Choice of regret〜後悔を選択するゲーム〜1

「いいか奈々、麻雀で能動的に選択できるのは後悔だけだ。その意味が身体のどこまで染み込んでるかが麻雀の強さのバロメーターだ」

東京、立川駅前のシアトル系カフェのソファ席、なかなか冷めないヴェンティサイズのホットのホワイトモカを慎重に啜りながら理(おさむ)が穏やかな口調で言う。いつもは混んでいるが土曜日の早朝のオープンしたてのこの時間は人もまばらだ。

私はふくれっ面で2つ目のドーナツを頬張っている。もちろん勝ち頭である目の前の男のオゴリだ。「理(おさむ)を見てる限りは何かを選択してるというより、ただただ勝ちを引き込んでるようにしか見えないけど…」

言い終えて私はラベンダーの香りのついたティーラテでドーナツを流し込んだ。

理(おさむ)はフンっと鼻で笑うと「背中が焦げるかと思うほどの熱視線だったから気合入っちゃって」と大きいカップをまた口に運ぶ。

「ネットでは私の方が断然冴えてるのになぁ…理(おさむ)は裏目ばっかりで流局すると大体1人ノーテンでどんどん点棒なくしてってるのにぃ」

「奈々だって本当に上手いと思うよ。セオリー通りに広い受けを作ったり、徹底したベタオリだったりはオレよりはるかに上手いよ」
こちらが本当かどうか疑いそうな事を言う時だけ、理(おさむ)はしっかりとこちらの目を見つめて話す。そういう時だけに宿る少年のような目の輝きに慣れる事なくまたドギマギさせられる。

私は「ふーん」と誤魔化すために疑いの目線を返しながら「それで勝てないって事はやっぱり心理学には相手の捨てる牌をコントロールする方法があるんだぁ…」と探りの視線を投げる。

「そんな魔法のような事できるワケないだろ」と理(おさむ)はオーバーに肩を竦めて呆れながら笑った。

それでも私は疑いの視線を止めない。

私と理(おさむ)は同じ大学の2年生で、私は日本文学科、そして理(おさむ)は心理学科だ。

理(おさむ)は心理学は奈々の思ってるような学問じゃないと言うが、麻雀だけを見る限りでは人の心を見透かしてるようにしか見えないとどうしても感じてしまう。

席についてから1時間ほどが経ち学生とはいえさすがに授業にきちんと出てから徹夜で麻雀をしたので睡魔が少しずつ忍び寄ってきた。
「バスそろそろいい時間だから行こっか」と言ってカフェを出て目の前のバスロータリーへ腕を絡めて歩き出す。

今日はこれから私の一人暮らしの家に戻り、一緒に過ごす。

大学の後期が始まって最初の週末、ちょうど秋の入り口の朝の空気は本当に爽やかで過ごしやすい。

2010年…高度成長期からバブル期までの、時にはそのスジの人も絡む事もあった”混沌”と”殺伐”の超高レートの麻雀は、劇画やマンガだけの世界の存在となり、裏の博奕の中心はより回転の良い裏スロットや裏カジノに移行していた。

麻雀の裏のステージは完全になくなり、健康麻雀やパソコンによるネット麻雀、ゲームセンターのオンライン麻雀筐体という形で麻雀は表舞台のモノへと少しずつ変わり始めていた。

#小説 #麻雀



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