続かないお話 キムチ13

いや、ん?

え?笑

いや、んご、

久林がもごもごしたところでさくらちゃんの後ろに店員さんが現れ、チャンジャを4つ運んできた。今かよ、と久林は胸の中で舌打ちした。そもそもスピードが売りだと言っておきながら、1200mのデムーロ騎手くらい来るのが遅いし、一瞬流れたロマンスの空気をかき払うようなタイミングもよろしくない。

大変おまたせしました。すみませんチャンジャになります。

え?

ん?

おい 笑
4つもなんだこれ。

まぁまぁ。とりあえず、乾杯しよか。

チャンジャではしないでしょ 笑
なにしてんですか。まあ嬉しいけど。

嬉しいんかよ。

腹が鳴るぜ 笑 いただきまーす!

ほんまにぷちぷちや。

でしょ!うまいー。

そこからはふつうに注文してふつうに楽しく喋った。休日何してるとか趣味とかバイトの事とかよくある話をして、40分もしないうちに次の休みの日にドライブに行く約束も無事取り付けることができた。
今夜の最低限の目標を達成して安心してしまったら一気に酔いが回ってきて、2杯目の杏ソーダを半分飲む頃にはかなりふらふらしてきてしまった。

そうなんです。一輪の花よりは一面に咲き誇ってる花畑が好きで、ずっとそんな写真ばっかり見てる。

そんな好きなんや。実際に観にいったりもするん?

うん時間があるときは。でも最近はケータイでずっと写真家さんの撮ったやつを見てるし、なんかいつのまにか絵画も好きになってきて、あ、あとね、テレビとかでなんか放送事故あったらたまにお花畑出るでしょ?

うん。パンツ脱げたり、血出たりしたら出るやつな。

そうそう、だからあれ待っちゃう 笑

流れていきすぎやろ 笑 変なとこまでいってるやん。放送事故とかってイラストとかやし、花畑好きって言わんでそれは。

ギリギリの時にパンツ脱げろと思って、かじりついて見るから、お父さんとかと見てたら気まづい 笑

久林は爆笑した。エピソードがおもしろくてかわいい。杏露酒のグラスもついに空いてしまった。いつの間にかキャパ以上を飲んでいる。いつもそうなのだが、それに気付いてから急に意識が遠くなりそうになる。

ちなみにさくらちゃんの1番好きな花はなんなん?

うわー、選べない!けどデイジーかな。わかります?ひなぎく。あとばぁーっと一面に広がってるならコスモス!

そうなんや。ふーん。
久林は朦朧としてきた残りの意識を全集中させて、その情報を脳の1番奥にしっかりとメモした。
そして店員さんにお冷を頼んだ。

水 笑
大丈夫?吐きそう?

大丈夫。
と言って立ち上がった。
何も言わんといてな。もうここまで出てるから。

ゲロの時はそれやんないでしょ 笑 トイレ行きなよ。

ごめん行ってくる。
かなりギリギリのところで間に合った。胃の内容がけっこうチャンジャなので、1メンのクッパが吐く細い炎のようなオレンジ色のこゲロを吐いた。
まだ潰れるわけにはいかないと大きく一息ついて鏡を見る。ここからさらに勝負したいところだが、戻した分顔が少しげっそりとして情けないくらい赤い。目も潤んでいるので、もうカッコいいモードでいくのは不可能なようだ。居心地の良さをアピールして笑いつぶれてもらうしかないなと作戦を得意な方に都合よく切り替えてトイレを出た。
そしてめちゃくちゃ2枚目の顔をして席に戻った。

で、この後どうする?

顔と声をMAXまで濃ゆくして、まだ入店して1時間も経ってないのに誘ってみたら、さくらちゃんが飲んでた焼酎を吐くくらい爆笑してくれた。笑ってくれそうだからやったので、もう凹みはしないが、ちょっとウケすぎてはいる。よっぽど久林の2枚目が面白いらしい。

ちょ、、あかん、、、

飯食おう飯。な!
久林はとどめを刺したかったので、
ツボってくれているさくらちゃんを横目に、今すぐ提供してくれと祈りながら、もう一度デンモクでチャンジャを頼んだ。

なぁ、まあ飯は頼んだけどさ、、、。この後どうする?

やめて、、もう、、、

そして今度はうまいことに、本来のスピードメニューの速さを取り戻した追加のチャンジャを店員さんが持って現れた。

久林の一変化した、たった2杯ほどの酒でゲロを吐いたくせに、しかもトイレから帰ってきたてのタイミングで昔の2枚目の感じで口説いてくる奴、に尾を引いているさくらちゃんを、
ぉ待たせしましたチャンジャです!
が完全に殺してくれた。
久林は店員さんに目で拍手を送った。

これでいい。尚子さんにはきゃりぃと叱られそうだが、今日は店を変えて飲もうと誘ったり、終電を逃させたり、いっそ告白したりする必要はないと思った。久林にはこのやり方で合っているはずだ。

泣くまで笑ってくれたし、次のドライブの約束も取り付けた。その後もさくらちゃんの終電までずっとやかましい時間が続いた。満足した久林はラストオーダーでミッションコンプリートのご褒美に、ミックスジュースとは別にチュロスも追加で注文して自分を讃えた。

さくらちゃんを駅まで送って、九条へ向かって自転車を走らせた。
久林は今夜交わした会話の内容や、さくらちゃんの仕草や言葉遣いを思い返しながら、にやにやしながら出来る限りゆっくりとペダルを漕いでいた。
まだ家に帰りたくなかったので、バイト先のマクドナルドに寄ってホットカフェラテを頼んだ。
マネージャーの横島さんに、良いことあったやろ?なんかあった時お前いつも寄るもんなあ?
とバレてしまっているのが恥ずかしい。いつもの久林なら否定するところだが、この日は胸を張って
はい。ありました。
とだけ答えた。少し驚いている横島さんの顔を背にして、自転車を押して家まで帰った。

横島さんから追及のLINEが来ていたが、横島さんはネイヴィベイビーの横島の実の兄でしかもめちゃくちゃ口が軽いので、
次が勝負です。とだけ送っておいた。

久林はシャワーを浴びながら、そして布団に入ってからも、何度も何度も、乾杯からお疲れさまと手をふられた映像を頭に流し続けていた。

手応えは悪くなかったし、何より一緒にいて楽しい。いろんな新しい可愛いさも知れて、久林はさくらちゃんへの思いを強くした。
自分の心は決まったのであとはさくらちゃんの就職先がどこになるかだけだ。この気持ちを受け入れてもらえるか、それともフられるかはもうどちらでも良い。大阪か兵庫の会社なら、次のデートで告白しようと腹をくくった。

さくらちゃんにさらっとしたお礼のLINEを送り、返事を待たずにケータイを充電器に繋ぎ、トイレに立って、明日の自分のために本日2発目のこゲロを吐いた。

つづく。

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