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ジュウ・ショのサブカル文学マガジン

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文学についてサブカルチャー的な視点から紹介・解説。 学術書とか解説本みたいに小難しくなく、 極めてやさしく、おもしろく、深ーく書きまーす。
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「フランダースの犬」でルーベンスのキリスト画が描かれた理由とは

『フランダースの犬』と『火垂るの墓』は、ちょっとマジで発禁にしてほしい。いや子どものころは「なにこれ、かわいそう……」って、そんだけだった。しかし大人になってから観ると、救いがなすぎてバウンスビートくらい動悸がしてオロオロ泣く。18才以上禁止とかにしてほしい。O-18。オーバー18歳だこんな作品は、やめろ。観せるなもう(泣)。 そんなフランダースの犬といえば、やっぱり最終回。主人公のネロと愛犬のパトラッシュが寄り添ってルーベンスの「キリスト昇架」と「キリスト降架」を観て「な

人間がヲタクになり推し活を終えるまでを4ステップで解読してみた

私は主にアート、マンガ、音楽、小説といった分野でライティングをしている。これらの創作物は、広義で「文化(カルチャー)」という枠でくくられる。 ただ、カルチャーは決してエンタメだけに特化した言葉じゃない。カップ焼きそばUFOのパッケージとか、無印良品のオーガニック食材とか、そういうものもひっくるめて文化だ。決して一過性のブームではない。何人かのヲタがソレを推して歴史を作ったもの。それが文化となる。 カルチャーについては以下の記事で紹介していますので、暇すぎてもう飲料の原材料

金子みすゞとは|日常に想像力を足して誰も見たことない世界を書いた詩人

東日本大震災が起きて民放のCMが流れなくなったとき、金子みすゞの「こだまでしょうか」が流れたのは記憶に新しいところだ。 「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。 「馬鹿」っていうと 「馬鹿」っていう。 「もう遊ばない」っていうと 「もう遊ばない」っていう。 そして、あとで さみしくなって、 「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。 こだまでしょうか、 いいえ、誰でも。 相手にかける言葉は自分に返ってくる。思いやりの大切さをいったこの詩は、優しさが溢れていて

芥川龍之介とは|人間のエゴを描き「答えのない難題」を書いた作家

芥川龍之介の作品は、たぶん日本国民の80%くらいが読んだはずだ。「羅生門」は高校の教科書の常連ですよね。福田雄一監督の作品における佐藤二朗くらい毎年出てくる。 男が死人の髪を売ろうとする婆さんを見つけ、服を剥ぎ取り逃げていくシーンに衝撃を受けた人も多かろう。「イカれた婆さんだ。服をパクられても仕方ないだろ」と感じた方もいると思う。しかし一方で「ちょ、婆さんかわいそうじゃね? お腹減ってんだから仕方ないよ」と思った人も多かろう。 芥川龍之介(特に初期)という人は、こうした「

太宰治の「人間失格」で笑えなくなった人は、いったん寝るべきだ

太宰治といえば、非常にネガティヴかつ陰鬱な作品ばっかりで、読んでいて暗くなると思われがちだろう。はい。その通りです。一見、死ぬほど暗い。ずーっと、うじうじしている。 しかし人によっては、笑いながら読める人も多い。渋谷のクラブでコロナビールの瓶にレモン沈めてる兄ちゃんが読んだら「いや、こいつ自分好きすぎるっしょ。ウケんだけどやばくね」と笑いながら読むに決まっている。 なかでも「人間失格」という名作はヤバい。とにかくずーっと自分語りで、自意識過剰が止まらない。「他人に気を遣い

自然主義文学とは|西洋と日本の違いを徹底解説

日本近代文学の歴史は坪内逍遥と二葉亭四迷からはじまる。ということは以前も書きました。 水戸黄門とか遠山の金さんみたいな「勧善懲悪」の世界について「いやもう戯作やめぇ。アンパンマンすな」とツッコみ、現実のリアルな舞台をもとに人の心理を書くことをすすめたんですね。 これが写実主義だ。なので べし とか なり とかでなく「話し言葉で書く」ようになるんですね。 で、そのあとに「江戸の戯作は日本の文化だろうが」と擬古典主義が出てきて写実主義に反発する。これをロマン主義という「俺の

祖父江慎のブックデザイン|「誰もやってないからおもしろい」という話

数年前、祖父江慎さん(以下、僭越ながら敬称略)にお会いした。彼が代表を務めるコズフィッシュが関わるお仕事に、ホント「カスる」くらい参加させていただいた。それ以前からもちろん大ファンだったので、実際に目の前にすると興奮したものだ。 祖父江慎さんは、ブックデザイナーである。「装丁画家」ではなく、ブックデザイナーだ。ではブッデザインとはなんぞや、というと「本そのものをデザインする仕事」です。表紙はもちろん、中の紙質、印刷の色、フォント、行間の幅、ノンブル、スピンに至るまでをデザイ

サブカルとアングラの違いとは|ヤバい世界について本気で考えてみる

「アングラとサブカルの違い」は一般のメインカルチャーで生きている人には理解し難いものがある。「いやいや、どっちも絡みにくいでしょ」とまとめてしまいがちだ。 しかし気をつけてほしい。アングラ畑で"毒"を撒布している人と、サブカル畑で"無駄"を耕している人は違う生き物だ。当人からすると「一緒にしないでくれ」と思っているパターンは結構ある。 アングラの人に「お前、ほんっとにサブカルだな」と安易に声をかけるのはマズい。「ちげぇよ。俺はアングラだよ」と血走った眼で返されるだろう。な

二葉亭四迷の「浮雲」とは|あらすじ・言文一致体の意味をわかりやすく解説

日本文学の歴史において、坪内逍遥の「小説神髄」が革命的な役目を果たしたことは以前に紹介しました。この評論がきっかけで日本文学は「勧善懲悪の江戸戯作」から「日常を舞台に人間の心理描写をリアルに描くもの」に変化していくわけだ。 しかしこの評論をもとに坪内逍遥自身が書いた「当世書生気質」という作品は盛大にすべり散らかすわけです。「江戸戯作なんてもう終わりにしよう!」といった坪内自身が、まだ若干江戸戯作のテイストを引きずっていたのだ。 そのことを指摘したのが二葉亭四迷だ。そして「

日本文学史を年表でまとめ!作家・代表作で一気に振り返る【奈良時代から平成まで】

文学というでっかいカルチャー領域を理解するために、いったん日本の文学の歴史を年表でデータベース化したらわかりやすいかも! と気づいたので、時代ごとに代表作家と代表作品をざっくり書いていきます。ちなみに今後、いろんな記事を更新するなかで、このざっくり文学史年表をアップデートしていく予定です。 では!いざ歴史が長くてややこしい日本文学史を奈良時代から平成まで、代表作品と代表作家を見ていきましょう。 奈良時代の日本文学奈良時代の代表的な作家・ディレクター ・太安万侶 ・額田王

【自己紹介】私がnoteでやっていること・やらないと決めていること

突然ですが、フォロワーさんからこんなメールが届きました。(送信先は伏せますが、ご本人さまにちゃんと了承をいただいてます〜!) 月に数件ほど、法人だけじゃなくて個人の方からもメールとかTwitterのDMとかをいただけるのですが、正直めちゃんこ嬉しいです。はしゃいでます。勝手に友だちと思ってます。懇切丁寧にお返事させていただきますので、お気軽にどしどしください。 話を戻そう。私「カルチャーを知ると、もっと作品がおもしろくなる」をコンセプトに記事を書いとりますが、そもそも「こ

サブカルチャーとは? 日本と海外の意味の違いを事例で簡単に解説【アニメ・マンガなど】

前回の記事で「カルチャーとは」について「メインカルチャー・サブカルチャー・ハイカルチャー・カウンターカルチャー」に分かれまっせ!」ということを、そこそこちゃんと説明した。 しかし、実はすごく大事なことが抜け落ちているんです。土下寝しつつ白状します。この4つのカルチャーのなかでも「サブカルチャー」に関してはちょっとややこしいのだ。 この部分はそもそも人種的な背景もあるし、日本で使う際は少し違う意味になったりする。ちなみに私のマガジンは「日本でいうサブカル」ですので悪しからず

新卒ライターの方とコアなダダトークをしたという、別に何でもない話

「変な仕事」ってあると思うんです。変な仕事。特に業務委託という立場にいると「嘘やん、それ俺でいいの?」とか「それは御社のなかでやるべきでは……?」とか、そんな仕事が発生することもあって、2019年10月くらいに依頼主の制作会社さんからこんな相談が。 「新卒でディレクターのインターンが10人くらい来るんだけど、1人はライターにしたいんですよ」 「はぁ(……とほほ、わしの仕事減るのかしら)」 「それでね、ライターの子を選んでほしくてさ」 「え? 私が?」 「うんww あと入社後

眞木準のコピーでさ、ちょっと一杯やろうじゃないか。

ライター・編集者をはじめて、気づけば8年目に入りました。私はこの8年でいったい何本の記事を書いたのだろう。と少しおセンチな気持ちになってみたり、いったい何本のコピーをつけたのだろう、と少し遡ってみたときに、眞木準の顔がチラついた。 コピーの事を考えるとき、私は糸井重里でも仲畑貴志でもなく、眞木準が浮かぶ。今回は大大ファンの眞木準のコピーをずらっと並べてみようかな、って思う。 ライターみんなが眞木準になりたいのさ。 ライター1年目などは背伸びして眞木準みたいなコピーを書い