記事「凡人が、天才を殺すことがある理由。ーどう社会から「天才」を守るか?」についての考察

http://yuiga-k.hatenablog.com/entry/2018/02/23/113000

「凡人」の代表として述べさせて頂きます。苦笑

結論は「天才(秀才)」は自らどのようして、「凡人」と上手く付き合って行くか、共存していけるか、だと思います。

優し過ぎてもダメ(スポイルされる、角が取れて丸くなる)
冷た過ぎてもダメ(排除される、いじめに遭う、村八分を食らう)

ここでもマインドの使い方が大切なんだと思います。
抽象度をあげてその状況を常に俯瞰して見れれば(モニタリングできれば)、それぞれのポジション(立場)の文脈が見えるので、感情的にならずにやり過ごす(ロジカルに考える)ことができるのかも知れません。

しかし、何かの行動中に「主観」と「客観」を行ったり来たりさせるのは本当に至難の技です。それこそお釈迦さんの世界です。

不本意ですが、本当の事を言わない技術や演技力を磨くのも、「凡人」との間合いを取るのに必要な事なのかも知れません。
あとは、わざと無知を装ったり、バカを演じたりする具体的方法論も考えられますが、組織内において責任あるポジションの方はその構造上難しいですよね。

また、そもそも「天才」を守るスキームは、マジョリティーである「凡人」の方には理解出来ないと思います。

彼らはそれがわからない故「凡人」なのですから。

ですから、「天才」サイドで社会適合をするための工夫が必要となってきます。それがまさしく、これからの社会に必要とされる、マインドの使い方(非典型的な知性やダークサイドスキル等)なんだと思います。
おそらくそれは、見習い職人が、親方の仕事を見て覚えるような感じで、マニュアル化(文言化)出来ないものも含まれている様な気がしてなりません。

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