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人の声が合わさる魔力〜vocal plusの公演企画プロセス〜

vocal plus始動

「始動」なんていうと、vocal plus(ヴォーカルプラス)のメンバーに怒られてしまいそうだが、今年3月の公演に向けて準備をしている今の状況は、私にとってはまさに「スタート」という感じがする。vocal plusは一体何かというと、コロナ禍の2021年冬に発足したアマチュアの少人数声楽アンサンブルである。
なんだアマチュアかと思われるかもしれないが、ただのアマチュアではないグループにしたいと思っている。実際のところこの2年でメンバーが少し増えたりして、ようやくオンステできるメンバーが10人を超えた。はじめの2年はジョスカン・デ・プレやパレストリーナといったルネッサンスの作品を歌ったりしていて、それはそれで充足していたのだけど、もっと自由でもっと筋の通った(というのが適切な表現かわからないけど)プログラムをやりたくなった、というのが本音だ。少人数だけれども、アマチュアながら12人で8パートの構成も頑張れば歌えるメンバーでもある。だからちょっと冒険をしたくなった。

プーランクから始める

そこそこ複雑な和声が作れるようになったらやりたかったレパートリーの中に、プーランクがあった。私がオルガンを学ぶために留学し、同時期にコーラスに没入していった頃に出会ったプーランクのコーラス作品の数々は、作曲家についての知識が何もなくても心をグッと掴むものがある。(そういえば、オルガンではメシアンに傾倒し始めた頃と同時期だったかもしれない。)
プーランクのクリスマスのモテットはどれも素晴らしくて、いつか全曲やりたいけど、プーランクと親和性が高いところで最近はノルウェーの作曲家、オラ・イェイロが素敵だと思う。イェイロは私自身とほぼ同世代なのに作品はとても調性的で、でも北欧らしい透明感のある和声はこの作曲家ならではという光彩があり、調性かどうかというのを考えなくてもいいか、という気持ちにさせてくれる。イェイロの作品の中に、プーランクと全く同じ宗教的テーマを扱ったアカペラとチェロ(もしくはヴァイオリン)のための作品がある。

vocal plusは動画で上演しているコーラスほど人数が揃っていないので、いつか同じ作品をこれだけのボリュームのあるコーラスでやってみたいとも思うけど、コーラスを他の楽器とジョイントさせて上演するアイディアは、この作品から来ている。

vocalにplusさせる

もともとvocal plusのグループ名は、1人でもできる、少人数でもできる、多人数でもできる、楽器ともplusできる、という発展性を持たせたくて付けた名前だったりする。オルガンとも一緒にやりたいし、色々できると面白いだろうなと思う。2023年3月に同志社中高チャペルで開催したチャペルコンサートでは、ドイツの気鋭の電子音楽作曲家、トビアス・ハーゲドーン(Tobias Hagedorn, 1987)を招き、エレクトロニクスとオルガンのための作品と並んでエレクトロニクスとコーラスのための作品「タンジェント(Tangenten)」を日本初演した。その際もvocal plusはコーラスに参加していた。
実際のところ、アカペラは素晴らしいけど、アカペラ作品だけを1時間聴くと、途中のどこかは心地よくなって眠りに誘われてしまう。(と思う。)それに、アカペラ作品だけで、背骨の通ったプログラムを作るのは結構難しい。
楽器とジョイントするのはなかなか魅力的なアイディアで、チェロとのジョイントをもう少し広げてみようと思った。

中央ヨーロッパ的でない教会音楽

イェイロの「おお、大いなる神秘よ(O magnum mysterium)」とセットで上演したい曲は、ネットで探し物をしていた最中にたまたま出会った。
イギリス人のジョン・タヴナーという作曲家の作品で、「Svyati(O Holy One)」という。10分を超える演奏時間という比較的ボリュームがあるもので、チェロの演奏は礼拝中の司祭の役割を担うというかなり宗教的色合いの濃いものである。タヴナーは正教会に入信しており、宗教色の濃い作品が多い。声楽作品では「The Lamb(小羊)」が比較的よく知られており、今回のvocal plusの公演でも歌われる。正教会は私にとっても馴染みのない世界ではあるが、中央ヨーロッパ的でない作品というのには大いに興味がそそられる。Voces8が歌うとこんな感じになる。

「Svyati」はタヴナーが自分の親友の父親の死に際して書いた作品だという。歌詞は東方スラヴ語で書かれていて、ロシア正教会では非常に頻繁に用いられる祝文だそうだ。タヴナーのプログラムノートによると、正教の葬儀のシーンが描かれていて、棺が閉じられ、教会から運び出され、火の灯ったロウソクを持った弔問客が後に続くときに、コーラスが歌う。(これがおそらくコーラスパートの役割である)
チェロは司祭もしくはキリストのアイコンを表し(これは正確にはどういうことだろう)、聖歌隊(コーラス)と司祭(チェロ)が対話を交わす。
興味深いのは、タヴナーが次のように書いているところである。
「チェロはキリストのアイコンを表すので、西洋的な情緒は一切なく、東方正教会の聖歌に由来しなければならない」。今回、チェロは京都の若手チェリスト、佐藤響さんに演奏してもらう。佐藤さんはこの「西洋的な情緒を廃した」チェロパートをどのように演奏されるだろうか。

アルヴォ・ペルト

正教会の作曲家といえば、もう1人エストニアの作曲家、アルヴォ・ペルトが思い浮かぶ。最近では、フィギュアスケートの宇野昌磨選手が、2023年度シーズンのフリーのプログラムでペルトの「Spiegel im Spiegel(鏡の中の鏡)」を使っていた。この作品、たまたま私も昨年6月のチャペルコンサートでヴァイオリンの中村公俊さんと一緒に演奏していたので、フィギュアスケートの試合を見ていて結構驚いたものだった。
ペルトはオルガンソロの作品やオルガンとコーラスのための作品も幾つか書いていて、いつかやってみたら面白いだろうなと思うのだけど、個人的には「タブラ・ラサ」が一番好きで、ペルトは弦楽器が好きなんだろうなと思う。今回は、ペルトの「Da pacem Domine (主よ、平和を与えたまえ)」をプログラムの中に盛り込んでいる。

イエス・キリストの物語としてのプログラム

さて、ここまでvocal plusの2024年3月17日に上演されるプログラムの企画経緯を綴ってきたけど、最後にプログラムの構成について少し。
2024年のイースターは3月31日なので、3月17日は教会の暦では受難節という時期にあたる。そこで今回はキリストの降誕の神秘、聖マリアの受胎告知といったイエスの誕生をめぐるエピソードに始まり、十字架の上のイエスの最後の叫びをテーマにしたバルドシュの「Eli! Eli!(神よ、神よ)」を挟んでタヴナーの「The Lamb (小羊)」、続いてタヴナーの「Svyati(O Holy One)」を並べて、キリストの受難と復活、もっというと三位一体の神というテーマに繋げたいと思う。
会場になる大阪の日本基督教団浪花教会は淀屋橋駅近くに位置し、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計したゴシック調の建物で、尖塔窓、ステンドグラス、清楚な聖堂の内観など、見所が多い。
おそらく、あまり類のないプログラム、そして色々な意味で非常に充実した内容にとても自信がある。

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