続かないお話 キムチ⑨

おはよう。ごめんね、急にこんなところに呼び出して。

呼び出されて無いです 笑

さくらちゃん元気そやね。

めっちゃ元気です。
久林さんは今は元気じゃなさそうですね。

いやもう復活したよ。
ほら見てこの腕

ちからこぶ関係ないでしょ 笑
ガリガリだし

おい。

久しぶりですね?

一年ぶりやね。学校は順調?

はい。単位とかはまあ、なんとかはなりそう 笑

なんとかかよ 笑

へへ。
この連休明けたら就活です。

もうそんな時期なんや。最初会った時高校生やったのにな。

うん。早い。

なんか変なことになっているなと久林は心の中で苦笑いした。潰れて寝ている2人を除けばさくらちゃんと2人きりで、お酒を飲みながら同じ部屋で話している。昨年までならこれ以上ない最高のシチュエーションだが、今年は別にこの状況を望んでたわけでもないのだ。

しかもお酒が入っているので今晩の久林は調子が良い。肩の力が抜けているのも手伝ってか、さくらちゃんの綺麗な鳶色の瞳で見つめられても全く物おじすることなく堂々と喋れていて、冗談や少し臭い台詞すら難なく飛ばす事ができた。

めっちゃ大人なったね。毎年会うたびどんどん綺麗になるな。

そんなことないよ。でもいろいろあったから大人にはなったかも。

いろいろあったん?

うそうそ、特にない。でもいろいろ将来の事とか考えたり。そうだ、フィジーとかも行ったし。

えっ、
フィジー行ったん?

結局フィジーにしたの。

まじで。

うん。

どやったフィジー?

もうめっちゃ良かった。1ヶ月のショートステイだから短かかったけど

まじかよ。
可愛くなったけど確かに黒くもなってると思っててん

そこは変わってない 笑

どこ行ったん?ナンディ?ラウトカ?

ナンディ。

まじで!どこ?

ボツァレブ

一緒やん!

不思議な時間が加速していく。こんな事があるのだろうか。さくらちゃんがフィジーに。しかも久林が勧めたのを機にフィリピンから行き先を変更して。

海外に留学する日本人が毎年何人いて、その中で留学先が同じ国で、それがフィジーだなんてどれくらいの確率なんだろうか。四国くらいの大きさの島国とはいえ、住んでた街まで同じだなんて。
久林は自分がおっさんである事を忘れて、昔読んだリボンのヒロインのように運命に胸を踊らせた。
想定していた曲よりアップテンポのサザンオールスターズが脳内を流れた。

そこからはお互い写真を見せ合ったりしながら、ホームステイ先の家族の話や、学校の授業や、遊びに行った島のことなどを夢中になって話をした。

久世田で、竹田で、おそらく朝来市の中ですら2人だけしか共感することが出来ない景色。半径をあと何キロ拡げたら、同じ海岸や椰子の木を見た人に出会えるだろうか。
安保さんがトイレからすぐ帰ってきたことにも、そこから横になって寝ているのも途中まで2人とも全く気づかなかった。透明のテントに2人で入ってしゃべっているような感覚だった。

興奮し過ぎてしまい、安保さんのお母さんが2階から様子を見に降りてきてしまうくらいまで大きな声で話してしまった。そこから小声に切り替えたので、かなり距離が近くなった。何か2人で悪だくみをしているような楽しい空気が流れる。

このまま口説いたらどうなるだろうか。美女とこの距離で話をしているとちらちら下心もよぎってきた。拒否られて嫌われても別に良いような腹積もりではいる。さくらちゃんに対しては、合コンで会うようなどうでもいい相手に使う軽口を吐きたくはないが、少し熱を帯びてきた気持ちにも流されそうになる。

留学生たちの間でフィジーマジックと呼ばれている現地での恋愛の話になったので、久林はフィジーで好きになった人に婚約者がいた得意の小話をしてから、
さくらちゃんはなんかあったん?
と聞いてみた。

私はなかったなあ。

うそやん?
俺ん時にさくらちゃんおったら猛アタックしてたけどな

うそつけ 笑

いやほんまに

なにがよ
と肩をはたかれた時にその手を捕まえて、もう一度声にフラットを効かせて
ほんまに
と言って鳶色の湖の中を覗き込んでみたのだが、ただただ大爆笑されてしまった。
仕方なく久林も笑うことにした。よく考えてみたら2枚目の口説き方など向いてるわけがない。今思い出しても赤面するくらい気持ちの悪い光景だ。

ほんまに誰にも誘われたりせんかったん?

彼氏がいたから、2人で遊んだりするのは誘われても断ってた。

えら。ちょっともったいない気もするけど。

うん。実際結局遠距離で連絡全然しなかったらケンカばっかりになって帰国直前に別れちゃったから。

そうなんや。

別れたのはよかったけど、今考えたらちょっと悪いことしちゃったなぁとは思う。

待たされてる方からしたら不安やろな。

うん、私は遠距離は絶対無理だってわかったなー。

こんな素敵な女性にこの先出会えるのだろうか。下心が一笑に付された哀しさや情けなさは都合よくすぐ消えて、さくらちゃんへの尊敬の念だけがさらに強くなった。
久林がフィジーで出会った女性たちの多くは語学の勉強などどうでもよく、ただ非現実やロマンスを求めていた。中には浮気癖のある人もちらほらいて、夜の小さいレストランやバーには彼女らの運ぶ空気が蔓延しており、日本でなら彼氏一筋だったり、元々は遊びとは縁遠い淑女だったはずのジャパニーズガールたちが、同じ留学仲間や現地人を相手にハメを外しているのをよく見かけた。当時の久林はその光景が嫌いで見ていていつも悔しかったので、さくらちゃんのガードの固さが嬉しくとても誇らしく思えた。


つづく。

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