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花ざかりの校庭 第26回『真夏の夜の夢』note 版

「福山くんと何故親しいの?」
麻里はふと、高志と一緒に朝食をとっている時に思った。


まるで肉親のような感覚。


「……司郎?」
「智恵も言ってた」
高志は頷いていた。
「……何かが一緒なんだ」
彼は呟いていた。


麻里は昨夜の余韻もあり、時々、悲しくなったり、反対に高志を誰にもとられたくないという恐れに駆られたり……。


智恵の淡々とした姿がおもいだされてならなかった。


高志は外に目をやった。
「何か?」
麻里は反芻する。


そう言えばそうだった。
麻里は福山の姿を思い出そうとした。
ところが、彼の姿は今一つ綺麗に形になって脳裏に浮かばない。


「あいつは俺のことを何故か理解してる」
麻里は小さな庭を眺めながら「ホント?」と、わざと笑っていた。


福山に嫉妬しているのだろうか?
麻里は彼の前で気ままに振る舞う。


一つには、彼を甘く見ているのかも知れない。


福山司郎は智恵とのことからもわかるように、愛情に関して粘り強く、包容力があった。


逆に麻里はそういったタイプの男に物足りなさも感じるのだ。


ふと、浅子のことを思い出す。
麻里は浅子に、敵意を抱いていた。


かつて、憧れた彼女に……。


しんとした家で二人は来年のことを話していた。


「この時期に進路、変更するっていうのはもう、適当な学校に行くしかないしさ」
高志は言う。


祖父の容態が徐々に悪くなっていく。
「仮に……俺が一人になったら……」
麻里はふと、彼の心のなかに自分を感じた。
そして、浅子と彼の関係のことも……理解できたような気がする。


高志の息を感じた。
それはどこかで震えており、現実の世界から逃避したがっていた。


麻里は彼の腕に頬を寄せた。
そして目を閉じる。
何かがその奥で振動していた。


鼓動のそのもっと奥のところで。
孤独、悲鳴、哀しみ……。


私は彼を愛せるのだろうか?


時折、彼の抱える闇に恐怖を感じる。
ふと気づいた。


福山の後ろ姿に彼女が感じるのは……この闇か?
だが、私たちには時間がある。


この闇を退治するための努力も怠らない。


麻里はまた、浅子のことを思い出した。
唇、鼻筋、それから不屈な瞳。


「……あの人は遊びで?」


麻里は自分がゆっくりと高志の体の中に沈みこんでいくのを感じていた。


「……いや、それでなくても浅子……」
「イヤ……」
麻里は高志にキスしていた。


唇をふさいだ。


「……あの人のこと言わないで」
高志はやがて頷く。


彼は体を麻里に預けた。
彼の体は麻里にはまだ、重かった。


麻里は高志が圧倒的な男であることをハッキリ悟った。
ぎこちない彼女の体の動きを察して、高志の手が麻里の胸元に入っていく。

やがて、彼は旺盛な欲望を麻里の胸のなかでちらつかせる。


彼の指先が彼女の敏感になった胸にふれる。
異性の前でどうしていいかわからず、ピクリとかたまる。


高志は麻里のあごに手をやりキスをする。吐息が漏れる。

彼を求めていいのか?嫌われはしまいか?
麻里はまた、恐くなる。


その行為が始まろうとする中で、彼は麻里をじらす。


……浅子さんの男……。


ぼんやりとした頭のなかで、チリチリとした感覚がもう少し向こうにある。

何度かの感触で彼の体がゆっくりと彼女に馴染んでいくのがわかった。彼女の胸のあたりが赤く染まっている。


「今は話すのやめて……」


麻里はそこまで言うと声をあげた。


彼をすべて自分のものにしたかった。
その欲求は昂る。

そして昂れば昂るほど、体が巧く動かなかった。相手にはとっくにお見通しなのはわかっていた。

彼はゆっくりと麻里の中に入ってくる。
ふいに、小さい頃のことが脳裏に浮かびはじめる。


フェリーで行った家族の旅行、地震のあった日の夕暮れのこと、アレックスサンジェ……。夏の昼下がり、鈴の音……そして彼のこと……。
高志はそのことに気づいていた。
彼は麻里の涙をぬぐった。


彼女は頷くと……彼を中に入れる。
恐いほうが先にたっていた。

しかし……、ふと浅子のことがアタマによぎる。
同時に彼女は精一杯、彼を受け入れていた。


麻里はただ、彼に抱かれているだけで『新しい恋人』になっているのだ。

手を合わせる瞬間、体を密着させる呼吸……、その一つ一つが整い始めた時、溶け合うような感覚が広がっていく。

彼はゆっくりと彼女の上で体を動かしている。
やがて、息が小刻みに荒くなる。


麻里はその時、かつて浅子が道端で拾った男を横取りすることに成功した。
浅子が見たら笑うだろうか?
いや、違う。
これは裏口入学。
すべては浅子のお膳立てでできたことだ。


浅子は……甘いと、麻里を叱責した。


麻里はいつのまにか、また彼と繋がっていた。


麻里はしばらく高志のうでなかでまどろんだ。


そして昼の空に薄く影を投じている月を見た。
いろんなことでアタマは一杯だった。


ただ、後悔はなかった。


ふいに、麻里が下着を脱ぎ散らしたテーブルにレシートを見つけた。


「……これ、いらなかった」
麻里は言った。


たしかに、彼女は麻里によく似てるのだ。
「ああいう、隣人ってありかな?」
彼女は言った。


「彼女のことは言わないほうが……」


高志はレシートの裏側を眺めながら呟いた。
麻里は頷く。


「そう……言わないで」
高志はその紙を服のポケットに入れた。


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