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秋の輪郭

つい数週間前までは汗ばむ気温だったのに、いつの間にか日は短くなり、木々の葉は色づき始め、北向きの私の部屋では月夜の陰に冷気が立ち込めるようになった。秋の訪れである。変温動物は気温が高くなると活動的になるが、恒温動物の私は対照的に夏の終わりを感じ取るとカエデの葉のごとく気分が高揚する。

良く晴れた日にはどこか遠くに旅に出たいと思うのだが、実際は責任ある大人として研究室に向かうのが日常である。とはいえ、川の水面が朝陽をまばゆく反射していたり、風に吹かれた枯葉のこすれ合う音が季節の調べを奏でていたりするのを感じ取ることができるので、研究室に向かう道も趣があるなと思ったりもしている。秋の日差しは些細な日常の一瞬に輝きを映している。

夕刻になり、その日に予定していた実験を終え、外の空気を吸おうと表に出てみると日が沈みかかっていることに毎度驚く。太陽神は私よりも先に一日を終えようとしている。秋の夕暮れは、ミレーの『晩鐘』のような、あるいはパット・メセニー・グループの『Farmer's Trust』のような、切なさと優しさの繊細な空模様のように見える。朱色から藍色へと変わりゆく空と木々の黒い影が明確なコントラストを演出している。

やせ細った枝の影は秋の輪郭をなぞっているようであり、枯れ行く木の姿には死への虚無感すら感じてしまう。夜風に吹かれるその体は移りゆく季節を静かに受け入れているようだ。そして私はこの美しい景色を享受できる幸福にそっと祈りをささげる。

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