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【試し読み】アンデッドアンラック ロマンチックな否定者の休日

『アンデッドアンラック ロマンチックな否定者の休日』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。


あらすじ

ブラックオークション前、束の間の時間を利用し、アンディから海中デートに誘われた風子。初挑戦のスキューバーダイビングで透き通ったリオの海を目一杯楽しむ二人。そんな中、予期せぬ来訪者たちが風子を襲い...!?

それでは物語をお楽しみください。

Ep.001 だったら、俺が付き合ってやるよ

 ブラジル・リオデジャネイロにおける船上での不死【UNDEAD】たちとの戦闘により、不治【UNREPAIR】ことリップ=トリスタンは、死にかけた。
 しかし彼がせきを置くチーム、UNDERアンダーの持つ古代遺物アーティファクトのおかげで一命をとりとめることに成功する。ただし、その代償として彼は時を巻き戻されて、十歳ほどの少年の姿になってしまった。
 死をまぬがれたのだ。少年の姿になるぐらいは、リップにとってはおつりが来るほど安い対価であった。しかしまったく問題がないわけでなかった。
 着る服がないのである。
 チームUNDERアンダーは、ボスであるビリーの意思により、構成員の多くが大人だ。
 おかげで子ども服を貸せる人材がいない。
 かろうじて子ども姿のリップと背格好が近い、不貞【UNCHASTE】ことくるさだが気をかせて持ってきてくれたものは、フリルがふんだんに使われているワンピースだった。持っている洋服がすべてそのたぐいで、その中でもシンプルなものを選んできたと聞き、リップはすぐさま決断した。
「ラトラ、服を買いに行くぞ」
「……でしょうね」
 自室でくつろいでいたラトラは、やってきたリップがズルズルとそでたけの長い黒いYシャツに身を包んでいるのを見て、さもありなんとうなずいた。
「でも、私も行くの?」
「子どもひとりで買い物したら目立つだろ。それにこの姿じゃカードも使えない」
「ああ……。そうね」
 リップがいつも利用しているのは、彼が医師時代に作ったクレジットカードだ。現金も持っているが、買い物をする国の貨幣に両替をする手間を考えるとカードのほうが便利である。そのカードを本人とはいえ、子どもが使おうとすれば、店からきっぱりと断られてしまうだろう。
「いいわ。私が選んであげる」
 ラトラが言うと、リップは意外そうに眉を上げた。
「服ぐらい自分で選ぶさ。支払いだけしてくれれば、あとで体が元に戻ったときに利子つけて返す」
「いらないわよ、利子なんて。単に、アンタが選ぶ服が心配なだけ。昔からお金かけなさすぎなんだもの」
 元がいいんだから少しは気をつかいなさいよ、と心の中でラトラは付け加える。
 ラトラ=ミラーとリップの付き合いは長い。それこそリップが実年齢で今の姿だったころからの付き合いになる。
 ふたりは幼なじみだった。
 そして本当はもうひとり、同じ時間を過ごした少女がいた。
 少女の名前はライラ=ミラー。ラトラの妹で、リップが愛した人。
 彼女の止まった時間を取り戻すため、リップとラトラはUNDERアンダーの一員になった。
 その目的を果たすまで死ぬことは許されない。ふたりの共通の願いだ。
 ラトラはリップのあしもとに視線を落とした。
 長いYシャツのすそからは、重たげな金属の義足が見える。リップがライラを取り戻すために払った代償のひとつ、古代遺物アーティファクト走刃脚ブレードランナー。リップはみずからのあしを切り落として装着している。
 ラトラの胸の奥が、痛みを訴える。
 ――ライラも取り戻したい。でも、リップにこれ以上なんてしてほしくない……。
 だが、それがラトラの勝手な望みだということを、彼女は誰よりも知っていた。
 座っていたから立ち上がったラトラは少年の前にしゃがむと、Yシャツの裾を折り上げて長さを調整する。
「面倒でもちゃんと折っときなさいよ。踏んだりしたらあぶないわよ」
「わかってる。だからスラックスをはくのはやめといた。サイズが合わなすぎたからさ」
「以前は筋肉もあって、腰回りもしっかりあったものね……」
 そこまで言って、ラトラははたと動きを止めた。
 さりげなさを装い、つとめて冷静に、かなり意識的に、リップの顔だけを見るようにして、尋ねた。
「……下着ははいてるわよね?」
「サイズが合うと思う?」
 リップがほがらかに答えた直後、ラトラの悲鳴が室内に響きわたり、リップは部屋からり出された。

 買い物をするため、UNDERアンダーは一時的に上陸することになった。
 上陸といっても港につくわけではない。アジトとして利用しているシャチ型UMAユーマのカインを陸地近くに浮上させ、そこからは古代遺物アーティファクトを利用した乗り物で海上を移動して上陸するのだ。
 買い物に行くならば自分も行きたいと言って、来栖と不出【UNBACK】のバックスが一緒についてくることになった。
 外出するにあたり、リップにはラトラのTシャツとショートパンツを着せた。ベルトを使ってサイズを調整し、不格好ではあるが外出できる見た目にする。悩みの種だった下着については、UNDERのひとり、不抜【UNDRAW】ことゆうさいが打開策を提案してくれた。
「ふんどしを試してみては?」
 なんでも彼女の国では長い布を下着として巻くらしいのだ。巻き方にこつが必要だったが、元から手先の器用なリップは彼女から一度手ほどきを受けただけで、難なくふんどしをマスターした。
「じゃあ、私はバニーとショッピングを楽しむから、ここで別れましょ!」
 港町についたところで、来栖がバックスの手を握ってラトラとリップに言った。
「くるる?」
「なんでなのら?」
 てっきり一緒に行くものだと思っていたラトラが不思議そうに来栖を見れば、手を握られたバックスも同じような顔で来栖を見ていた。どうやらバックスもいま知ったことらしい。
「ねーたまたちと一緒のほうが楽しいのら!」
 ラトラを「ねーたま」と呼び慕っているバックスがぴょんぴょんと跳びはねながら反論する。しかし来栖はぎゅっとバックスを引っ張り、顔を寄せた。
「私とだって楽しめるわよ? 女の子同士、仲良くやりましょうよ。バニー、以前からそのウサギにつけるお目々がほしいって言ってたでしょ? 一緒に探してあげるわ。だから、一緒に行くのよ」
 至近距離で有無を言わさぬような圧をかけて話す来栖だが、当のバックスはきょとんとするばかりだ。しかし「お目々」というワードを聞き、目を輝かせた。
「おめめ! わーい、いっしょにさがすのら~!」
 バックスはあふれる喜びにぴょんぴょんと跳びはねて、その場でくるくると回りだす。そのたびにバックスが着ている着ぐるみのウサギの耳が一緒にねた。脱ぐことのできないウサギの着ぐるみを、もう少しかわいくしたいとバックスが思っていたことを来栖は知っていたのである。
 そしてそれを利用しようと考えたのだ。
「すてきなお目々を選んできて、リップたちを驚かせてあげましょうよ~? どう?」
「そうするのら~! びっくりさせたいのら!」
 来栖はよしと頷くと、事の次第を見守るしかなかったラトラたちに、にこりと笑顔を向けた。
「というわけだから、別行動でいきましょ」
「うん、まぁ、いいけど。どっちみち買い物をはじめたら、別行動にはなるだろうし」
 ラトラが言うと、リップも同意するように頭のうしろで手を組んだ。
「だな。お前らだって俺の買い物に付き合うのは面倒だろうし」
「それって、私には面倒かけてもいいみたいじゃない。誰がお金出すのか、わかってるのかしら、少年?」
「モチロンデスヨ、ラトラサン」
 軽口をたたき合うラトラとリップに、来栖はにまにまと小悪魔的なみを浮かべる。
 再集合の時間と、なにかあったときの連絡のとり方だけを確認し、ふたつのふたり組は分かれることになった。
 別れ際、来栖がラトラの袖を引いた。
「なに、くるる?」
 来栖がなにか言いたげなのを察して、ラトラは身をかがめて来栖に耳を寄せる。
「そっちもデートを楽しんでね」
「!」
 目を丸くするラトラに、来栖はアイドル時代につちかった必殺技のひとつ、とびっきりのウィンクを放つとバックスと一緒に去って行った。
「くるる、なんだって?」
 リップがラトラに尋ねる。
「別になんでも」
 ラトラは苦笑して答えた。
 来栖のづかいがくすぐったかった。リップとはそういう関係ではないのだが、いままでそれをきちんと説明したことはなかったな、と今更ながらに思い出す。
 しかも子ども姿に戻ったことに気を取られていたが、リップと街を歩くなど久しぶりのことだ。デートと呼べるようなものではないが、昔のように何気ない時間を彼と過ごすのは、悪くはない。
「たまには、息抜きも必要よね」
 ラトラは港町の海の香りを吸い込み、気持ちを切り替えるように大きく伸びをした。

 ふたりはまずショッピングモールへ向かった。
 子ども服を取り扱っている店で、まずは下着とジャージの上下を購入する。
 タグを切ってもらい、フィッティングルームでリップが着替えていると、カーテン越しにラトラが話しかけてきた。
「ねぇ、これも着てみてよ」
 そう言って、カーテンの下のすきから服を差し込んでくる。
 動きやすそうなTシャツと細身のジーンズだった。
「ジャージを買ったんだから、もういらないんじゃないか」
「いるわよ! 洗い替えが必要でしょ」
「あ、そうか」
「サイズ見たいから、ひとまず着てみてよ」
 ラトラに言われるまま、リップはTシャツとジーンズに着替えた。古代遺物アーティファクト走刃脚ブレードランナーのせいで、タイトなジーンズがぱつんぱつんである。
「Tシャツはいいけど、ジーンズはやめたほうがよさそうだ」
 フィッティングルームのカーテンを開け、姿を見せたリップが言った。
「そうね」
 ラトラが鋭い視線でリップの全身をチェックする。そして両手に抱えた大量の服を素早くより分けはじめた。
「じゃあこれ系統は無理ってことね。次、こっちに着替えて」
 その多すぎる服に目を奪われていたリップに、ラトラは選別に選別を重ねた服を渡し、ぼうぜんとする少年の体をくるりと反転させて、シャッとカーテンを閉めた。
 流れるような動きでフィッティングルームに押し込まれたリップは、よくわからないままに渡された服装に着替える。
 それを幾度となく繰り返したあと、ラトラは言った。
かんぺきね」
 満足げに微笑ほほえむ彼女が選んだのは、シンプルながらも着回しがしやすいTシャツ三枚、動きやすさとはだざわりが抜群のハーフパンツ二枚、両足の走刃脚ブレードランナーを隠しても不自然に見えないスラックス二本、暑さ寒さに対応できるジャケット一枚、羽織り物として欠かせないパーカー一枚であった。
「あれだけ着替えてこれだけ……?」
 着替え疲れをしたリップがげんなりとして言う。
「あのね、むしろあれだけ着替えてここまで絞ったのはすごいことよ? またいつ買い物に来られるかわからないし、必要最低限で着回しに最適なものを選び抜いたんだから」
 会計を済ませたラトラが、ムッとしながら商品の入った紙袋を手に持つ。
 だが、すぐにその表情がやわらかいものに変わる。
「どうした?」
「ん……。昔を思い出していたの。ライラが私に服を選んでくれたことがあって。あの子ったら、『お姉ちゃんに似合う服を見つける』って勢い込んで店中の服を吟味したの。着替えるたびに、『お姉ちゃん、似合ってる』って喜んでくれたわ」
 ラトラが懐かしむように目を細め、思い出を抱きしめるように微笑む。その様子にリップも「そうか」と優しく言い、少しだけさびしげな瞳を前髪に隠した。


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