【Milky Way】シーンD『いちばん叶えたい願い』

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■ シーンD『いちばん叶えたい願い』


 待合室のドアが開いた。駅長さんが入ってきた。
「あ、おにいさん! わたしの電車、来た?」
 女の子が立ち上がって訊いた。駅長さんは申し訳なさそうに笑う。
「それがね、お嬢ちゃん。残念だけど、もう来ないかもしれないんだ」
「来ない……?」
「どういうことですか、駅長さん」
 私も気になって尋ねた。駅長さんは言いにくそうに答える。
「ここに来るはずの電車が、事故、っていうか、人をひいちゃってね……」
「事故っていっても、それなら、少し遅れて来る、とかじゃないんですか?」
「そこが普通の電車と違うところなんだよ、お姉さん」
「どういうこと?」
 女の子が、よくわからないという目で私と駅長さんの顔を交互に見ている。私もきっと彼女と同じような表情をしているだろう。
「うん、お嬢ちゃんもよく聞いてほしいんだ」
 駅長さんはしゃがんで、女の子に視線の高さを合わせた。一つ一つ言葉を選ぶように、優しくゆっくりと話す。
「ここにやってくるのは、アマノガワ号。みんなのお願いを叶えてあげる電車だ。願いっていうのは、人と人とのつながりが大きく関係するものだからね。この人の願いが叶ったから、あの人の願いも叶う。もちろん、あの人の願いが叶ったから、この人の願いは二度と叶わない、ということもある」
「……その、願いが叶わない、っていうときは、電車はもう来ないんですか?」
 私はおそるおそる口を挟んだ。駅長さんが目線だけこちらに向けて頷く。
「そうだね。悲しいけど、今の場合は、事故で亡くなってしまったその人のせいで、お嬢ちゃんの電車は二度と来ない、ということになる」
「えーっと、どういうこと?」
 女の子が首を傾げると、駅長さんは、散乱している短冊に視線を落として、それから彼女の顔を見つめた。
「……言いたくないけど、お嬢ちゃんのお願いは、もう叶わなくなっちゃったみたいだ」

 ──そのとき、私の中に、一つの考えが浮かんだ。

「えっ……、うそだよね?」女の子は驚きとショックを隠せない様子で、声を上擦らせた。「だって、わたしのお願い、こんなにあるよ!? それでも、叶わないの?」
 彼女は泣き出して、ベンチに座り込んでしまった。
「ごめんね。だけど、仕方がない。たとえ事故であっても、一人の人が死んじゃうことで、どうしても叶わない願いっていうのも、出てくるものなんだ」
 駅長さんが女の子を宥めるように肩に手を置くけれど、彼女は泣きやまない。

 涙を流し鼻をすする彼女を見て、私は思う。
 この子の短冊を見たときから、ずっと気になっていたこと。それが、一つの答えになった気がした。
 確証はない。でも、なぜか自信があった。

「あの、駅長さん」私は思い切って声をかけた。「私も、願いごとを見つけました。……今からでも、間に合いますか?」
「大丈夫だけど……」駅長さんは立ち上がり、私のほうを向いた。「ああ、もしかしてお姉さん」
 私はゆっくり頷く。駅長さんはどこかほっとしたように見えた。きっとこの人は、私の願いも、女の子が誰なのかも、始めからわかっていたのだろう、と私はこのとき思った。
 私も、今ならわかる。
 ──自分の願いは、きっと。
 さっき女の子からもらった、ペンと真っ白な短冊。私は一つ、願いごとを書いた。
「お願いします」
 短冊を駅長さんに差し出した。
「うん」彼は私の言葉を見ると、口元に笑みを浮かべた。「やっぱりそう来たね。じゃあお姉さん、あっち。4番ホーム」
「はい。ありがとうございます」

 私が待合室を出ようとすると、ベンチに座っている女の子に呼び止められた。
「……おねえさん、行っちゃうの?」
「ちょっと行ってくる」私は笑顔で、けれど彼女のほうは振り返らずに言った。「次に会うのは、私のお願いが叶ったあとかな。それまで、待っててくれる?」
 この子に言い残すことは、これくらいでいいだろう。すべてを語る必要はない、と思った。
「……また、会えるの?」
 本当に寂しそうに、心配そうに声をかけてくる。振り返りたくなったけれど、振り返ったら私まで泣いてしまう気がした。私の中に溜まっていたいろいろなものが、とめどなく溢れだしてしまう気がした。
「会えるよ」私は歩みを進めた。「お姉さん、頑張るから」
 ドアの前まで来て、私は立ち止まる。
「……またね」
 そして一度だけ、私は彼女の名前を呼んだ。
 ドアを開ける音にかき消されて、声は彼女に届かなかったかもしれない。
 だけど、それでいい。きっとこの子はわかってくれる。あとは私が頑張ればいいだけだ。だから、ここはせめて笑顔で。

 ──この子の願いを叶えるために、私はここから歩き出す。

  *

 待合室に、少女と駅長の二人が残された。
「お姉さん、行っちゃったね」
 駅長はガラス越しに待合室の外を見つめながら言った。少女はベンチに座ったまま、駅長の姿を見上げた。
「おにいさん、わたしの電車は……」
「うーん、そうだなぁ」駅長は、足元に散らばっている色とりどりの短冊を拾いながら言った。「キミがその鞄の中のお願いを全部叶えたいのなら、電車は来ない。でもね」
「でも?」
「お嬢ちゃんが、その中でも一番叶えたいお願いは、何かな?」
 駅長が屈んで、短冊の束を少女に差し出す。彼女はおずおずと手を伸ばしてそれを受け取った。
「いちばんかなえたい、おねがい……」
 短冊に視線を落とす少女の顔を覗き込むようにして、駅長が言葉をかける。
「そのお願いを叶えてくれる電車なら、もうじき来る」
「ほんとに?」
「本当さ」駅長は少女の頭を撫で、立ち上がった。「そうそう、お願いが叶ったら、あのお姉さんにお礼を言うこと」
 待合室のドアの前まで歩くと、駅長は振り返って少女にウィンクをした。
「約束できるかな、せいらちゃん?」
 少女は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐ何かを理解したように、きらきらと笑顔を輝かせた。
「うん!」


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