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【試し読み】ONE PIECE novel HEROINES [Colorful]

『ONE PIECE novel HEROINES [Colorful]』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。


あらすじ

「ONE PIECE magazine」で連載された『ONE PIECE novel HEROINES』シリーズの最新刊が登場! ONE PIECEに登場する女性キャラクターを主人公に、彼女たちの色とりどりの日々を描くショートストーリー! 魅力的なヒロインたちの挿絵や書き下ろしエピソードにも注目!

episode:HANCOCK
海で失踪したはずの部下がアマゾン・リリーに戻ってきた。ハンコックは、外海で恋をしたという彼女を呼び出して、その恋バナを聞くことにするが...。ハリケーンが吹き荒れる!?

episode:TASHIGI
たしぎとスモーカーは海賊の被害に悩む島に立ち寄る。たしぎは「海賊に復讐するために強くなりたい」と願う少女に剣の指導をつけることにするが、そこで思わぬ事態が...!?

episode:REIJU
ヴィンスモーク家のレイジュと弟たちは、コック不在の船に乗ったせいで自ら料理をすることに...。果たして姉弟たちはどんな料理をしでかすのか!?

episode:UTA
ウタが歌う楽曲「風のゆくえ」。それは幼いウタと父シャンクスとの、騒がしくて楽しくて優しい記憶。赤髪海賊団での日々が蘇るーー。

extra episode:NAMI & ROBIN
ナミとロビンは航海中の悩みーー肌や髪など美容のことについて語り合う。チョッパーやブルックたちも交えながら、自分をケアすることの楽しさに気づいていく。

それでは物語をお楽しみください。

episode:HANCOCK
This is why Nyon-baa passed out.

「――て、そんなわけあるか!!!!」
 悲鳴のような突っ込みが九蛇城クジャじょうに響きわたり、驚いた侍女じじょたちが何事かとハンコックの部屋へすっ飛んでいくと、腰を抜かしたニョンばあがわなわなとくちびるを震わせてゆかにへたりこんでいた。
「おぬしがあんまりアホなことを申すから、腰が抜けたわ!」
〝海賊女帝〟を相手にこんな口がきけるのは、この小さな老婆ろうばくらいのものだろう。ハンコックはニョン婆をひとにらみすると
「なぜアホなこととわかる」
 と冷ややかに言い返した。
「なんででもじゃ! そなたの説明を聞く限り、そんなことには絶対にならーぬ!」
「しかし万一ということもあろう」
「ない!」
「なぜ言いきれる。ニョン婆、そなた何か知っておるのか?」
「それは……っ」
 つんのめるように口をつぐんだニョン婆に、ハンコックはぐっとった。かつてないほど真剣な表情だ。
「どうなのじゃ、グロリオーサ。知っておるのなら、この場で説明してみせよ」
「やかましい! お主、そんなくだらニュことに気をむヒマがあるのなら、たまには外へ出てたみに顔でも見せてやれ!」
「ルフィとわらわのことを、くだらぬとは無礼な!」
 ギャーギャーと親子のように言い合う二人を眺めながら、侍女のエニシダは途方に暮れた。
 なぜこんな言い合いが始まったのかといえば――話は数週間前にさかのぼる。

 霧雨きりさめのけぶる寒い朝。
 とりでで見張りについていたマーガレットは、ボロボロの小舟が沖合いから近づいてくるのに気がついて、望遠鏡を向けた。
「協定を破ってこの島に近づくなんて……何者かしら」
 もしや海軍のスパイかと警戒して目をこらせば、舟をいでいるのは見覚えのある顔だった。行方ゆくえ知れずになっていた九蛇クジャ海賊団の一員――ダリアだ。
「〝ダリアが帰って来たの巻〟ね!」
「大変! 早く迎えに行きましょう!」
 一緒に見張りについていたスイトピーとアフェランドラと共に、マーガレットは海岸へと急いだ。
 ダリアが行方不明になったのは、約二年前の航海中のことだ。あらしの日に甲板かんぱんに打ち上げられた小型海王類かいおうるいを海に戻してやろうとして、いきおい自分までドボンと海に落ちてしまい、それっきり行方不明になったと聞いている。生死不明のまま時が過ぎて、そろそろ葬式をあげるべきかと長老たちが話し合い始めた頃だったのだが、まさか生きていたとは。
 マーガレットたちが森を駆け抜けて海岸に出ると、ダリアはすでに舟を降り砂浜にうずくまっていた。
「ダリア! 〝おかえりなさいの巻〟ね!」
 スイトピーが声をかけるが、反応がない。
「ダリア、大丈夫!? 怪我けがしてるの!?」
 マーガレットが駆け寄ると、ダリアは汗だくの顔を上げた。
「お願い……カッサンドラを呼んで……」
 息もえに言いながら、全身をガクガクと震わせている。顔色もさおだ。やはりどこか怪我をしているのか――ダリアの身体からだをのぞきこみ、マーガレットは血相を変えて叫んだ。
「大変! もう頭が出てるわ!!」
〝外海へ出た者が時折体に子を宿し帰り来るも、不思議な事に生まれて来る子はみな女〟――アマゾン・リリーは、男子禁制の女人にょにん国だ。ダリアの場合も前例にもれず、駆けつけたカッサンドラに取り上げられて生まれてきたのは元気のいい女の子だった。
 新生児は寄ってたかって近所総出で世話をするのが慣習である。我先にと世話を焼きたがる女たちに助けられながら育児にいそしんでいたダリアのもとへ、ある日九蛇城からの通達が届いた。
 いわく、蛇姫へびひめに面会せよ――とのこと。
 アマゾン・リリーをべるボア・ハンコックから名指しで呼び出しを受けるなんて、この国に住む女たちにとっては大事件だ。
「蛇姫様がダリアを呼び出すなんて!」
直々じきじきに面会するってこと!? うらやましい!」
「ダリア、あんた一体何やったのよ!?」
 マーガレットもスイトピーもアフェランドラも大騒ぎだったが、ダリアは特段驚かなかった。いつか来ると思っていたし、何を言われるのかもわかっている。
 ダリアは外の世界で、ハンコックを裏切った。〝男〟と恋仲になってしまったのだ。

 翌日、通達に従って登城したダリアはエニシダに出迎えられ、ハンコックの部屋の前へと連れてこられた。
「蛇姫様。ダリアが参りました」
 部屋の中に向かって、エニシダがそっと声をかける。
 ぎこちない動きで部屋の中へと足を踏み入れながら、ダリアは自分に言い聞かせた。
 ――毅然きぜんとした態度でのぞもう。私はあの子の母親なんだから。
 ダリアが一度でも男を愛してしまったことは事実だ。でも、だからといって蛇姫への忠誠心を忘れたわけではない。こうして男と別れ、アマゾン・リリーへと戻って来たのがその証明だ。
 何を聞かれても、堂々としていよう。その結果、蛇姫様のおいかりを招いたとしても、後悔はない――ダリアはそう心に決め、ゆっくりと顔を上げた。
 この国の主君たる蛇姫は、天蓋てんがいのついた広い寝床ねどこの上に座り、とぐろを巻いた蛇にゆったりと寄りかかっている。〝海賊女帝〟ボア・ハンコック――その姿を一目見たとたん、ダリアは蛇ににらまれたように、その場から動けなくなった。
 そこにあったのは、思考が吹っ飛ぶほどの圧倒的な〝美〟だったのだ。

 少し広めのなめらかなひたいと、切れ長のまなじりが涼しげなアーモンドアイ、すっと通った鼻筋はなすじと薄めの小鼻、そしてシワひとつない柔らかそうな唇。長い睫毛まつげに守られた瞳は聡明そうめいさに満ちて黒く澄み、二重ふたえのカーブは天使の通り道かと思うほどに流麗だ。
 完璧かんぺきなのは顔面だけではない。人智を超えたボディラインは、つややかに伸びた黒髪にふちどられることで、さらにその価値を際立きわだたせている。なめらかなはだは淡い光を放ち、悪女のような妖艶ようえんさと硝子ガラスのごとき透明感をあわって見る者を誘惑する。くっきりとした鎖骨さこつに飾られたデコルテといい、形の良い華奢きゃしゃな肩といい、開いた服からのぞく胸元といい、どこもかしこも海が割れそうなほどの美しさだ。
 こんなに美しいものが、この世に存在するなんて――
 規格外の造形美を前に、ダリアはまばたきも忘れて混乱した。生き物としての格が違う。目の奥が痛くなるほど、あまりにとめどのない美貌圧びぼうあつ
 どうしよう。今日は蛇姫と対等に渡り合うつもりで来たのに――この人に逆らえる気が全くしない。こんなにきれいな人に……!
 ハンコックが軽く首をかしげて、ダリアの顔をのぞきこんだ。黒髪が水のようにしなやかにほおの上をこぼれ落ち、べにを引いた唇が開く。
「ダリア」
 ヒッ、とダリアは小さく息をんだ。
 名前を……! 呼ばれた……!!
 ハンコックの声は、まるで音がしんを持っているかのようにりんとして、夏の日の鈴ののように心地よく耳に響いた。見た目も良ければ声も良いなんて反則だ。
「よくぞ戻った」
「は、はひ……」
 会って十秒らずでダリアは早くも満身創痍まんしんそういだったが、それでも何とか正気を保ち続けていた。いくら蛇姫様が美しかろうと、このまま失神してしまっては九蛇海賊団の名がすたる。
「あの……」
 なるべくハンコックの姿を見ないようにしながら、ダリアは声をしぼした。
「不注意で……海に落ちてしまい……蛇姫様の航海に……最後まで随行ずいこうできず……もうわけございませんでした……」
「少しやつれているな。苦労したか」
「いえ……」
「子を身ごもって帰ってきたと聞いた。外海で、ずいぶん大切なものが出来たようじゃな」
「……あの……」
 つい声が震えそうになり、ダリアはのどに力を入れた。言い訳はできないが、ハンコックへの忠誠心が揺らいだわけではないことをわかってほしい。生まれてきた赤子は、アマゾン・リリーの未来をになう、大切な存在でもあるのだ。
「……私の生きがいは、蛇姫様におつかえすることでございます。その気持ちはきっと、この先も、ずっと変わりません。しかし……おっしゃる通り、外海にいる間に、大切なものが出来ました。それは私にとって……蛇姫様と同じくらい大切なものです」
 ごめんなさい、とダリアは続けようとしたが、それより早くハンコックが口を開いた。
「そなたの大切なものは、どんな様子ようすだ。話してみよ」
 あれ、聞きたいのは赤子のこと……?
 てっきり男と恋仲になったことについて追及されると思っていたので、ダリアは戸惑とまどった。今日呼び出されたのは、赤子の様子を心配してくださったから? だとしたら、蛇姫様は私にお怒りではないのかもしれない。
 ダリアはいくぶん落ち着いて、娘の顔を思い浮かべた。家を出る前は珍しくご機嫌きげんだったが、一日の大半は泣いているか寝ているかだ。
「別れぎわこそ機嫌よく手のひらを眺めておりましたが、それは稀有けうなこと。日頃はわめくか、あるいは眠っているのがつねでございます」
「何!?」
 ハンコックはぎょっとしたように片眉かたまゆを上げた。
「そんなに泣くのか……?」
「それはもう。泣くことが仕事のようなものでございます」
「そうか。私の知る者は、涙などめったに流さなかったが……個人差があるのかもしれぬな」
 泣かない? そんな赤子がいるの?
 ダリアは首をひねった。想像もできないが、ハンコックが言うのだからきっと存在するのだろう。赤子もハンコックを前にすると、美貌に目を奪われてんでしまうのかもしれない。
「それで、泣く以外には何をしている」
「そうですね。おなかがすくと、よく私の乳に吸いついております」
「あれは、人の乳になどまるで興味を示さぬ生き物のように見えるが……?」
「……? そう、ですか?」
 乳に興味を示さない? そんな赤子もいるの……?
 ダリアは再び首を傾げた。ハンコックの美貌を前にしては赤子も恐縮して、乳が吸いたいなどとは言えなくなってしまうのだろうか。
 そもそもハンコックは、赤子とどれほど接したことがあるのだろう。ネコだろうと仔アザラシだろうと容赦ようしゃなくばすハンコックが、赤子の世話をしているところなどとても想像できない。
「あの、蛇姫様も実際に会ったことがあるのですか?」
 思いきって聞いてみると、ハンコックは「ある」とあっさりうなずいた。
「そなたが外海に出ている間に、事情があって手を貸した」
「まぁ、蛇姫様が直々にお世話を……幸運な者もいたものですね」
「こちらの好意はおそらく伝わっていないであろうがな」
「私たちをさんざん振り回しておきながら、本人はきゃっきゃと機嫌よく笑っている。あれはそういう生き物でございます」
 蛇姫様ほどの方でも、赤子には振り回されるものなのか。気高けだかく誇り高い主君が、なんだか身近に感じられて、ダリアは少しだけ肩の力を抜いた。
「とにかく……そなた、子をしたからには、その、男と恋仲になったのであろう?」
「はい」
「なれそめを話してみよ」
 来た。やっぱりその話か――。
 やはり赤子の話はただの前置きで、ハンコックは男とのことを追及するためにダリアを呼んだのだ。
 包み隠さず話そう、とダリアはもう一度自分に言い聞かせた。すでに別れた男のことだ。無理につくろったり本音ほんねを隠す必要はないし、何より蛇姫様にウソをつきたくない。すべてを打ち明けて、あとは蛇姫様の判断にゆだねよう。
 まっすぐにハンコックを見据みすえ、ダリアは落ち着いて語り始めた。


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