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エッセイ・ことば(ミルク)

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まろやかな口あたり。
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季節の引き継ぎ

季節の引き継ぎ

三寒四温とはよく言ったもので、冬から春へのバトンタッチは、目に見えるような見えないようなスピードで進んでいく。

冬色の空の下で、春の花が咲く日がある。歩道のユキヤナギが、庭の山吹が、花壇のチューリップが、寒さを我慢するように少し震えながら、景色に暖かな色を添える。

春の日差しの中に、冬の風が吹く日もある。日向を歩けば春で、日陰を歩けば冬。並木道に落ちた縞模様の影を踏んでいると、一歩ずつ、冬と春

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公園三景

公園三景

糸の切れた凧が、高い枝の先に引っかかっていた。

木登り名人でも歯が立たないような枝の先っちょで、ゆらりと風に吹かれていた。赤い尻尾がひらひらとはためき、解いたばかりの制服のリボンのようだった。

3月も終わるというのに、凧なんて。一体いつからそこにあるのか。再び空を舞うこともなければ、持ち主の元に帰ることもできないのに、妙に清々しい面持ちで、またそよそよと揺れていた。

* * *

昔よく訪れ

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書いてみたっていいじゃない。

書いてみたっていいじゃない。

おそらく、私はクリエイターではない。
創作意欲みたいなものは昔から特になかった。
文章を書くのは嫌いではなかったけれど、怠け者だから自主的には書かなかった。学校の作文の類は、いつも小手先のテクニックで乗り切ってきた。

とはいえ、文章に触れるのはずっと好きだったんだと思う。
ささやかでニッチ過ぎる職務ながらも、仕事として書き手に携わったこともある。
創る人の後方支援をするのが向いていると思っていた

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そのうち、ふっと消えるもの

そのうち、ふっと消えるもの

思いもかけないタイミングで、電球がぱちりと切れた。

仏壇の豆電球である。風情も何もない。
一日にそう長時間点けるものではないから、「そろそろ切れるかも」なんて心の準備はできていなくて、すっかり油断していた。

あっけないものだ。
最後の力を振り絞るように一瞬光って、それっきり。

当然のような存在も、いつかは、ふっと消えてなくなる。
言わずもがな。文章に起こすと陳腐なほど解りきったことだ。

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あきらめてたのに、よくばりで。

あきらめてたのに、よくばりで。

たくさんのものを諦めてきた人生だった。

学びたかったこと、やりたい仕事、ふつうの人生。
そして、決して手の届かない場所へ行ってしまった人々。

いつの間にか、あきらめの上級者になっていた。

──仕方ない。自分にはどうしようもなかった。ベストは尽くした。
そんな言葉で自分を慰めるのが、とても上手になっていた。
去る者を追ったりもしない。

喪失からの立ち直りにも、すっかり慣れた。

心の一部をそ

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