Choice of regret〜後悔を選択するゲーム〜4

砂のグラウンドの真横のサビだらけの二階建てのコンテナハウスの山…男子校の部室棟の殺風景さ予算のかかっていなさは実に酷いものだ。その中でも一階のひときわ砂埃の舞い込んでくる位置に中学陸上部の部室はあった。
サビだらけの歪んだスチールのロッカーとクッションが破けてボロボロになったパイプ椅子が6脚、吹奏楽部が廃棄した丸い大太鼓が円卓の代わりにドンと鎮座している。

言い渡された練習メニューを今日は頑張って半分ほどこなして切り上げ、陸上部の1年生4人は残りの練習時間をいつもトランプをして過ごしている。日によってゲームは変わるが今日の競技はポーカー…ルールは普通のいわゆるテキサスホールデム…中学生なので現金は賭けないが、勝ち組は勝ち方に応じて教科数は変わるが翌日の授業のノートテイクを負け組にやらせる事ができるというルールになっているので、部活動の時の弛緩した空気とは打って変わって真剣な空気でカードと向き合っている。

怒る先輩はいない。去年の入部がゼロだった為2年生はいなかったし、中等部の3年生は高校の陸上部に合流している関係で実質的に中学陸上部は1年生しかいなかったのだ。
監督の蓮見先生は高校陸上部と中学陸上部を兼任で、基本的には高校陸上部の活動が重視で中学陸上部の活動はとりあえず日頃の練習メニューを与えておくか。程度だったので、メニューをこなしてるか見られる事も無かった。

終了報告をしに行くのにちょうど良い頃合になった所でお開きになった。理は親を務めた為、動いたポイントの5%分をレーキ(場代)として自分のポイントに重ねられたのだが、今日も負け頭だったので練習終了の報告をしに蓮見先生のいるウェイトトレーニング室に向かう。
明日も主要教科の英語辺りは自分プラス3人分のノートを作成せねばならないだろう…。

「おーし!今日も安定の理くんの最下位だ!報告よろしく!おつかれ!」

このゲーム習慣の発案者で勝ち頭の宮前(みやざき)が快哉と共に他の3人を引き連れて帰って行く。

とりあえず部活に入らなければいけなかったルールの関係で集まった4人を宮前が強いリーダーシップを発揮し、完璧に仕切っていた。

理はここでトランプの遊び方を知らなかった事からカモになり、ストレス発散要員にされていた。中高6年間ある男子校の1年目…順風満帆で学校に通えていたのはそのうちの1年生の1学期のみだった。

陸上部でのゲームの負け条件はポイント差が大きくなるにつれて酷いモノが追加になっていった、ノートテイクだけでは足らずにケツバットが追加、ケツバットでも足りずにプロレスのチョークスリーパーで落とすが追加…刺激を求めて負けの内容が暴力に変わっていき、そして部活のみならずクラス中を巻き込んでいった。繰り返される暴力と無視の中で理は人としての尊厳を奪われる日々を過ごしていた。

1年生の3学期は早くも学校に通えなくなっていた。
家でも引きこもり状態になり。家族とも顔を合わせないようひっそりと息を殺しながら生活した。自室の照明には、小学校の作文課題で神戸の祖母から戦時中の事を聞いたのを思い出しながら暗幕を張り、理は昼も夜もなく時間の流れを感じないようにする為にトランプを触り続けた。
まずは7並べ…きちんと整列した4×13枚の長方形をボーッと眺め…束の状態に戻してまた並べる。今度は数を数えながら並べる。ジョーカーを除いたトランプの総枚数52枚…次はめくった数字を足しながら並べていく。1から13の数字を全て足すと91…52枚で364…カレンダーは1年365日…ジョーカーを1とカウントすると1枚足して365…もう1枚足すと閏年の366…1年は52週…ジョーカーを除いたトランプの枚数52枚…。カレンダーとの不思議なリンク。

それに気付いた時には1ヶ月ほどが経過していた。さすがに飽きてきて自室の窓から家を抜け出し今度は市立図書館で借りてきた分厚いカジノ遊びの戦略書を読み込んだ。最初は複雑な確率計算が全く解らずアタマから煙が出て惰眠に逃げて断念していたが、カードを用いて再現しながら読み込む事で少しづつ少しづつ確率論と基本戦略を1ヶ月かけて頭に叩き込んでいった。

部屋の外に置かれる食事も半分くらいの確率でしか手をつけずにカジノ戦略の本が終わったら今度はトランプの扱い方、トランプマジックの本を読み込んで練習の毎日が1ヶ月…3ヶ月間ずっと紙の擦れる音しか聞いていなかったと言っても良いくらい、ずっと本かトランプを触り続け、そして時間と日付以外のモノを数え続けた。

何回目の7並べか、何回目の神経衰弱か、何連続で絵を合わせたか、何回目のカードシャッフルか…。

2年次でのクラス替えで陸上部の部員のクラスをバラバラにするという条件で理は学校に復帰した。
そして宮前に昨年度休んでいた分の大マイナスを呑んで復活する代わりにいくつかの条件を提示した。部活でのトランプのポイントの動きを10倍にする事、ゲームは宮前の最も得意なポーカーに限定にする事、不参戦者は理由に関わらず定量のマイナスとし、これ以上の減点は行わないモノとする事。不参戦者のポイントは残りの参加者に均等にプラスする事。下級生の参戦は認めないものとする事。
例え2位であってもポイントがマイナスである限り1位の言うことを聞く事。

トップの常連に対して、ラストの常連がする提案とあって、凶悪な笑みを浮かべて1も2もなく宮前はこの条件を快諾した。

理の次の負け頭の佐々木も露骨なホクホク顔で「最高の提案をありがとう」と耳元で嫌味全開で囁いた。

不登校の最後の1ヶ月で向こうも喜んで飛びついて来るであろう条件でかつ自分に絶対の勝算を持って練りに練った作戦…それに見事に食いついてきた。絶対にリベンジを果たす…強い意志と共に迎えた2年次…。

ガガガガ!駅前のけたたましい道路工事の爆音で我に返る。奈々の所から帰る時はいつも立川駅まで歩いて帰っている理は帰り道いつも昔の事を思い出しながら帰る。

マンションのエントランスから立川駅の南武線のホームに降り立った時点で復歩法で2487歩…万歩計の数字だと4974歩…カウント病と自嘲的に名付けたそれは、あの時からずっと日々の努力として続けられ理のカラダに自然のモノとして染み付いていた。

#麻雀 #小説



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