見出し画像

タラブックスの挑戦

こんにちは(^^)

『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』という写真集があります。どこかでもらってきた、ベルナール・ビュフェ美術館(静岡県長泉町)の2018-2019展覧会のチラシで知りました。

『夜の木』(タムラ堂、2012年)は、聖なる木々の夜の姿をめぐる物語。ゴンド族画家たちの自然観・世界観がいかんなく発揮されてる、素朴さも自然への畏怖も感じさせる絵がふしぎな魅力を放っています。

ヒンドゥー文化の寓話をインド東部のオリッサ州に伝わるパタチットラ画で表現したという本。仕掛け絵本。じゃばら折りで長く広げられる本には、南インドで起きた津波をテーマにしたものも。布を使っているものもあり、独特で多彩です!


インドらしさを盛り込んだ子どもの本をつくる出版社

V インドでは、子ども向けの本にそれほど長い伝統があるわけではありません。一部の言語では19世紀から児童書がつくられていましたが、多くの言語では子どもたちに向けて物語を書く伝統はありませんでした。ほとんどの子どもは物語を読むのではなく、聴いて育つからです。そこでギータは出版社のアイデアを思いついたんです。

当時、私たちはよくこんな話をしていました。「どうして私たちが読むのは外国の本ばかりなのかしら」。自国の文化から生まれた本は、ほんの少しでした。そんなわけで私たちが関心を持ったことの1つは、子どもの絵本、子どもたちが読む本に、インドらしさを盛り込むことでした。

ハンドメイド本ができたのは偶然から

G 私たちは最初から「ハンドメイドの本をつくろう」と言って始めたわけではないんです。運というか、言ってみれば幸せな巡り合わせから生まれました。

V ほんの偶然よね。

G ほんの偶然でした。フランクフルト・ブックフェアに初めて参加したときのことです。私は2冊の本を携えていました。1つは『はらぺこライオン』。シルクスクリーンで印刷したサンプルを2ページだけ持って行きました。当時は高性能のデジタルプリンターを持っていなかったからです。商談の約束をしていたのはカナダのアニックプレス1社だけでしたが、2冊とも買ってくれたんです。

アニックプレスの女性は、「『はらぺこライオン』を、サンプルと同じく手漉きの紙にシルクスクリーンで印刷してほしい」と言いました。サンプル用につくっただけだったので、思いもよらない考えでした。そうして8,000部の注文を受けたとき、私はとても嬉しく思いました。確か商談会場は2階でしたが、エスカレーターを降りて1階に着いたとき思ったんです。「どうやってやるの? すばらしい話だけど、そんなにたくさん、どうやってつくればいいの?」

私たちは帰国し、サンプルを印刷してくれたアルムガム(愛称ミスターA)に会いに行きました。そして聞いたんです。「8,000部印刷できると思う?」「何が必要になるかしら?」などなど。それからほかの友人たちの力も借りて、小さなチームを立ち上げました。どうなるか、まったく分かりませんでした。これほどの部数をどうやってつくればいいのか。作業に必要な人員はどこで見つけられるのか。とにかくほんの小さなチームで始めました。完成までに確か9か月かかりました。

V ほとんど1年ね。

* * *

G …ハンドメイド本についてもうひとつ話したいことがあります。それは私たちにとって、アートと労働を結びつけるという、大切な意味を持っているということです。これは可能なことだと思っていたから、実現させたかったのです。アートと職人技との融合も、とても意義あることです。ハンドメイド本が、これらすべての要素を満たしてくれると思うのです。

V 私たちが思うに、作家やアーティストは美を創造します。ですが、ここでは職人や工芸家の労働があってこそ、すばらしく美しい本が出来上がるのです。ときには、印刷された本のページは原画とは異なっています。デザインが理由のときもあるし、職人の熟練技による場合もあります。

G この労働がアートに付加価値を与えます。たとえば『夜の木』でさえも、原画はかなりシンプルです。実際、印刷された本のほうが原画より印象的に仕上がっています。職人の技が芸術性を高めているのです。

* * * 

インドで民俗芸術家はどう見られているのか

G 都市部などに住んでいる一般のインド人は、たとえば時々、新聞で先住民族の記事を目にします。ダム建設のために大勢の村人が移住させられた、というような記事です。開発や何かの犠牲になった人たち、自分から遠く離れた場所で、自分の知らない暮らしを営む人たちの話としてとらえます。

そうした人たちとのもうひとつの接点としては、民俗芸術が並ぶ工芸品市があります。画廊で彼らのアートを目にすることもあるかもしれません。そんな場所で彼らのアートを気に入った人たちも、アートとそれをつくった人の暮らしを結びつけて考えることはしません。

何か作品を買って家に置くかもしれません。でも、その作品がどんな場所から来たのかということは深く考えません。どんな人たちがつくったのか、その人たちがどんな信仰を持っているのか。そうした解説付きの作品もありますが、ほとんどはインテリアとして買われるだけです。遠く離れた村の人たちに親しみを感じたり、理解を示したりはしないでしょう。

でも本として出版すれば、そうした人たちとの距離を近づけることができると思います。そうした人にも人生があり、考え方があり、暮らしがあり、物語があるということを伝えられるからです。

V 私たちタラブックスが、インドで初めて民俗芸術で本をつくったと言っていいでしょう。民俗芸術家がNGOに協力し、教育用のパンフレットや、専門分野の小冊子に絵を提供したことはあるかもしれません。でも彼らを対等なパートナーとして出版界に引き入れたのは、私たちが初めてです。

ギータが言うように、自分の考えを持った人間として、私たちに何かを教えてくれる人間として、です。対話のできる人間として接し、彼らの考えを尊重します。私たちの考え方とは違うかもしれませんし、同じような生き方をしたり、受け入れたりはできないかもしれませんが、同等に価値のある世界観だと思うからです。

G そこが大切なのです。

V そこが大切ですね。彼らにも確固たる世界観があると認識すること。私たちは、ゴンド族のアーティストたちに、そのことを教えられました。彼らがチェンナイにやってきたときが、初めての対面でした。当時、私たちはチェンナイをテーマにしたプロジェクトに取り組んでいたので、彼らを街に案内したのですが、彼らは見たものすべてを絵にしていました。「あそこに市場があるけど、何か買いたい?」と聞いても何も買いたがりませんでした。興味深いことでした。気に入らないからではなく、彼らにとっては買うということが大した意味を持たないからなんです。

現代ではあまりに多くの人にとって、物を買うことがとても大きな意味を持つようになっています。こんな風に、民俗芸術家たちは世界を違った視点で見ています。私たちとは違う考え方があるということ、そうした考え方が私たちの住む世界に何か価値あるものをもたらしてくれるということに、彼らの存在が気づかせてくれるのです。

G 少なくとも、違った考え方が存在することは大切なことです。若い人たちにとっても、自分とはまったく違う生き方をし、まったく違った考え方をし、違ったものを欲しがる人たちがいると知ることが大切なんです。これこそ、民俗芸術家の持つ重要性です。

そして、まったく違った表現をすること。アートの観点からは、これがとても大切です。共に仕事をして気がついたのですが、彼らが絵を描くとき、まったく気に留めていない事柄があります。遠近法などどうでもいい。陰影などどうでもいい。物と物の対比などどうでもいいんです。その上で、世界をどう表現しているのか、アートの観点で見てみることです。

子どもたちにとって、そして大人たちにとっても、世界はいろいろな方法で表現できるのだと知ることは、とても意義あることだと思います。

V そうしたことを、私たちはワークショップで推し進めてきました。民俗芸術家と子どもたちが一緒にアートに取り組みます。アーティストたちはすばらしい先生だと気がつきました。

* * *

G インドの伝統を取り上げると同時に、ほかの文化の人たちと仕事をすることにもとても積極的です。タラブックスは何人かの日本人と仕事をしてきました。その他の国々のイラストレーターや作家ともです。ドイツ、フランスなど。

私たちの本は、東洋も西洋も自由に行き来します。一方、本づくりにいつも取り入れる考え方、守っている考え方があります。たとえば子ども向けの本の場合は、男の子と同じ数だけ女の子もいるということを忘れないこと。主人公になれるのは男の子だけではありませんから。

大切な社会的価値を取り上げた本であれば、登場人物が民主主義、正義に価値を見出し、環境を大切にするようにし、文章もそれに合わせます。ストレートに訴えるわけではありませんが、どんな読者にも理解してもらえるように描きます。アートについて論じるのであれば、そのアーティスト、歴史背景、周囲との関係性などについて十分に説明するようにし、ただ絵を眺めて読み捨ててしまうようなものにはしません。商品を買って、きれいだなって満足するだけのものとは違うのです。どんな考えから生まれた本なのか分かるようにします。

ギータ・ウォルフ  &  V. ギータ(Gita Wolf & V. Geetha)

『Beautiful Books Can Change the World: The Universe of Tara Books, India』(ブルーシープ株式会社、2017年) 「ロングインタビュー」より


以下は、松岡さんによる巻末の挨拶です。

【 本をつくるということ 

2008年春。ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェアでの『夜の木』の出現は、世界中の百戦錬磨の編集者たちをびっくりさせる「事件」であったと言ってもよいだろう。ボローニャのブックフェアは、商業出版の児童書を扱う世界最大の見本市でもある。そこに、タラブックスは無名の民俗画家による、あの絵本を出してきた。しかも、手漉きの紙にシルクスクリーン印刷、一冊ずつ手製本された美しい本は、一般書店に流通し得る価格設定でもあったのだ。それは、これまでのビジネスモデルでは考えられないことであったに違いない。

私自身は出版業界に身を置くものではないので、ちょっと離れたところから、タラブックスの活動に注目していた。最初はエスニックな美しい絵本をつくっている出版社、という程度の認識だったのだが、2010年にスペインで行われたIBBYのコングレス(子どもの本の世界的なネットワーク、国際児童図書評議会の隔年で開催される会議)で、ギータ・ウォルフの発表を聞いてから、少し見方が変わった。ギータは、対話やワークショップを重ねて民俗画家たちと対等に本づくりをするプロセスを、映像とともに見せてくれたのだ。さらに、女性問題や子どもの貧困等の社会問題にも、果敢にコミットしていく姿勢も示し、参加者たちの注目を集めた。その後、ギータとの個人的な交流も始まり、2013年には、板橋区立美術館でのワークショップも実現することができた。そして、彼らの考え方や仕事の進め方に接することにより、彼らが目指していることは、出版を通してより良い社会をつくり上げようとする社会運動なのだ、ということに気づくに至った。そのことが、この展覧会を日本で開こうと思った大きなきっかけとなっている。

タラブックスの出版物は、作家や画家のネームバリューに頼ることなく、編集者、デザイナー、印刷所を含めたチームで作るものである。インドの社会の中では珍しく、職人が誇りをもって仕事をすることができるような、環境整備がされている。実際にチェンナイのタラブックスを訪問してみると、昨今、日本で改めて問われている「働いている人が幸せか」、ということにも配慮された中で本がつくられている様子が、肌で感じられた。インドだから生まれる本、インドの子どもたちのためにつくられた本ではあるけれども、このように海外でも高く評価されているということは、タラブックスの本や活動の中に、私たちが求めている「もの」や「こと」が生き生きと存在しているからなのだろう。

松岡希代子 (板橋区立美術館副館長)】


なんというか……わたしはこのタラブックスについてのお話や二人の女性創業者のことばから、すごくエネルギーを感じ、励まされる思いがしました!!(*^^*)

Can I also challenge something for the better society !?☆





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?