続かないお話 キムチ14

2015.10.30

久林は朝11時過ぎに実家のある阿倍野を出発した。
赤信号で停車した際に車内ミラーで自分の顔を確認する。髭の剃り具合や肌艶は悪くなかったが、眼元を見れば寝不足なのが丸わかりだ。

顔のコンディションとは逆に、心配だった森田さんの雨予報はハズれ、前方上空にはドライブ日和の青空が広がっていた。母親から借りた海のyeahが流すサザンオールスターズに背中を押してもらいながら、待ち合わせしたさくらちゃんの下宿が最寄りの布施駅へ向かった。

車は約束の12時より30分も早く布施に到着してしまった。すぐ前のコンビニの駐車場に車を停めて、飲み物を買ってとりあえず待機する。
今日はかっこよくエスコートしたいので、練り込んだスケジュールと往き道を再確認し終わったが、まだ15分前だ。

こんなに近くに住んでいたなら、もっと前に連絡先を聞いて遊びに誘ってれば良かったなと思う反面、もし今日が成功に終わればこの先の4ヶ月くらいはバラ色の日々が待っているはずだと胸が躍った。

久林が時間を忘れてにやにやしていると、そんな妄想の風船を割るように、コンッと窓を叩かれた。

何笑ってんですか?笑

とさくらちゃんは言って笑っている。声は小さくて聞こえないが口の動きで窓越しでもわかった。早速恥ずかしいところを見せてしまった。久林は慌ててしまい運転席に座ったまま助手席のドアを開いた。車から降りて向こう側まで周ろうと想定していたのに、ジェントルマンモードはOFFのままだった。

おはようございます。失礼しまーす。

前の車追うのはいいけどお客さん、厄介ごとはごめんだよ。

前壁でしょ。ふつうに和歌山のカフェまでお願いします。

はーい。じゃあいきましょうね。

変ですよ今日。

そんなことないよ。
さくらちゃんがかばんとお茶を持っていたのでそのままコンビニを出発した。

さくらちゃんはジーパンとスニーカーにカーディガンのシンプルな服装で、前髪を作って長い髪を巻いていた。特に化粧の感じも張り切った様子はなくいつもと変わらないので気持ちは掴みづらいが、とりあえず飾らないのにかわいい、久林が1番好きな格好の仕上がりだった。

隣にさくらちゃんを乗せてドライブできる喜びよりも、帰ってくる頃には伝えなくちゃいけない言葉への緊張が勝っていたのだろう、ハンドルを握る手は今朝から汗ばんでいる。

本人は今日の日のどこかで久林に告白されるなどと思っているのだろうか。いつもと変わらない声と笑顔が少しにくらしかった。

いつもよりさらに安全運転で高速の入り口まで走って、車内に流れるサザンのアルバムの話をしてから、さくらちゃんの好きな歌をウォークマンから飛ばして聴いているうちに、緊張も少しずつだが解けていった。

1時間くらい走ると関空のアウトレットと海が見えてきた。
楽しそうにしゃべる声や、鼻歌を口ずさんでいる横顔が可愛すぎて、気をゆるすと好きだという言葉が口からこぼれ出てしまいそうになる。さくらちゃんが外の香りをかごうと少し窓を降ろしたので、車内に少し冷たい秋の潮風が車内に入り込んで来て、久林の心を落ち着かせてくれた。

今日の予定はまずは海の見えるカフェにいくつもりなのだが、高速を降りてからの道があまりにも山の田舎道でかなり不安になった。みかん畑の匂いをかぎながら一本道をだらだらと走っていたら、一応地図上では目的のお店に到着した。駐車場と言うのか何なのかわからないスペースにアクアを停めて、プレハブの建物を見上げる。

とりあえず山が見えるカフェやな 笑

そもそもカフェなのここ?笑

かなりの期待薄をひっさげて、プレハブ小屋の隣についてる角度がほぼはしごと同じ錆びた青い鉄の階段を登って、驚いた。

うわ。

きれい。

はしごの先の二階に上がった途端、一面の海が飛び込んで来た。道路側とのギャップがあまりにもすごいので思わず息を呑んだ。
砂浜と海、ビーチというほどのものではないが下に降りれるようにもなっており、家族が1組だけ遊んでいた。和歌山出身の親友に聞いた穴場スポットだったのだが、まさかこんなに当たりの場所だとは思っていなかったので、帰ってから感謝の電話を入れたのを覚えている。

はしごのすぐ横がカフェ入り口になっていて、外からではわからないような広いスペースがあった。中は広いのに席は10人分くらいしかなく、誰もいないその部屋に木のテーブルとソファがゆったりとくつろいでいた。床には日に焼けた絨毯が敷かれていて、歩くとその下の木が軋む音が聞こえる。真っ白の店内は窓がたくさんありそれが全て開け放たれていて風が通るのだが、今日は日差しも強く少し暖かいからか、扇風機も回っていた。

久林さん。ここ。

うん。絶対一緒のこと考えてるよな?

やっぱり?めっちゃフィジーみたい。

うん。

2人の会話が落ち着いたのを見計らって、おそらくこのお店を1人でやっているであろうアジアンテイストの女性が、
いらっしゃいませ。
と声をかけてくれた。

それぞれパスタと食後のアイスラテを頼んで、他にお客さんがいなかったので、1番海が広く見えるソファの席に座った。

めっちゃいいとこやな。

さいこうです。ほんとに気持ちいい。最近試験と就活ばっかでずっと頭かちかちだったからもうたまらん!

就活どやったん?

んとね、大阪ダメだった。笑

そっか。
見る目ないなそこのやつ。

でしょ。受かってたらすぐ連絡したかったんだけどね。でも東京は受かって、今ね兵庫の結果待ち。

そうなんや。
とりあえずおめでとうやな。とお疲れさま。

ありがとうございます。

受かってたらええな。

うん。大丈夫な気がする。
てかほんとに気持ちいいねー。めっちゃ写真撮っちゃお。

さくらちゃんが夢中になって店内や海の写真を撮っていたので、久林はその様子を写真におさめた。
ゆっくりと流れる時間の中でご飯もラテも美味しくいただいた後に、海に降りてみた。
砂浜に降りる最後の段差が大きかったので、そこで靴下を脱いで先に久林が下に軽く飛び降りて、さくらちゃんの手をとって着地させた。
車に乗るときとは違ってスムーズに動けたので、少し歩いて冷た過ぎた海に足をつけて驚くまで、自然に手を繋いだままでいられた。

タオル持ってきやー、とアドバイスをくれた親友に感謝して、足の砂を払って蛇口で洗いバスタオルで拭いて靴を履き直した。
階段を登ったカフェの入り口で、

そうだ写真撮りましょ!
とさくらちゃんがインカメを向けてくれた。

久林はすました顔で
いいよ。と言いながら、
あれなんやっけ?撮るときに言うやつ?
久林はさくらちゃんのい、う、い、と説明する時の顔が見たくて忘れたふりをして聞いた。

え?あ、キムチですよ。

せやせや。キムチ。

最近全然やってないけど。よく覚えてましたね!

キウイやとあかんのよな?どうやんねやっけ?

キ、ム、チ、です。

んふふふ。

何笑ってんのよ。
撮りますよ、せーの、キ、ム、だめだ!

あかん!
インカメでお互いにキ、ム、チ、とゆっくりやる顔の動きが見えたのがおもしろくて、シャッターを押す前に爆笑してしまった。

、、ちょっともう

、、、一回落ち着こ。

ふぅー、いきますよ、せーの、
キぶははは

もうキ、の時点でつぼってしまう。
何回か繰り返したがどっちかが笑ってしまってダメだった。

、、、無理だ。

、、、あかん腹痛い。

、、諦めよう。

、、せやな。

笑いを堪えてヒーヒー言いながら2人で階段梯子を降りた。
写真が撮れなかったのは残念だったが、一緒に写ろうとしてくれたのが嬉しかったし、近づいて香ったさくらちゃんの髪の匂いが久林の気持ちをぐっと固めた。この後言おう。もし兵庫の施設に就職が決まったら俺と、と。

次はどこ行くんですか?

次はあそこに見えてる山です。鷲ヶ峰って言って景色がきれいで夕陽がいい感じらしい。就活の疲れ吹き飛ばしにいくで。

おお。

さあどうぞ。
と言って久林は今度はちゃんと助手席のドアを開けてさくらちゃんを車へ乗せて反対側へ周る。
運転席に乗り込み、いつもより勢いをつけてドアをバンッと閉めた。



つづく。

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