『真実の航跡』発売記念スペシャル対談 「未来の日本を担っていく世代にこそ読んでほしい」 歴史小説家が敢えて挑んだ戦犯裁判の物語(3)

[文] コルク

(1)はこちらから

(2)はこちらから

長篇小説を読んでいて楽しいのは、

登場人物が変化していくところ

【伊東】
 今まで本作を描く難しさについて語ってきましたが、作家としては、この作品は様々な登場人物の立場になり、「あなたならどうする?」って言う読み方をしてほしいなって思うんですよ。

 そういった観点からすると、樋口さんが興味を覚えたのは誰ですか?

【樋口】
 僕は乾ですね。

 やっぱり僕はそれなりの知識があるので「この人、本当は名艦長でしたから」っていう読み方をしていて。組織からちょっと外れてしまっている、いわゆる技術オタクだけど、千人以上の命を預かってそれを率いて戦っていたので、そういう意味では無責任な人間でないことがわかる。

 なのに裁判の時には、卑怯未練な行いをしてしまう。複雑なキャラクターですよね。

【伊東】
 本来なら乾という人間は、日本軍の人的消耗が激しくなければ前線に出てこなかったと思います。それが、前線に出ざるを得なかったところに悲劇がある。

 乾は裁判の最中でも自分の正当性だけを主張し、生に執着しています。しかし彼は、かつてレイテ沖海戦などで死をも恐れぬ勇猛果敢ぶりも発揮しています。その矛盾が人として面白い。

 おそらく乾というか実在の人物は、自分の知識や能力が戦後日本の再建に役立つと信じていたんでしょうね。

【樋口】
 確かに。史実としては。砲術科の知識を生かし、捕鯨のキャッチャーボートに付けるモリとモリを打ち出す大砲を開発して、戦後の日本に大きな貢献をしています。

【伊東】
 また、逆に五十嵐は自分のやるべきことは終わったと、自ら納得している人間です。乾に対しても「乾君だったら、これからも活躍できるだろう」って達観してるんですね。男として、五十嵐の考え方は実に見事です。

【樋口】
 そうした人間性や葛藤を深読みすることで、本作をより深く味わえますね。

【伊東】
 小説というのはステレオタイプの人間を作って、読者の最初の印象で「この人はこうだ」と固定させた方が楽なんです。いわゆる「分かりやすいキャラクター」ですね。

 しかし現実の社会では、矛盾した考えを持つ複雑な人間の方が多いと思います。不良少年が猫を可愛がる姿を見て、「本当はいい子なんだ」と多くの人は思いますが、そんな少年が強盗に入って平気で人を殺す。それが人間というものです。

 そうした複雑な人間を描くことも、小説の大事な使命です。

【樋口】
 長篇小説を読んでいて楽しいところは、登場人物が変化していくところですよね。

【伊東】
 樋口さんの見事な振りで、鮫島のことを語るパートに入っていけました(笑)。

 その通りで、本作は若き弁護士・鮫島のビルドゥングスロマン(成長物語)でもあります。

【樋口】
 鮫島はこの裁判の過程で、自分が失ったものを見つけていくというのがいいですね。

【伊東】
 そうですね。彼は自分が喪失した父性への憧れを、五十嵐を助けることで取り戻そうとするわけです。

 そして自分の父親とは似ても似つかない立派な軍人である五十嵐と接することで、自分の父親に対しても寛容な気持ちを持つようになっていく。

 それは戦前日本の価値観すべてを否定するのではなく、美しいものは受け継いでいかねばならないという思いにつながっていくわけです。

【樋口】
 脇を固めるバレットやナデラも、裁判を通して変わっていくっていうのがいい。

【伊東】
 バレットは英国の贖罪意識を代表させています。またナデラは戦後の国際社会の代表です。個々のキャラクターが、それぞれの価値観をぶつけ合う場が、この事件の法廷でもあるわけです。

 さらにキャラクターの話を続けると、鮫島と河合という二人の弁護士に託したキャラクターには、現代の価値観とのブリッジの役割があります。過去の価値観を引きずりながらも、民主主義国家となった戦後日本の価値観を作り出していこうという若者として描いたんです。

【樋口】
 僕が面白いなと思ったのは、鮫島はある種の戦後直後の戦中派の典型だなという点。

 戦争嫌い、軍隊大嫌い。で、だから民主主義っていうのが必要なんだっていうことを推し進めてきた人たちの典型のように感じます。まさにブリッジですよね。

【伊東】
 河合の方はさらに一歩、現代人に近づいていて、合理的で論理的。だからちょっと前の人である鮫島と衝突する。

【樋口】
 河合の現実主義と鮫島の理想主義の二つで、戦後日本は回ってきました。

 情に囚われない現実主義と明るい未来を夢みてしまう理想主義。そのどちらも戦時中の日本にはなかったと思います。

 その二つがあるからこそ、法の正義なんてことを平気で言える。合理的な組織を作って黙々と仕事をし、なおかつ絶対に来るはずのない明るい未来を、いまだ夢みているというのが、今の60代くらいの実像じゃないかなって思います。

【伊東】
 またナデラについては、国際社会の代弁者として出しました。

 国際社会の価値観が定かでない時代なので、あくまでインド人という客観的な立場から国際社会を見つめている。そういった観点を出したかったのでナデラが必要だったんです。

 パール判事に近い存在ですね。

 それぞれの登場人物が個人ではなく、それぞれの戦後直後の国際関係を背景にキャラクター作りをしているというのが本書の特徴ですね。

耳の痛くなる話に改めて向き合ってみることで、新たに一歩進む力になっていってほしい
【伊東】
 そろそろまとめに入っていきたいと思います。

 今までこの作品のテーマの難しさやキャラクター作りの背景を語ってきたわけですが、僕がメッセージとして伝えたいのは、情報が溢れている現代では、ほしい情報だけを取っていれば何不自由なく生活できる。しかしそれは、逆に情報の限定化を招いてしまいます。

 そうした現代だからこそ、こうした苦い話も日本人が歩んできた歴史として、後世に残していかなければいけないと思うんです。

 読者の皆さんは、もっと戦国時代の勇壮な武将の話や、同じ時代の作品でも、軍艦が派手に戦う話を読みたがると思いますが、それだけでは歴史を見る目を養えない。たとえ見たくないものであっても、日本人の歩んできた道を見つめ直すことで、しっかりした歴史観が養えると思います。

【樋口】
 嫌なことでも目をつぶらずに見ていこう、ということですね。

 実は『戦闘戦史』のテーマも、それなんですよ。

 一言で言うと、科学で負けた、物量で負けたっていうのではなく、軍人として、プロとしてきちんと考えることをしなかったから負けたんじゃないかっていう問題提起の書なんです。

 軍人として持っていなければならない能力の一つに、作戦や戦闘指揮におけるクリエイティビリティと職業倫理があります。それが重視されなくなった結果のひとつとして、ビハール号事件のような悲劇が起こってしまったんでしょうね。

【伊東】
 なるほどね。それもこれも日本人の通ってきた航跡なんですね。

 今日はありがとうございました。

 ***

『真実の航跡』
著者 伊東 潤 [著]
出版社 集英社
ISBN 9784087711806
発売日 2019/03/05
価格 1,944円(税込)

ご購入はこちらから!


『戦闘戦史 最前線の戦術と指揮官の決断』

著者 樋口隆晴 [著]
出版社 作品社
ISBN 9784861826931
発売日 2018/06/21
価格 3,024円(税込)

ご購入はこちらから!

<プロフィール>
伊東潤
1960年神奈川県生まれ。早稲田大学卒。外資系企業に勤務後、作家に。著書に『黒南風の海 加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』(本屋が選ぶ時代小説大賞)『国を蹴った男』(吉川英治文学新人賞)『義烈千秋 天狗党西へ』(歴史時代作家クラブ賞作品賞)『巨鯨の海』(山田風太郎賞)『峠越え』(中山義秀文学賞)『天下人の茶』『男たちの船出』等多数。

樋口隆晴
1966年生まれ。陸戦専門雑誌「PANZER」編集部員を経て、フリーの編集兼ライター。主に『歴史群像』(学研パブリッシング)をフィールドに活躍。戦国の城や、近・現代戦といったテーマの“現場”に赴き、実証的に描き出すその記事、論考には定評がある。2004年度より三年間、江東区区民歴史講座の講師を務める。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

逆境上等!
2

伊東潤