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「ロシアで役者の仕事をするには」③

「ロシアで役者の仕事をするには」シリーズ③は
第1弾「ロシアで役者の仕事をするには」
第2弾「そもそもロシアではどうやって役者になるか」
で解説させていただいたような中でバリバリやっているロシア人の俳優さんたちとロシアの現場で一緒に仕事をする時に、
「日本人の私たちは何をしなければならないのか。どういう演技を求められるのか」について今回の第3弾は解説させていただきたいと思います。

ロシアにおける日本人への評価はとても高いです。

これは役者や監督などの映画演劇の世界だけでなく、どの分野においても日本人のポテンシャルや人間性、また日本ブランドの車や電気製品、衣料などなどをとても素晴らしいものとして認めてくれています。誰に聞いても「日本が好きです」と言ってくれます。日本人というだけで、すでに一目置かれる存在でいられるのがロシアという国と言えます。これは、私がこの国で受けた最初のカルチャーショックでした。

何故、それだけ日本製のものが尊敬されているのか?

と聞くと「すべてがとても正確に動く」「ひとつひとつの機能が優れていて機能美も兼ね備える」「デザインが洗練されていて形式美と様式美がある」などとロシア人は答えます。

じゃあ、何故日本人は素晴らしいの?

と聞くと「約束を守り時間に遅れ無い」「ミスが少なく仕事が早い」「言った事に責任を持つ」「常に全体の事を考えて行動する事が出来る」「公共のものでも自分のもののように丁寧にあつかう」「とても礼儀正しい」「何事にも献身的に尽くす」などと、どんどん嬉しい事を答えてくれます。

しかし、上記のような事は私たち日本人にとっては小学校時代から教育されていて、当たり前のことというか普通の事です。そういう人格じゃなければ社会で働いていけませんし、たとえ働いたとしてもうまくいきません。特に日本の芸能界は1に挨拶、2に礼儀、3、4がなくて5に挨拶。というくらい、まめにあいさつをきちんとしなければ、あっという間に相手にされなくなります。日本の芸能界で不義理は最大の罪。ようく考えてみれば、あいさつも礼儀も全体の和を保つために大切なものです。やはり日本は全体の和を大切にする国だったんだと、ロシアに来て初めて、日本のこの特徴が素晴らしいものとして世界で評価されていると気付きました。だって、日本ではそれは当たり前でしたから。

そんな目で日本人を見ているロシア人。演劇や映画界の人も実は全く同じように日本人を見ているのです。私が全ロシア映画大学の監督科編集専攻に籍をおいていたとき、師匠のタプコワ先生は私に「私が世界で一番好きな俳優は三船敏郎。そして監督は黒澤明」といつも言ってくれて、本当に大切にしてくれました。師匠が大切にしてくれるので、周囲のクラスメートも当時ほぼロシア語の話せなかった私を本当に良く助けてくれました。クラスメートはみんな今では偉くなったので、とても心強いロシアでの同志です。彼らと1年に1回くらい師匠を囲んで飲み会をやるのですが、彼ら曰く「ジュンスケはやっぱり流石日本人、いつもまじめに授業に来て、必ず課題をきちんと期日どおりに出してた」と言ってくれますが、私に言わせれば実は全く逆でした。授業も緩いので、かなり適当にやってましたし、「日本ならこんな感じじゃヤバいよな、甘々だな、俺」とかいうレベルだと思っていたのに、ロシアではそれが超真面目なレベルなのです。

逆に言えば、それくらいロシアは緩いとともに、日本がどんだけ厳しい競争社会かという証明でもあります。日本で勝ち抜ければ世界中どこに行っても勝ち抜けるだけの競争力が身についてるんだ、と実感しました。

「日本人は何をしなければならないか。」という最初の問いの答えは、

「日本人的にきちんと事にあたる」

という事だと思います。芝居の技術や内容の前に「やっぱりさすが日本人だな」という人間的信頼をロシアでも発揮することが、意外にも重要なんだと悟りました。ロシア人は適当ですし、仁義も男気もほぼありません。粋という概念も皆無。目先の損得に流されやすいですし、遅刻も日常茶飯事。無責任なミスを責めると単純な言い訳を繰り返します。口約束などあってないようなものですし、他に美味しいことがあればすぐに悪気なく無自覚に裏切ります。そういうところだからこそ

「日本人としての矜持、侍的な精神」

を持って強い気持ちで立つことが重要なのです。それこそが、日本人であることの誇りですし、また世界で日本人として戦っていくためのコツなのだと感じています。これはおそらく演劇や映画の世界だけでなく、どの世界でも同じだと思います。

実はこの部分は私が最初ものすごく迷った部分でもありました。上記のように仁義も何もなく損得に流されるロシア人の中で、侍気質を出して何かに尽くすと応にして利用されてしまうこともありました。それに対して、ロシアの中だからロシア人のようにした方が良い、とアドバイスしてくれるロシアのこの業界に長い日本人もいました。ただ、私はそこでロシアに染まったらそれで終わりだと思ったので、騙されそうになって文句を言いながらも日本人的にすべてやるようにしました。そういう私に「損してるんじゃないですか、やりすぎですよ」と同じ人に言われたりもしました。
結果的には現在のところここ2年くらい、私は常にドラマかけもちで仕事させていただきながら、監督の話も順調に進行させることが出来ています。侍気質で生きていくのが、間違いではなかったということだと現時点では実感しています。
それと、私の尊敬する真田広之さんの何かのインタビューの記事に「ハリウッドの現場で日本に対して何かの質問があったり手助けを頼まれたら、撮影のない日でも無償で現場に行って撮影に協力することにしている。なぜなら私は日本人だから」とありました。真田広之さんでさえそういう姿勢なのですから、私がごちゃごちゃ言ってる場合じゃないな、と強く心に誓いました。

今回は何か「世界で日本人が戦うためのマインドセット」みたいになってきましたね。「どんな演技を求められているか」まで中々たどり着きません。それくらい、

まずは日本人としてどう在るか

が重要だと私は感じてるのです。ちなみにそれに共感してくれて、足掛け9ヶ月の「ゾルゲ」の撮影期間中、一瞬もブレる事なくそうあり続けてくれたウイーン在住の日本人俳優、瀬戸元さんやヒロイン石井花子役の中丸シオンちゃん、お父様のベテラン俳優、中丸信将さんのスタッフからの評価は絶大なる素晴らしさでした。そして私たちが師匠と呼ばせていただいているセルゲイ・ギンズブルグ監督もビデオの中でそういう部分を褒めてくれていました。

それは「日本人としての矜持。侍気質」が損得ではなく「物事や人に対する尊敬」

につながるからだと感じています。ロシア芸術の教育の中で重要なもののひとつに

「物事や人、作品に対する尊敬」

というものがあります。その精神と日本人の人を敬う精神が良い形で調和したのが「ゾルゲ」の現場だったと感じています。まさに

「ロシア芸術と日本の精神性の融合」

がそこにありました。「ゾルゲ」の現場はロシアで「日本人の矜持」を守り続けて来て本当に良かったなと感謝と感動すら覚えた芸術性の高い現場でした。

今回はとりとめの無い内容になってしまいましたね。しかもテーマを全部解説しきれていません。「日本人の私たちは何をしなければならないのか。どういう演技を求められるのか」の中の「日本人の私たちは何をしなければならないのか」に終始してしまいました。

世界を席巻している日本の物や人の素晴らしい部分は、やはり日本人であるところの勤勉さや仕事熱心さ、それを保つ精神性から来ています。日本にいたらそれが当たり前ですし、それが普通です。しかし海外に来たら決してそうじゃなくてもやっていけます。

私が先週まで参加していた「ホテル・エレオン」というロシアの超人気コメデイ連続ドラマシリーズは、監督の用意スタートの声のかかる寸前まで俳優さんたちはスマホ片手に何かやっていました。カメラマンさんが役者の立ち位置とか指定している時でもスマホ見てるんです。日本じゃ考えられないですよね。そういうのが普通の現場だってあります。そういうゆるゆるな現場こそ日本人としての自分が試されると思ってきちんと俳優としてそこに存在出来るか否か、が長い期間海外でバリバリに活躍していけるかどうかの分かれ目になると感じています。

そんなわけで、こういう内容だと賛否両論あってまたいろいろ突っ込まれる可能性大ですが、何かあればお気軽に質問してくださいね。

なので、次回第4弾は今回たどり着かなかった「 ロシアの現場で日本人はどういう演技を求められるのか」を解説したいと思います。

今回も長い文章を読んでいただきありがとうございました。


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