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「この歴史小説を読め!」【歴史奉行通信】第十四号

こんばんは。
伊東潤メールマガジン「第十四回 歴史奉行通信」をお届けいたします。

〓〓今週のTopic〓〓

1.「この歴史小説を読め!」
2.伊東潤Q&Aコーナー
3.お知らせ奉行通信
<新刊情報 / 読書会(完売御礼) / メルマガバックナンバーお知らせ>

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1. 「この歴史小説を読め!」
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「空気を読む」という言葉がありますが、
自分では読めているつもりでも、全く読めていない人がいます。

週刊誌などでも、
各界の有名人に好きな小説を何冊か挙げてもらうコーナーがありますが、
たいていは子供の頃に読んで感銘を受けた本や、
自分のステイタスを高めたいのか、
一般の人が読んでも面白くないようなアカデミックな本を選択する方が多いようです。
中でも哲学書や思想書を挙げる方は、その人格を疑うほどです。

こうしたものを見るたびに、
「ああ、またやっているよ」なんて思うのですが、
こうしたコーナーの取材があった場合、私は空気が読めているので(笑)、
面白くて入手しやすい本をピックしています。

さて今回は、
「好きな歴史小説は何ですか」
という取材を受けた時のものを転載したいと思います。
これは2010年に、「歴史REAL」に掲載されたものです。

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「この歴史小説を読め!」

歴史小説の魅力とは何だろう。

私はずっとそのことを考えている。
歴史を知りたいだけならば、研究書や歴史ノンフィクションを読めばいい。
最近では、マニアックな題材がどんどん新書化されており、
その入手の容易さは、ひと昔前とは隔世の感がある。

それでも歴史小説の需要は尽きない。なぜなのだろうか。
おそらく、史実だけを追った研究書にはない、
過去に生きた人々の鮮烈な生き様や死に様が、
歴史小説の中に刻印されているからであろう。

史実とは、あたかも海上に一部をのぞかせている氷山のようなもので、
海中には、その何倍もの大きさの膨大な真実が眠っている。
すなわち、史実として残っていない海中に没している真実を、
作家の創造力を駆使した合理的な解釈により海上に引き上げ、
それを「説」として提示することが、
歴史小説に求められていることなのだろう。

そうした独自性ある歴史解釈に、
現代社会と共鳴するテーマ性、優れた構成、共感できる人物像などを加味し、
さらに読者の胸打つ文章表現力を駆使して書き上げたものが、
傑作と呼ばれる歴史小説である。

史実(定説)を単調に追ったもの、
伝記や人物伝のようなもの、
恋愛や家族愛に逃げたもの、
こうした魂の籠っていないものを歴史小説とは呼びたくない。
このような観点から諸作品を吟味していくと、良作は極めて少なくなる。

そうした中、今回は戦国時代初期、中期、末期それぞれに題材を取った傑作を三作、紹介したい。

戦国時代の幕開けをどこに置くかは、諸説あって定かではない。
しかし、その幕開けを担った一人が北条早雲であることは、
誰しも認めるところであろう。

その早雲を巨匠・司馬遼太郎が描くと、
これほど魅力的になるのかと感嘆した傑作『箱根の坂』をまず挙げたい。

この作品は、司馬文学の集大成と呼ぶにふさわしく、
その絶妙な語り口はもちろん、短歌や里謡を巧みに引用し、
読者を縦横に魅了する。

これは司馬氏にだけできるマジックであり、
誰の追随も許さない世界がそこにある。

使用する語句から句読点の打ちどころまで、
すべて完璧なので、読者は心地よい世界に浸ったまま、
ページをめくる手が止まらなくなる。

司馬氏の代表作として取り上げられることの少ない『箱根の坂』だが、
この作品を書き上げることで、司馬氏自身は、
「小説はもう十分」と思ったのではないだろうか(この作品以降は極めてエッセイ色が濃くなる)。

戦国時代中盤の代表的人物といえば織田信長であろう。
『信長公記』等に残された信長の人間的魅力は、
そのよし悪しを越えて、いまだに作家を惹きつけて已まない。
それゆえ、信長を主人公に据えた小説は、数えきれないほどあるし、
これからも様々な作品が生まれてくるだろう。

しかし彼の象徴であり、分身とも言える安土城にスポットを当てた小説作品は、
山本兼一氏の『火天の城』くらいである。

この作品は、信長という独裁者の"わがまま"を実現すべく、
次々と立ちはだかる難題を克服しながら、
城を完成させる番匠・又右衛の奮闘ぶりを縦糸とし、
職人社会特有の父子関係の厳しさと優しさ、
その中での父子間の葛藤を横糸とするという優れた構成を持っている。
反発しながらも、知らずに父の思いを引き継いでいた息子の以俊(もちとし)と、
父の呪縛を断ち切ることで、己が何者であるかを証明しようとした織田信雄の対比が実にいい。

戦国時代も終盤に差し掛かると、
歴史小説の題材は、関ヶ原合戦や大坂の陣といった政権奪取をめぐる中央の戦いに集中される。
天下の動向を左右しない地方の戦いは、一気に色あせてしまうのだ。
戦国時代の最終決戦とでも言うべき小田原合戦でさえも、
かつてメジャー作品では皆無だった。

そうした中、ひときわ異彩を放つ作品がある。
それが、飯嶋和一氏の『神無き月十番目の夜』である。

飯嶋氏は、小説が小説であった時代の残り香を濃厚に漂わせている作家だが、
その作風と文体は、すでに唯一無二の独自性を獲得しており、
孤高の領域に踏み込んだと言ってもいいだろう。

飯嶋氏の作品群の中でも、
『神無き月十番目の夜』は、
歴史の闇に葬り去られようとしている戦国末期の農村を描き出し、異様な光彩を放っている。

戦国時代末期、
常陸国北部の隠れ里のような秘境の村で起こった"のっぴきならぬ事件"を冒頭に配し、
その事件がなぜ起こったのかを解いてゆく手法が、まず優れている。

最初に結果を提示するリスクを冒しながらも、
読者を小説世界に引きずり込む冒頭部分は、実に見事だ。

さらに、主人公の生き様や考え方に共鳴できる点が多く、読者は容易に主人公に感情移入できる。
そして、圧倒的な博覧強記に裏打ちされた文章表現力により、
独特の作品空間を生み出し、読者をその世界から離れ難くする。

この作品は、すぐれた小説のすべての要素を併せ持った傑作である。
ただし、歴史小説初心者には、ハードルが高すぎるということだけは、付け加えておきたい。(終)

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いかがでしたか。
当時、私はまだまだ無名でしたが、先達たちに伍していこうという気概に溢れていますね。

参考として、五年ほど前に「週刊現代」の「人生の十冊」というコーナーに寄稿した記事を取り上げます。
ここでは、「人間に厚みが出る歴史小説ベスト10」というテーマで取材されました。

<伊東潤 人間に厚みが出る歴史小説ベスト10>

1.『深重の海』津本陽 
生きることの本当の意味が分かる。

2.『箱根の坂』司馬遼太郎 
理念や理想を持って生きていくことの大切さが分かる。

3.『利休にたずねよ』山本兼一 
人生にとって欠かせない美や芸術について分かる。

4.『海の史劇』吉村昭 
計画立案力・情報収集力・決断力の大切さが分かる。

5.『炎環』永井路子 
憎悪・嫉妬・怨恨など人間の感情について分かる。

6.『宮本武蔵』吉川英治 
道を究めること、何かを徹底することの重大さが分かる。

7.『海の都の物語』塩野七生 
一つの価値観(民主主義)を守っていくことの大切さが分かる。

8.『天平の甍』井上靖 
何かを学びたい、伝えたい、広めたいという情熱について分かる。

9.『八甲田山死の彷徨』新田次郎 
指揮系統をはっきりさせること、
またリーダーシップや状況判断の重要性が分かる。

10.『樅の木は残った』山本周五郎 
耐えること、何かのために犠牲になることの大切さが分かる。

どれも甲乙つけがたい傑作ばかりですが、あえてベスト10をつけてみました。
皆様もまだ未読のものがありましたらご一読ください。

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2.伊東潤Q&Aコーナー
「歴史や各界の著名人のメンタリティについて」
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さて、それでは質問コーナーです。
今回はにゃんまげ様からの質問です。

Q :
ツイッターを拝見していると伊東先生はとてもお忙しそうです。
私自身も毎日仕事で忙しく、なかなかリフレッシュできる時間もありませんが、
伊東先生がされているリフレッシュ方法などありましたら教えていただけますと嬉しいです。
(にゃんまげ様)

A:
外資系ビジネスマンをしている頃は、
みんな忙しくても「忙しい」と言わないのが粋だったので、
そう思われていると少し恥ずかしいですね(笑)。

リフレッシュ方法としては、

・音楽を聴いたり、ライブに行ったりする
・スポーツ中継を見る(とくにボクシングとプロ野球が好き)
・スポーツジムに行く

といったところです。
それと少し前までは城めぐりが趣味でした。
今は旅行の大半は取材か講演からみですが、気分転換になるのも確かです。
(伊東潤)

【みなさまからのお悩み大募集】
インタラクティブを心がけている、伊東潤のメルマガでは
皆様のお悩みを、歴史上のエピソードになぞらえてお答えしていきたいと思います。
今後、こちらのコーナーもより活性させていきたいと思いますので、
是非お気軽に以下のリンクよりお送りください。
https://goo.gl/forms/QC0Pu5E4B76NjAyg2

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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

感想などはツイッターやフェイスブックに
「#伊東潤メルマガ」や「#歴史奉行通信」と
ハッシュタグをつけてアップしていただければ
できる限り目を通します。

最後になりましたが、最新作『修羅の都』(http://amzn.to/2I4DalZ)
は好調発売中です。どうぞよろしく!

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3.お知らせ奉行通信
新刊情報 / 読書会 / その他
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【新刊情報】
☆『修羅の都』(文藝春秋) 2018年2/22発売
公明新聞で連載された話題作。
書籍化にあたり、結末を大きく改変!
おかげさまで前作『西郷の首』以上の好評をいただいています。
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乱世の英雄・織田信長を、討った男、守った男、そして、何もできなかった男たち――。
その瞬間には、戦国のすべてがある。
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【読書会情報】
おかげさまで開催一ヶ月前に完売となりました。
ありがとうございました。

次回の読書会の開催は4/7(土)となります。
テーマは『幕末暗殺!』(http://amzn.to/2ocjqVh)
なんと今回はゲストとして7名中6名の先生方がお越し下さる予定です。
尚、懇親会チケットのみはまだ残席がありますので、
詳細情報およびお申し込みは以下からどうぞ。
http://ptix.at/zZPg5C

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