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花ざかりの校庭 第19回

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総合病院の待合室で高志はパニックになっていた。

浅子をタクシーに乗せて受付に辿り着いたのが3時。

午後の診察の受付開始直後である。

途中、看護師が治療室から出てきて、彼に聞いた。

「……あの方のおうちのかたですか?」

高志は戸惑った。

看護師が少しいぶかしげに彼を見ている。

「友人……です」

「ご家族のかたは……?」

看護師はそこまで言って、すべてを察したようだ。

「ご友人てすね」

高志は返事に戸惑った。

友人であるには、浅子との関係は深い。

看護師はそのまんま診察室に消えた。

彼の脳裏に、ふと麻里のことがよみがえった。

しかし、このまま浅子と別れることはまた、考えも及ばなかったのだ。

彼は立ち上がり、病院の外を眺めていた。

外はやけに薄暗く、雲が垂れ込めていた。

病院の重苦しい雰囲気が……彼の胸を締め付ける。

体だけ繋がって、心は別物?

そんな都合のいい具合にはいかない。

多分、浅子はそれができると思っていたのだろう。

男の高志ですらそれにかなりの抵抗を感じていた。

アタマで考えるほどに、心は都合良くできてはいない。

こういう時に限って、ちょっとしたことが気にかかる。

彼女の部屋の洗面台においてあった二人のコップ。歯ブラシ。

洗濯機の横にあるかごの中の彼の下着。

彼はため息をついた。

やがて、診察室のドアが開く。

さっきの看護師だ。

「……体調不良ですね」

と、言って彼に入るように言った。

中には入ると、浅子は簡易式のベッドの上で点滴を打ってもらっていた。

腕で顔を覆っている。

「……ゴメン、こんなことになっちゃって……大したことなかったみたい。貧血だって」

彼女はボンヤリとしていた。

「よかった」

高志は言う。

浅子は首をふった。
枕元に携帯があった。

「実家から兄が来るみたいで……」
メール?

なにやら込み入った話になりそうなんだ。

浅子は呟く。

「どうすればいい?」

帰るとはさすがに言えないのだ。

彼女が自分の前で倒れた以上、それは身勝手である。

支払いが終わると、彼女は立ち上がった。

そして病院の裏手にある庭に面したところに腰をかけた。

「……ダメね、私。悪人にもなれやしないい」

そう言うと、浅子は舌打ちしていた。

……嫌だな。

「……俺のこと?」

ちがう、貴方があの子のことを好きなんだってこと。原因は貴方やあの子ではなく、私は遊びといっておいてさ、恋してしまったということなんだ。
辛いよ。これは。横恋慕だね。ねえ?あの子のこと……好きなんでしょう?

浅子は高志を見た。

忌々しげに。

……よく似てるんだ。
え?
貴女と。

浅子は彼をじっと見てから、

「……あの子?」
「うん」
「高志くん、あんた将来、すごい女ったらしになると思うわ」

そういって、髪を整え始める。

「貴方と遊ぶんじゃなかった。その子、抹殺してやりたい。それくらい嫉妬するわけよ、私って」

当て付けで遊んでるなんて言うんじゃなかった。浅子は心のなかで思う。
「貴方のこと、騙しぬいてやればよかった」

ふいに、浅子の手が止まる。

彼女は悔しげに手櫛を…豊かな髪のなかに入れる。そして、髪を後ろにかきあげる。

頬にまとまりきらなかった髪がはりついている。浅子の口元にその先がまとわりついている。

「ホント、あの写真、バレたのがミスだったわ」

彼女はひとりごちていた。

高志は少し笑う。

「ああ、あれ?」

浅子は苦い顔をしている。

彼はテラスで微睡む患者たちに目をやっていた。


浅子は唇をかんだ。

自分らしくない……。ヤバいくらいに目の前の少年との恋に嵌まっている。

何あの子を憎んでいるのか?

それとも…高志と別れようとしているのか?

また、自棄を起こすか?


ふと、芝生のくすんだ青に目を落とす。

河合竜二のことを思い出す。

福岡でサッカーをしている彼女の元彼である。

竜二のことも忘れきれない。

そのくせ、高志にちょっかいを出している。心の整理がうまくいかない。

嫌な思いは消えることがなかった。

高志との行為そのものが、不潔なものに思えた。

「ねえ?」

と、浅子。

彼女は目を閉じた。

「何?」

「帰って、今日はここまで……ということで」

惨めさとか、いたたまれなさを精一杯こらえていたのだ。

早くきえてほしい。

彼に。

「わかった」と高志。

……ゴメンね。今はとても割りきれないんだけど、あなたのことは好きよ。でも、心のなかは海流みたいにあっちこっちにぶつかってるのよ。
「……賢くふるまおうと思っている、ボクはね」
高志は言葉を選びながら返答した。
彼女は頷いた。「そうね。ありがとう」

高志は頷く。
私、自棄を起こすのが今、とても恐いの。
起こしかねないから。感情って、本来、自分が自分にかける罠みたいなもんだから。
さっき、点滴をしてもらってたときに気づいたんだ。これは、発見かもしれない。
とにかく今はひとりになりたい。
いや、なった方がいい。
悪いけど。
まともな気分になれそうにないから。

高志はベンチから立ち上がった。

高志はやがて、病院の警備のボックスを通りすぎると、街のなかに混じり込んだ。

既に夏は終わりの気配を見せていた。

彼は空を見上げた。

やはり、浅子は麻里に似ている。

意地をはりだすと、なかなか引かない。

腹にため込む。

背格好さえはるかに大人だったが、彼女と麻里は同じだった。

浅子はおそらくその事に薄々気づいているのだろう。




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