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◆主役は<漢江>◆「グエムル 漢江の怪物」ペ・ドゥナ、ハン・イェリのお話も

↑トップ画像<グエムル>の急襲に逃げ惑う市民。漢江の岸辺で売店を営む一家の長男(画面手前=ソン・ガンホ)も必死に逃げるが、やがて逆襲に転じる。
 
STOP THE WAR!
NO NUCLEAR WEAPONS!

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●承前● 【俳優のことば】――蒼井優さん

「戦争がよくないことは、誰もがわかっていることなのに、自分が生きている間に戦争がなくなるのだろうか、と思うこともあります。結局、政治に興味をもって選挙にいくしか一個人としてはできない」

*朝日新聞2021/8/7付のインタビュー記事より
(↑)NHK終戦ドラマ「しかたなかったと言うてはいかんのです」の一場面
終戦末期、米兵の捕虜を生きたまま解剖実験を行ない8名を死亡させた「九州大学生体解剖事件」をドラマ化した「しかたなかったと言うてはいかんのです」(2021年8月13日NHK放送)で、首謀者ではないが絞首刑判決を受けた医師の妻を蒼井優さんが演じた。 この戦争犯罪は「海と毒薬」(遠藤周作原作/熊井啓監督/渡辺謙、奥田瑛二出演/1986年)でも重厚に描かれている。

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<漢江>が主役に躍り出た!

さて、韓ドラやKシネマで<漢江>を強く意識させられたのは、その名もズバリ、「グエムル~漢江の怪物」「パラサイト」ポン・ジュノ監督作品、2006年)。
 
名優ソン・ガンホペ・ドゥナ<漢江>の河辺の草地を這い、<漢江>の側溝を駆けずりまわり、得体の知れない怪物と格闘する、ラストまでハラハラドキドキのサスペンス劇です。

(↑)<グエムル>に拉致された姪の行方を追って、<漢江>の橋の下を疾走する、ペ・ドゥナ

原題は「グエムル」「怪物」のハングル表記)――このタイトルだけでは、日本の配給会社も、なんのことか分からないと思ったのでしょう、サブに「漢江の怪物」という邦題をつけたのが大ヒットの要因だったように思えます。

ペ・ドゥナという俳優

(↑)アーチェリー全国大会でメダルを獲得した長女(ペ・ドゥナ)は<グエムル>に火矢で立ち向かうのだが……
(↑)アーチェリー大会の試合後、授与されたメダルを携えて<グエムル>の犠牲者たちを追悼する式場に駆けつけたときのペ・ドゥナの表情。演技以前の心底悲しみにくれているような、真に迫るものがあった

ここで突然ですが、ペ・ドゥナさんは<note>でも大人気で、わたしも特集コーナーをそのうち作りたいと思っていたくらい。
 
ペ・ドゥナの出演作を初めて観たのは、映画「ハナ 奇跡の46日間」(2012年)でした。
朝鮮半島の南北統一チーム(「チームコリア」)が初めて結成され、1991年に千葉県で開かれた世界卓球選手権大会に参加したときの実話をもとにした作品ですが、ペ・ドゥナは北朝鮮選手団のエース役を演じました。
 
ご覧になった方も多いと思いますので、くわしくは触れませんが、ペ・ドゥナは試合が終わったあと、韓国側の選手(ハ・ジウォン)から韓国に来ないか(つまり亡命)と誘われます。
そのときのペ・ドゥナのセリフが今でも忘れられません。

(↑)ペ・ドゥナ(左)は北朝鮮の監督・コーチなどの厳しい監視に苦しめられ、一方で豊かで自由な韓国の実情に選手を通して触れ、韓国に憧れさえ抱くが、悩んだ末に望郷の念を韓国のエース(ハ・ジウォン)に打ち明ける。この場面で、ユニフォーム姿とカジュアルなスタイルという二人の服装の対比に南北の格差を感じさせられた

ペ・ドゥナは、千葉の海岸をバックに、こう答えたのです。(うろ覚えですが)
 
――“韓国に行ってみたいけど、私の帰るべき祖国は家族が待つ北なの”
 
長身ながらスポーツ選手には似つかわしくない貧血ぎみの顔で、しかもボソッとした口調ながら自分の意思はきっぱりと伝える――この独特のスタイルは、「秘密の森」(2017年)でも、刑事として捜査タッグを組む検事役のチョ・スンウ(連続ドラマ「馬医」[2012年、全50話]で主演)を相手にいかんなく発揮されていました。
 
「ハナ――」ペ・ドゥナはW主演のハ・ジウォンよりも印象に強く残っていたので、「グエムル――」を観たとき、今度は卓球からアーチェリーの選手かとなんだか妙に感心してしまったのですが……。(「秘密の森2」「静かなる海」など最近の作品は残念ながら未見

(↑)高級マンションに暮らす専業主婦(ペ・ドゥナ)の日常を淡々と描いた「チャンオクの手紙」のハイライトシーン。「82年生まれ、キム・ジヨン」チョン・ユミ主演、2019年)のようなジェンダー作品ではないものの、寝たきり介護の義母との会話の応酬は心に刺さった

ペ・ドゥナについてはポン・ジュノ監督の長編デビュー作「ほえる犬は噛まない」(2000年)や、是枝裕和監督の「空気人形」(2009年)、岩井俊二監督の「チャンオクの手紙」(2017年)など、お話したいことが山ほどありますが、このへんにして、またまた突然ですけど、「ハナ――」には、<チームコリア>の北朝鮮選手団の一員としてハン・イェリさんも出演していることに最近気づいたのです。

(↑)前列の左から2番目がハ・ジウォン、その右隣がペ・ドゥナ、そして右端がハン・イェリ

ハン・イェリという俳優

ハン・イェリといえば、アカデミー賞受賞作「ミナリ」(2020年)の重要な役どころで、すでにハリウッド出演作もあるペ・ドゥナに並び、すっかり国際的なスターとなりました。

(↑)純粋だが頑固一徹の夫に従い、アメリカ中部の荒れた土地に移り、開墾農民として再出発するが、生活の困難さに、ハン・イェリ演ずる妻は夫と対立してしまう。<ミナリ>とは野菜の「芹」(せり)のことで、最後は一家に幸福をもたらす。(「ミナリ」の一場面より)

「ザ・ネゴシエーション」(2018年)と「愛の不時着」(2019年)で共演したヒョンビンと本当にゴールインしてしまったソン・イェジン(その容姿だけでなく、「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」2018年、「ラスト・プリンセス――」2016年、「私の頭の中の消しゴム」2004年の演技はいずれも際立っていた!)のクラスに比べれば地味な存在かもしれませんが、ハン・イェリペ・ドゥナの二人の演技たるや、微妙に揺れる心理表現に長けた、<内面派>の俳優だと思っています。
 
密航者たちの重苦しく描写もハードな実話映画「海にかかる霧」ポン・ジュノ製作・脚本、2014年)の演技のほか、ドラマでは「緑豆の花」(2019年)で、朝鮮統治を目論む日本国の暴虐な侵攻に対し愛国の義侠心を発揮する商人を演じ、「私たち、家族です」スタジオドラゴン制作、2020年)では家族関係と恋人未満の男性に対する心の揺れを表現していて、どこかけだるそうでアンニュイなところなど、ペ・ドゥナの“妹分”と勝手に思っています。

(↑)家族っていったい何だろう――その問いを突きつけてくる「私たち、家族です」

「グエムル」の本筋からだいぶ横道にそれてしまいましたが、次回はもと来た道に戻ります。
 
 
(つづく)

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