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花ざかりの校庭 雨上がりの夜空で

花ざかりの校庭 抜粋

麻里は赤くなって頷いていた。
二人は公園のベンチに腰かける。
「浅子さん綺麗だもんね」
彼女はポツリという。
「別に」
「じゃ、綺麗じゃないの?」
麻里は彼女の姿を思い出していた。
「うん、綺麗じゃない」
「ばればれの嘘。私が見ても憧れちゃうし」
「泊まっていけよ」
高志は言った。
常夜灯の光りがせつないくらい夜に滲んでいた。
麻里は高志の肩に頬を寄せる。
彼の腕が彼女の肩を包み込む。
「今夜、そのために来たんだろ」
暗闇のなか、微かに麻里は頷いていた。
麻里は目を閉じて高志の温もりを感じていた。

       ★

同時に二人愛せるなんて理解できない。
麻里は古びたキッチンに立って考える。
麻里は高志の夜食をつくっていた。
「俺、やるから」
彼は言う。
「いい、私がやるっ!」
少し邪険に言う。
「いや、俺がやる」
「しつこいっ!」
高志は一旦、麻里から逃げ出した。
「そんなに恐がらなくてもいいのに……」
「あれ、痛かったんだぞ」
「わかってるわよ」
「女にわかるわけねーだろ」
「何よ、その下品な言葉遣いは。せっかくパスタ作ってやってんのに……」
「パスタって、それ使うかな?」
生麺が鍋のなかでゆれていた。
「あっ、そうだった……かしら?」
麻里はとぼける。
「きみはパスタ、食ったことがあるのか?」
「うん、しょっちゅう……」
ふいに、義理の母のことを思い出した。
彼女は一瞬、黙り込んだ。
何かしら懐かしい思いがよみがえる。
「……ほんとよね」
麻里は箸を高志に渡した。
「ごめん、作って」
高志は鍋を覗きこんで、
「ああ、これからだとラーメンくらいしかできないけど」
「袋麺?」
「いや、これにガラスープと醤油……」
彼は麻里に冷蔵庫からいくつか出して欲しいものを説明した。
「へえ、さすがだね」
「独り暮らし長いし」
「しおんと同じ」
「倉木か?」
「うん」
「仲いいの?」
「まあね」
麻里は笑う。
「まさか、彼女は今日のこと知ってる?」
「……ううん、誰にも言ってない」
「だよな、言ってたらヤバイよな」
高志はおかしそうに笑った。

「……もし倉木が知ってたらどうする?」
「えっ?」
二人はテーブルで向かい合ってラーメンを食っていた。
「泣きながら一人できみが自室に帰る……」
「どういうこと?」
「俺がきみを誘わなかったらの話だな。それこそ惨めだぞ……」
麻里は少し泣きそうになる。
「言い過ぎた、悪かった……」
「好きな女の子いじめるのって、あなた小学生みたい」
「悪い、それよりラーメン、うまい?」
「うん」
二人はテーブルのその後、テレビをみた。
といっても、内容はさっぱりわからない。
高志の手が彼女の腰に触れた。
麻里は彼にくっついていく。
お互いの距離が密着したところで、麻里はアタマのなかが妄想で溢れそうになった。
高志が音楽の話をしていた。
途中、麻里は何度もお手洗いに行き髪をととのえる。
高志も察しているみたいだった。
そして夜は深くなっていく。

高志がシャワーから出てくる。
麻里は彼の家の居間でコーヒーを飲みながら、視覚でとらえていた。
「蹴らなきゃよかった」
「いいさ、痛かったが」
だが、彼女は行為が恐かった。
もし、その最中に彼が冷めるとどうしよう?
それこそ死刑宣告に等しい。
彼女は彼の袖をふいに掴む。
彼は察しているのだ。
「仲直りのキスな」
麻里は素直に頷く。
彼の顔が迫ってくる。
キスの音がする。
さっきまで飲んでいたコーヒーの味がした。
麻里の二度めのキスは、少し苦い。

裏口入学みたいだ。
すべては浅子のお膳立てでできたこと。
浅子は……奪えと、麻里を叱責した。
麻里はしばらく高志の腕の中で目を閉じる。
いろんなことでアタマは一杯だった。
ただ、後悔はなかった。
ふいにテーブルの下にレシートを見つけた。
浅子が渡したそれだ。

「あんなことするなよ」
「はい」
「それからヤケも起こさないように」
「わかってます」
「それから、最後にもう1つ」
「……?」
「愛してるぜ……」
彼は言い聞かせるように繰り返す。
麻里は頷く。
願わくば……、
この世界からあなたが私をおいて消えませんように。
誓いでもなく、願いでもなく。
あなたを愛することで、私は生きて行ける。


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