見出し画像

私(横須賀 武彦)について

私は1952年日本の茨城県水戸市で生を受け、その後は親の都合で福島県を転々と引っ越しする生活をしていました。

小学校4年生の時に両親が離婚して、私は母親と共に母親の実家の敷地内にある車の車庫を改造したトタン屋根の家に4年ほど住んでいました。その後母の再婚に伴って勝田市(今の「ひたちなか市」)移り住みました。そこには高校卒業まで5年間住みました。

高校卒業後は母親に負担を掛けたくないと理由もあって自衛隊の音楽隊に入隊してフルートを専攻して4年間在籍しました。その後は恋人の妊娠出産を機に不本意でしたが、母の再婚相手の家業を手伝うために家に戻りました。

そこからはさまざまな職業を経験して、1997年3月まで日本の茨城県の阿見町に住んでいました。

1997年4月からバンコクに工場長として渡タイしてから、そのまま日本に帰らずタイのバンコクに住み続けて26年超(2024年現在)になろうとしています。

そして合法的に長期タイ滞在できるように2004年10月にバンコクで起業して現在に至ります。

2006年以降は主にSRS(性別適合手術)や代理出産、卵子提供、精子提供などの医療仲介(エージェント)そして個人起業支援などで活動してきました。

2017年以降はタイ人妻のAew(2006年結婚)に会社代表を譲ってアドバイザーとしてあまり表舞台には出ず自宅兼事務所でPCを相手に過ごしています。

2021年1月初旬にラクナ血栓(軽い脳血栓)を発症して、毎日薬を6錠(5種類)服用する生活になってしまいましたが、日々の食事に気をつけて私が名付け親でもある外孫のJunya(男子)とJunko(女子)が成人するまではなんとか頑張ろうと思っている今日この頃です。

私の好きな言葉

人間万事塞翁が馬

【意味】 塞翁が馬とは、人間の吉凶・禍福は変転し、予測できないことのたとえ。また、だから安易に喜んだり悲しむべきではないということ。

私はこの言葉の意味を聞いた瞬間に、くよくよ悩むことはまったく時間の無駄であると悟りました。

一期一会

生涯に一度と思って出会いを大切にして、出会いも別れも定めであり自分の思いどおりにはならない事と心に刻みました。

下の動画は1992年阿見吹奏楽団第11回定期演奏会をつくば市のノバホールで行ったときの私(横須賀)のフルートソロ部分をVHSテープから抜粋したものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?