続かないお話 キムチ15

あー。カフェめっちゃよかったー。あー。

ほんまに気持ちよかったな。

うん、絶対またいきたい!

やってるの夏と秋だけやからまた来年こよ。

うん。

先ほど来た道を10分くらい引き返して、そこから山道に入り、みかん畑の中を15分ほど登ると、目的地の駐車場に到着した。
時計はまだ15時過ぎ。夕陽にはだいぶ早い。
さくらちゃんがシートベルトを外しながら、こちらの思惑通り、少しいぶかしげながら聞いてきた。
もう着いたの?

うん。見に行くで!

でも日が落ちるまであと1時間くらいあるよ。

久林はその反応に満足しながら看板を指さして歩き出す。
その前にまずはコスモス見にいこ。ほら。

え?うわ!何、鷲ヶ峰コスモスパークって。

夕陽よりもこっちが有名やねんて。一面コスモスがめっちゃ咲いてるらしい

ええー!私コスモスめっちゃ好きなの。

あ、そうなんや。

久林さんも好きなの?

いやコスモスはほとんど初めましてかな。保育園はコスモス組やったけど。
本人が先日しゃべったことを忘れていたのでそのままにしておいた。

え、めっちゃ楽しみ。もうちょっとにおってるし。
咲いてるかなー。

けっこう急な登り道にも関わらず、入り口に向かうにつれてさくらちゃんの歩く速度が上がっていく。
久林が4馬身差くらいつけられたころに、彼女の目の前にコスモス畑が広かったのだろう、
うわー

と言う声が前から聞こえた。
きれい。
の息が漏れたのを聞きとれたくらいにさくらちゃんの横顔に追いついてから、久林も目の前を見渡して息を飲んだ。
山の斜面に一面、薄いピンクの花の海が風に揺れていた。周りは緑に囲まれて、その奥には真っ青の空が広がっている。
花や植物なんて、食べられるものや、花見の時の桜くらいにしか興味のわかなかった久林ですら自然と声が出た。
すげーな。

気づくとさくらちゃんは遠くでしゃがんでいた。
一面のコスモス畑はもちろん、気に入った花を見つけては一輪一輪夢中になって見つめて写真を撮り、幸せそうに歩き回っていた。

久林にはそのコスモス同士の違いが全くわからなかったが、
ほらっ、
と言って写真を見せてくれるその楽しそうな声や、真剣にカメラを覗き込む目がかわいくて仕方なかった。

久林がコスモスとさくらちゃんを交互にぼーっと眺めていると
あっち行こ!
と言って久林の手首を掴んで1番見晴らしの良さそうなところへ引っ張って行ってくれた。

ねえ、2人で撮ろうよ。
と言ってインカメを向けてくれたので、
せーの、
と煽ったら、さくらちゃんはキムチという前にもう笑ってしまった。
つられて久林も爆笑したタイミングでシャッターを押したので、息を整えてから見返すと、めちゃくちゃ楽しそうな一枚が撮れていた。

キムチ全然いらないじゃん。

ほんまやな。自分がこんないい感じで笑ってる写真初めて見たわ。

後で今日の写真送るね。

うん。

そのあと売店でソフトクリームを買って、いくつかあるベンチのうちの一つに座って2人でそれを分けて食べた。のぼりには特農ミルクとかいてあったのだが、久林にはほとんど味がしなかった。

コーンの最後を食べ終わって、少ししたら会話が途切れた。
久林は隣に置いてあったさくらちゃんの左手を握った。
さくらちゃんは拒絶するわけでもなく、こちらを向くでもなく、特にそれに反応することなく、1番手前に咲いているコスモスを見ている。

元気?

え。うん。へへ。

さくらちゃん1番好きな花なんやっけ?
この状況に慣れて気持ちを落ち着かせようと、返ってくる答えのわかっている質問をいくつか投げた。

デイジーかな。あれ、そういえばこないだ言ったっけこの話。

うん。ひなぎくやろ。

そっか。そういえばコスモスも好きって言ったね。だからか。

せやで。さくらちゃんべろべろやったもんな。

違うよ。久林さんが死にそうだったんでしょ。

そやっけ?
会話の途中で冷たい風が吹いて、さくらちゃんがくしゃみをした。

寒い?

うん、ちょっと。

車戻る?

ううん、夕陽は見たい。

ほな羽織るもん持ってくるわ。待っといて。
久林は用意していた紳士モード用の薄めのダウンを取りにすぐに車に向かった。
告白の言葉も決めていなければ今言うべきなのかわからないまま手を握ってしまい、かといってその勢いで口にすることも出来なかったので、一度仕切り直したいと変に行動が早くなってしまった。

車の後部座席を開けてダウンを取って、頭の中に浮かんだ尚子さんの鋭い目つきを、ドアを閉める音で振り払った。
今好きな人がいるかを聞いて、その答えに関係なく付き合って欲しいと言おうと決めた。

入り口からさくらちゃんのいるベンチを見ると、電話をしていた。今戻ってもあれかなと思い、売店でホットコーヒーを買った。ちょうどお釣りとコーヒーを受け取るころに電話が終わって、さくらちゃんの隣に座りなおして上着を渡した。

ありがとうございます。

あとこれコーヒー飲まんでも持っとき。

ありがとうございます。あったかい。飲んでもいいですか?

うん。

あち。おいしい。

あのさ、さくらちゃん

夕陽そろそろですかね?

え、うんあと5分くらいちゃう。だいぶオレンジなってきたし

楽しみだ。

寒くない?いける?

はい。だいじょぶです。

そか。
さくらちゃんてさ

久林さんは大丈夫ですか?

ん?何が?

寒くないです?

うん。大丈夫。

あ、きた。

、、ほんまや。

うわー、綺麗。

、、、。
ただの思い過ごしではないと思う。日の入りで昼と夜が入れ替わるからだろうか、それともせっかく繋いだ手を離したからだろうか。弱気になって勘違いしているだけで、気持ちとは関係なく冷たい風が吹いてからただ自分の身体も冷えている事に気付いただけなのか。
理由はわからないが、久林はさっきまでとは明らかに変わってしまった空気をその頬に感じていた。
想像していたよりも速いスピードでどんどんと沈んでいく夕日を、ベンチに座って戸惑いながら見つめるしかできなかった。

つづく。

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