際に顔を合わせて交流を深める場だ。といっても今回は、とあるダイニングバーのテーブルを6人で囲むという小規模なものだった。
 主催の《八王女》さんと朝陽が知り合いで、私は朝陽に声をかけられて参加を決めた。
 参加者はそれぞれ、自分のハンドルネームを書いた名札を首から下げていた。この名札は《八王女》さんが自ら用意してくれたものらしい。ちなみに私は《なぎ》、朝陽は《あさひ》となっている。
《シークアンドハイド》というユニット名は、いうまでもなく「かくれんぼ」を意味する「ハイドアンドシーク」という英語から来ている。かくれんぼにちなんで、《シーハイ》界隈では彼らのファンは通称《鬼》と呼ばれているのだ。
 私の個人的な印象だけど、《鬼》の男女比はだいたい2:8くらいで女性が多い。今日集まっている6人は全員女性だった。
「《える》です。中学生です! よろしくお願いします!」
 純粋な瞳を輝かせて、《える》ちゃんが元気に自己紹介をする。
「《える》の母です。《マチ子》っていいます」
「ママ、来なくていいって言ったのに」
「アンタ一人じゃ心配だからよ」
 私の真向かいの席、《える》ちゃんの隣に座っているのは、彼女の母親の《マチ子》さん。上品な女性で、活発そうな《える》ちゃんとは対照的だけど、仲は悪くなさそうだった。
「いやぁ、お母さんまですみません」
《える》ちゃんの隣でそう会釈するのは、さっき乾杯の音頭をとっていた《八王女》さんだ。本人いわく、「お察しのとおり八王子在住、婚活中のアラサーOL」だそうだ。

 私は昔から、率先して話しかけるタイプではなかった。だけどそれは、決して他人に興味がなかったからじゃない。
 他人への関心や好意を、どう表現すればいいのかがわからないのだ。
 たとえるなら、金魚鉢の中から外の世界を見ているような感覚だ。私はガラスの向こうで楽しそうに暮らす人間たちを眺めることはできるけど、金魚鉢の外に出て彼らと交流することはできない。ただ眺めているだけなので、傍から見たら無関心だと思われることもある。
 そんな私は、たまに聞く会話から断片的な情報を拾い集めて、少しずつその人のことがわかっていく過程を楽しんでいた。
 これは他人から私に接してほしい距離感でもあった。私自身、見られはしたいけど過度な干渉はしてほしくない。
 だから「あなたのことを教えてください」と言わんばかりのオーラがすごく苦手だった。初対面の人ばかりの合コンに一度だけ連れて行かれたことがあるけど、拷問みたいな気分だった。
 その点、このオフ会は気が楽だった。SNSで明かしている以上のことは詮索されない。《鬼》という共通項があるから、口数が少なくても仲間意識が生まれてしまうのだ。
「《マチ子》さん~! 私もオフ会に連れてってくれるような娘がほしいです~! まずどんな旦那つかまえればいいですか!?」
「旦那には期待しないほうがいいですよ。私は、趣味を理解してもらうのは早々に諦めたわ」
「なるほどー! 参考になります!」
 そんな会話を繰り広げている《八王女》さんと《マチ子》さんの間で、《える》ちゃんが身を乗り出してきた。
「《あさひ》さん、会いたかったです!」
「あたしも!《える》ちゃんやっと会えた~!」
 向かいの席同士の朝陽と《える》ちゃんが握手を交わす。
「ツイッターとテンション変わんないのでびっくりしました!」
「よく言われる」ドヤ顔の朝陽。どうやら《える》ちゃんとはネットではつながっていたらしい。
 裏表のない性格の朝陽のことは、正直尊敬する。私はつい猫をかぶってしまうことが多いから。
「この前の新曲アップされたとき、また《あさひ》さんツイッターで昇天してましたよね」
「ここんとこ毎週神曲が降臨するから心臓がもたんわ!」
「同じく」朝陽の右隣の《らびおり》ちゃんが割り込んできた。「致死量の劇薬を耳からぶち込まれる感じ。あんなの命がいくつあっても足りない。あと最近何気に増えてるシークの自撮りの尊みが深すぎる。かわいすぎる。我々を殺しにきてる。確信犯」
《らびおり》ちゃんは朝陽を通じて知り合った女子大生で、朝陽を除くと唯一面識のある参加者だった。本名は知らない。ツイッターなんかではいつも賑やかなんだけど、実際は表情をあまり変えず小声で淡々と語るタイプのようだ。まあ《シーハイ》への愛はダダ漏れだけど。
「あ、《らびおり》さん《なぎ》さん初めまして! ツイッター、あとでフォローしてもいいですか?」
《える》ちゃんが私たちにも挨拶をしてくれた。
「どうぞどうぞ」さっそくスマホを取り出す《らびおり》ちゃん。
「いいよ」と私も了承する。
 こういうところでは、不思議とためらわない。朝陽の知り合いなら問題ない、という安心感もあるんだろう。

 運ばれてくるコースメニューに手をつけるのもほどほどに、私たちは会話を弾ませた。ドリンクは飲み放題だったので、《八王女》さんと《らびおり》ちゃんは次から次へとお酒を注文しては飲んでいた。未成年の《える》ちゃん、車で来たという《マチ子》さん、アルコール類がまったく飲めない私と朝陽はソフトドリンクを頼んでいた。
「──でさ、好きな芸能人の話題になったんだけど、最近の芸能人とか全然知らないじゃん? しかたなく『《シークアンドハイド》のシークが好きです』って言ったら、『こういう人がタイプなの?』って言われたんだけど、ちげぇんだよ~そういうことじゃねぇんだよぉ~~~」
 お酒が入り、酔っぱらい気味で語る《八王女》さん。
「わかります! 超わかる! てめぇの恋愛観で語るなって感じですよね!」と朝陽。お酒が入っていないのに飲み会のテンションについていけるのは、持ち前の明るさによるものだろう。
「シークは中身がシークだからいいのであって外見だけシークでも中身がシークじゃなかったら無理」早口で語る《らびおり》ちゃん。
「でもわたしはシーク様みたいな見た目の人、どストライクです!」
 力強く主張する《える》ちゃんの頬を、《八王女》さんがつつく。
「お、もしかして《える》ちゃん、シークガチ恋勢?」
「はいっ! シーク様ガチ恋です! 高校入ったらバイトします! シーク様に貢ぎます!」
「いいねぇ~その『推しのATMになります』精神! お母さん、この子将来有望っすよ!」
「だったら勉強もちゃんとやりなさい。おこづかいは増やさないわよ」
「わかってるよママ。今でもちゃんとやってるでしょ」唇を尖らせる《える》ちゃん。
《八王女》さんが、今度は私たちのほうに体を向ける。
「《あさひ》ちゃんたちはどうなのよ? 大学生でしょ? 何か浮ついた話の一つや二つないの?」
「あたしですか? あたしは恋愛なんて諦めてますよ」即答する朝陽。
「……オタクしてれば恋愛いらない」
《らびおり》ちゃんのボソッとした発言に、場が一気に盛り上がる。
「あ~もうホントそれ!《らびおり》氏、よく言った!」朝陽が手を叩いて笑う。
「ですよね! わたし、今さら同年代の男子に興味もてないです!」握りこぶしを作って同意する《える》ちゃん。
「はっはは~!」《八王女》さんは背もたれに体を預け、天を仰いだ。「もう結婚とか諦めよっかなぁ~~~」
 恋愛と聞くと、私の頭にはやっぱり南くんのことがちらついてしまう。だけどここで彼絡みの話をするのは、さすがに場違いというものだろう。
 盛り上がる4人を見て呆気にとられていると、《マチ子》さんも同じように呆気にとられていた。
「ところで《なぎ》さんは、何がきっかけで《シーハイ》を知ったんですか?」
 私の様子に気づいたのか、《マチ子》さんが話題を提供してくれた。
「ファーストシングルです。最初、試聴でサビだけ聴いて、一目惚れっていうか、一耳惚れっていう感じでした」
《シーハイ》の1枚目のシングルは、とあるアニメの主題歌に起用された。アニメの放送が始まる少し前、私は原作者の、朝陽は出演する声優さんのツイッターから、主題歌とそれを手がける《シークアンドハイド》というユニットを知った。
「きっかけは違うんですけど、私も朝陽も同じタイミングで《シーハイ》を知って、ハマったんです」
 名前を出されたことに反応したのか、朝陽が横から会話に入ってきた。
「それ以来、新曲が出たらあたしたち二人で一緒に聴いたり、一緒にライブに行ったりしてるんです」
 初めて《シーハイ》の曲を聴いたときの衝撃は忘れられない。それはきっと朝陽も同じだろう。
「《なぎ》さんと《あさひ》さん、仲いいんですね」
《マチ子》さんが穏やかに笑った。
 先日の北園さんの会話がふいに思い出され、私は一瞬言葉に詰まった。
 けれど朝陽が即答した。
「いいですよ! もう家族同然の仲ですからね」
 朝陽が私の肩に手を回した。迷いを微塵も感じさせない口調だった。
 私はほっとして、「20年近い付き合いなんで」と補足した。
 こういうとき、マスクで表情が悟られにくいのは意外と便利かもしれない。

 お開きが近づいてきた頃、《八王女》さんが思い出したように言った。
「そういや、あれ今日だったよね。0時にお知らせってやつ」
 それは先日、《シーハイ》の「5週連続新曲アップロード」の5曲目が投稿されたときのことだ。
 曲と同時に、「4月28日0時にお知らせがあります」という告知があったのだ。
 それはまさに、今日から明日に日付が変わった瞬間。つまり数時間後のことだった。
「ですよね。なんだろ、CDリリースかな?」と言う朝陽に、「あー、5曲まとめたEPでも出すとか? あるかも」と《八王女》さん。
「何かの主題歌決まったとかは?」と《らびおり》ちゃん。
「ライブは? そろそろ告知あってもいい頃じゃない?」と私。
 すると、「でも」と首をかしげる《える》ちゃん。
「わざわざ改まって『お知らせをします』っていうお知らせなんてするでしょうか?」
 言われてみれば、それもそうだ。朝陽も《らびおり》ちゃんも《八王女》さんも同様の反応を示した。
「今までそんなことなかったですよね? CDとか主題歌とかなら、曲と一緒に発表してしまえばいいじゃないですか。これはママとも話したんですけど……」
 母親をちらりと見る《える》ちゃん。彼女の言葉の続きを《マチ子》さんが述べた。
「娘が言うには、何かもっと重要なことなんじゃないかって」

   @

 オフ会のあと、私は朝陽の部屋へ行くことにした。24時にあるという《シーハイ》の告知も朝陽の部屋で一緒に見てしまおうと思っていた。
 ……なんだけど。
「うえぇ……これ最後に掃除したのいつ?」
 玄関を一歩上がった瞬間、目に飛び込んできた光景に眉をひそめた。
 廊下の隅にはゴミが溜まっているし、キッチンではガスコンロが物置きと化しているし、そもそも足の踏み場が少ない。私の部屋と同じ間取りとは思えないレベルだ。……まあ、こんなもんだとは思ってたけど。
「いつだったっけ」悪びれる様子もなく朝陽は答え、私を部屋の中に招き入れる。「たぶん、前に夕凪が掃除してくれたとき」
「それ3月の頭とかじゃなかったっけ?」
「まだ2カ月経ってないじゃん。大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃない! ほら掃除!」
 一人暮らしを始める前から私たちはこんな調子だから、今さら苦痛になんて思わない。私としては自分の部屋を片づけるのと感覚的にさほど変わらなかったし、朝陽だって、掃除してと言えばやや雑ではあるけど掃除してくれる。
 それに朝陽は、自分の部屋はとことん散らかすくせに、私の部屋を散らかすことはなかった。自室が汚いのはあくまでそこが気を遣わなくていい場所だからで、むやみに他人の場所を汚すようなことはしない。
 傍若無人にふるまっていいところとそうでないところくらい、朝陽はちゃんとわきまえている。だから私も、特に何も言わないでいる。
 リビングにはクローゼットとか本棚とかキャビネットとか、一応ちゃんと収納道具はあるんだけど、それらがほとんど機能していない。ソファやローテーブルにはハンガーに掛けられたままの服が無造作に置かれているし(その中には下着類もある)、そもそもこの服を洗ったのだって何日前になるのかわからない。
 大学院に入ってまだ1カ月だというのに、さっそく本や論文が机とその周囲の床に散乱している。それだけならまだしも、アクセサリーや化粧品、冬物の小物までそのへんに転がっている。CDやブルーレイなんかは踏まないように端に寄せられていたけど、それも無造作に積み上がっていて、整理されている感じじゃない。
 こんな部屋なのにベッドの上に寝るスペースだけは常に確保されているから、なんというかたくましい。ちなみに私が朝陽の部屋で寝るときには、床に散らかっているものを適当にどかして私の布団を敷くスペースを作ってくれる。
 布団のような大きいアイテムを除いて、たいていの小物は自分の部屋から持ってくるのが私たちの暗黙のルールになっているんだけど、ありがたいことにマスクだけは朝陽の部屋にも常備されていたりする。
 床に散らかっていたものを朝陽に整理してもらい、いらないものを私がゴミ袋に突っ込んでいく。それから床に掃除機をかけて、ついでに水回りも掃除することにした。朝陽にお風呂とトイレを掃除してもらい、私は台所をピカピカにする。

 掃除がひと段落ついたのは、間もなく日付が変わろうという頃だった。
「ギリセーフ! あと1分だよ夕凪」
 先に自分の持ち場を終えた朝陽が、ベッドに寝転がってスマホをいじっていた。
「あぁ、《シーハイ》の」と私。「でもお知らせって何だろ。やっぱCDかなぁ?」
 何とはなしにベッドに腰かけた。
 ちょうどそのとき、日付が変わったようだった。
「…………!?」
 朝陽が声にならない声をあげたのがわかった。ただならぬ気配が伝わってきて、私は朝陽のほうを振り向いた。
「……朝陽?」
「なに、これ……?」
 スマホを手に、朝陽は呆然としていた。私は彼女の肩越しに画面を覗き込んでみた。
 表示されていたのは、《シーハイ》公式サイトの新着情報ページだった。
『シークアンドハイドよりファンの皆様へ重要なお知らせ』という見出しとともに、書かれていたのは──
「うそ…………」
 さすがの私も言葉を失った。

 それは《シークアンドハイド》の、無期限活動休止の告知だった。


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サンプルはここまでとさせていただきます。
続きは有料記事でお楽しみください。

https://note.com/preview/n722e3e14e66e