この本、出血多量。緋色の幻想アンソロジー――津原泰水監修『血の12幻想』

(この記事は、2019年4月27日にブログ「ミニキャッパー周平の百物語」に掲載した内容をもとに再構成しています)。

今晩は、ミニキャッパー周平です。改めてのご説明になりますが、このコーナー「ミニキャッパー周平の百物語」は、「ジャンプホラー小説大賞」の宣伝企画として、私のご紹介したいホラー本を取り上げていくというものです。なので、集英社の人間なのに平気で他社の本の話をしますし、特に最新の本に限る訳ではなく、今回のように、20年近く前の本も隙あらばご紹介していきます。

現在、早川書房から刊行された『ヒッキーヒッキーシェイク』が話題になっている津原泰水は、幻想・ホラー小説でも多くの作品を発表しています(そのジャンルでの私の推しは『蘆屋家の崩壊』、『11 eleven』収録の「微笑面・改」、『綺譚集』収録の「約束」など)。そして、書き手としてのみならず、アンソロジー監修者としても忘れがたい本を世に送り出しています。

というわけで、今回ご紹介する一冊は、津原泰水監修『血の12幻想』。

津原泰水の監修するアンソロジー・シリーズ『12幻想』のうちの1冊で、初刊は2000年。主にホラーや幻想小説の書き手12名が、血をテーマに短編を書き下ろしたアンソロジー。あくまでお題は“血”であり“吸血鬼”に限定している訳ではない、というのがポイントで、この企画でなければ書かれなかったであろう特異な短編が多数収められています。

まず“血”を象徴として扱った作品群が3編。

菊地秀行「早船の死」。野球部のキャッチャーであった少年が手首を切って死んだ。その友人でありピッチャーを務めていた主人公は、死の理由に心当たりがあった。若者の純粋な心や、情熱の儚さを血に仮託した一本。

鳴海あきら「お母さん」は、娘に対する干渉が度を越しており、狂気さえ感じさせる母親の姿から恐怖を浮かび上がらせ、さらに血の繋がりを呪縛として描きます。

柴田よしき「夕焼け小焼け」は、幼い頃に母の死に直面した少女が、血だまりに浮かぶ母の死の光景を生涯引きずりながら、人生の陥穽に落ち込んでいく物語。

テーマが“血”なので当然ながら、収録作のジャンルで言えばホラー・サスペンスの作品が最も多いです。

倉阪鬼一郎「爪」は幻想度の強いホラー。かつて惨劇の中で自ら命を絶った主人公は今、獲物を求めて道を彷徨っている。この世ならぬ存在の持つ魔の力が、断片的に、暗示的に語られます。

恩田陸「茶色の小壜」は“奇妙な味”風味のサスペンス。事故現場で適切な応急処置を施した、看護学校出身の女性。一見したところ普通に思える彼女だったが、正体不明の茶色の小壜を大事に持ち歩いており……。

竹河聖「死の恋」は、古代ローマが舞台。ネロ帝の治世において発生した少女の変死事件。その陰には、燃えるような愛憎と、怪異が潜んでいた……。

北原尚彦「凶刃」は、ヴィクトリア朝ロンドンの物語。連続殺人を起こした切り裂きジャックが何者だったのか、そして、凶行はなぜ終わりを告げたのかを、ジャック本人の視点から解き明かします。

山村正夫「吸血蝙蝠」は、初出が1977年つまり昭和なので、これも現代が舞台でない作品と言えます。新作を書き下ろす予定だった山村正夫が急逝したため、唯一の再録となった作品です。大学時代の友人が、吸血鬼の実在をほのめかすような言葉を最後に姿を消し、蝙蝠を握りしめた死体となって発見される。その真相を追う、ゴシック風味の怪奇ミステリです。


そして――“血”という物体そのものを重要なモチーフとして描いた作品群は、出血量も非常に多く、想像するだけで眩暈を起こしそうな内容になっています。

小林泰三「タルトはいかが?」は、同棲し始めた相手の作るお菓子がとても美味しくて、三食お菓子で済ませてしまうほどの中毒性があり……という発端。タルトの隠し味は説明するまでもないでしょうが、二転三転する展開が見事です。

田中啓文「血の汗流せ」は、熱血野球少年・星吸魔(ほしきゅうま)が主人公。彼は血食人の眷属の子供、つまり血食児童(けっしょくじどう)であり、汗腺から汗の代わりに血が流れてしまう体質のために、他人を惨殺し吸血しながら野球に励む。押し寄せるダジャレと地獄絵図に圧倒される青春野球スプラッタードラマ。

田中哲弥「遠き鼻血の果て」は、ある日目が覚めると、凝固した血で満たされている浴槽の中にいて、身動きが取れない状態になっている男の災難。どうも血は自分自身の鼻血らしい。致死量を超えているようにも見えるけれど、それはともかくガチガチに固まって動けないことが問題、というスラップスティック。

津原泰水「ちまみれ家族」は、祖先の因縁によってか、日常的に血まみれになってしまう一家のブラックコメディ。飛び降り自殺者にぶつかったり喧嘩に巻き込まれたり猛獣に遭遇したりとにかく毎日のように血だらけになる家族。傷の治りは早いし血は慣れっこになってしまっているから、血が目立たないよう内壁を黒塗りした家で暮らし、衣服もすぐ買い替える。彼ら一家が、周囲をドン引きさせながら、夥しい量の血に彩られる日常を送るという、異色過ぎる作品。

……という訳で、世界中見渡してもこれほどコンセプチュアルな“血”の本はそうそうないだろうという忘れがたい一冊です。アンソロジーという形式は大昔から好きなので、このコーナーではホラー長編やホラー短篇集のほか、ホラーアンソロジーも積極的にご紹介していきます。

最後に、ジャンプホラー小説大賞宣伝隊長としてCMです。第4回ジャンプホラー小説大賞《金賞》受賞作、『マーチング・ウィズ・ゾンビ―ズ 僕たちの腐りきった青春に』は6月19日発売。ホラー賞初の金賞に輝いた異色のゾンビ難病青春小説をぜひお見逃しなく!