見出し画像

若者は「教えてあげようおじさん」に注意しよう

おじさんになるとついつい若者にアドバイスをしたくなる。老婆心から「それは違うよ」「これはこうした方がいい」みたいなことを教えようとする。私もそれをやりがち。

その「教えてあげる」こと自体は悪くない。その人が良かれと思って言っている。ただ注意しないといけないことも色々ある。

たくさんのおじさんが世の中にいて、そのたくさんのおじさんが色んなことを教えてくれる。それを「鵜呑みにする」とちょと危険。

例えば近所のおじさんが2人いて、言っていることが信用できる人と眉唾な人がいる。そのおじさんを見たり、自然と入ってくるおじさんの噂話を参考にして信用できるかできないかを無意識で判断している。

でも、ネットの世界はそうもいかない。調べれば分かるかもしれないが、Twitterなどでおじさんのツイートが盛り上がっているとそれを正しいと思いがち。でも、よくよく調べると間違っていることや炎上狙いのフェイクなんてこともある。

あと、自分自身が「教えてあげようおじさん」になっていることに気づいていないおじさんも要注意。承認欲求が強い人ほどそうなりがち。

教えてあげることが目的ではなく、自分が評価されたり発言している自分に酔っているだけの人。

先生、先生みたいに言われれば嬉しくなるのは人の心理。そうなると「こうあるべき」「私はこう思う」と一方通行なものになりやすい。著名人など既に世間に認められている人はいいとして、そうでない人は危険。そんな人を経験の浅い若者が崇めてしまうとさらに危険。

おじさんが「教えてあげる側の人」という考えは旧世代の考えのように私は思う。おじさんたちが生きてきた世界と、今から若者が生きていこうとする世界はかけ離れていくだろう。加速度的に世界が変わっているなかで、参考になることはあっても旧世代の教えだけでは生きていけない。

逆に「おじさんは若者から教えてもらう」ことをする必要があるのではないか。世代間のギャップや考えを混ぜ合わせて、柔軟に生きていく方がこれからの時代に合っているように思う。

先日、糸井重里さんと芦田愛菜さんの対談をTVで見た。芦田さんの質問に糸井さんは答え、芦田さんに質問を投げ返す。最初、芦田さんは答えに自信がないから少し緊張して話していたが、糸井さんがそれに共感して自分の考えも話す。それを聞いた芦田さんは目をキラキラさせながら自分の意見や思いを語り出した。

もしこの一連のやり取りで、糸井さんが諭すようなことを言っていたら芦田さんはキラキラした目にはならなかっただろう。共感し、認めることで本音を引き出しキラキラできたのだと思う。

おじさんが若者に物事を教えるこはいいことだ。若者もそれを聞くと成長が早くなる。ただし、お互いに注意する必要もある。

おじさんは一方的ではなく、若者に共感し本音を引き出すコミュニケーション力があった方がいい。若者はおじさんの言ってることを鵜呑みにせず自分で調べたり考えたりする方がいい。

と、ここまで書いてきて自分自身が今「教えてあげようおじさん」になってないか不安になってきた。

このコラムに自戒念を込めて。

#おじさん #若者 #コミュニケーション #時代 #教える #学ぶ   #教えてあげようおじさん

シェアよろしくお願いします!