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【第5回JWCSラジオ リンク記事】クジラ・イルカウォッチングをする前に知っておくべきこと


 12月23日に配信されたJWCSラジオ《生きもの地球ツアー》の第五回放送、
『安全なイルカ・クジラウォッチングとは?』
聞いていただけましたでしょうか。


 本記事は、第五回放送とのリンク記事です。まだお聞きになられていない方は、ぜひお聞きください。このブログでは、ラジオでお話ししたクジラ・イルカウォッチングについて、さらにお話ししていきたいと思います。

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 イルカやクジラを直接観察する方法を大きく分けると、陸からの観察と海からの観察があります。
 ガイドの笹森さん(酪農学園大学特任准教授・日本クジライルカウォッチング協議会会長)がラジオ内でお話ししてくださったように、海辺から望遠鏡を使って探していると、時たまクジラやイルカが見えることがあるそうです。この方法だと、望遠鏡さえあれば観察できますね。

 また、従来から人気であった船上での観察方法です。陸からの観察に比べ、より近くで鯨類を観察できることができます。しかし、船上から観察をしていたとしても安全とは限らず、船が野生のクジラに追突したり、またはクジラが船の上に乗り上げたりする事故など、死亡事故も含め多く起こっています [1]。この「近くでの観察」は、安全で適切なものでないと、我々人間にとっても、鯨類にとっても危険を伴います。


 さらに近年は、野生のクジラやイルカと一緒に泳ぐツアーなどが各国で実施され、人気のツアーとなっています。しかし、野生の鯨類とより近くで触れ合うこのツアーは、大変危険であることが多くの研究者や専門家も危惧しており、笹森さんもラジオ内で懸念を示していました。


 特に子クジラがそばにいる場合の母親クジラは、一緒に泳ぐツアーの観光客に対し、子を守ろうと攻撃的になることがわかっています [2]。オーストラリアのオーストラリア西海岸のリンガルーリーフは、鯨類やサメ、ウミガメなどの海洋生物と、シュノーケリングなどを通して直接触れ合う「一緒に泳ぐツアー」が有名で、多くの観光客がこのツアーに参加してきました。とりわけ、ジンベイザメと泳ぐツアーに参加した観光客数は、20年前と比較すると2020年は約6倍にまで増加しています [3]。しかし2020年8月に、1週間の間に合計3人が子を連れたザトウクジラにヒレで叩かれるなどして大怪我を負う事故がありました [4]。

 このリンガルリーフの海洋公園やミューロン諸島の海洋管理区域では、2024年までにザトウクジラと泳ぐためのツアーを登録制の観光産業にするために、2016年から2023年までテストとしてツアーが実施されています。登録されているツアー会社のみがこのテストツアーを実施でき、船にはモニタリングシステムが搭載されていることや、西オーストラリア州の法律でクジラの100m圏内で泳ぐことが禁止されていることなど、生物多様性保全観光資源局(Department of Biodiversity, Conservation and Attractions : DBCA)によって監視・管理されています [5]。それにも関わらず、クジラに近づきすぎたために悲惨な事故が連続で起こってしまいました。このように、法律により接近距離や接近角度などの詳細なルールが定められていても、自然環境や野生生物はコントロールができないゆえに予測がつかず、防ぐことが難しいです。ツアー会社はもちろんのこと、観光客も危険性や危機管理能力、海洋生物の知識が不可欠です。

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 また事故が起こらずとも、船や鯨類の周りを泳ぐ人々の存在が、鯨類の行動に悪い影響を与えていることも知られています。例えば、船の存在やその船の数が多いほど、また船がそばにいる時間が長いほど、ザトウクジラの泳ぐ速度の増加や遠回りのルート選択、また呼吸回数の増加などが最近の研究で報告されています [6]。

 ハワイではハシナガイルカと一緒に泳ぐツアーが人気でしたが、このツアーによる過度な人間との接触でイルカがストレスを受けていることや、生態や行動が変化していることが、専門家や研究者から長年懸念されていました。これを受け、ハワイ政府は海洋哺乳類保護法(the Marine Mammal Protection Act)により、46メートル以内の接近を禁止するなどの新規制を2021年9月末に発表、翌月施行され、至近距離で一緒に泳ぐツアーを実質禁止にしました [7]。
 アメリカ海洋大気庁(NOAA)はこの規制を受け、「野生のハシナガイルカと泳ぐべきではない6つ理由」として、人々との接近や接触がいかにハシナガイルカの行動生態に悪い影響を及ぼしているかを解説しています [8]。

そこでは、

① ハシナガイルカは岸に昼間休息しにきているため、接近・接触によりこれらの休息を邪魔し得る
② ハシナガイルカは睡眠中であってもゆっくりと泳ぎ、脳の半分を交互に休息させている(半球睡眠)
③ 休息の邪魔は、海洋哺乳類保護法により禁止されている「嫌がらせ」にあたるため、違法である
④ 人々との頻繁な接近は、繁殖率の低下や警戒行動の低下など、行動や生態に負に影響する
⑤ 捕食者の少ない岸に休息しにきているが、人々を避けるためにより危険な場所で休息しなければいけなくなる
⑥ イルカが「フレンドリー」と思われる行動の中には、実際は動揺を示す行動や攻撃行動がある
*[8]を翻訳・要約

と書かれています。

 日本では、ハワイのような接近距離などの法律はいまだありませんが、観察している私たちや海で暮らす野生生物にとって、安全で適切なウォッチングであるために、笹森さんは日本クジライルカウォッチング協議会にて、日本でのイルカやクジラウォッチングの際のルール作りに注力されています。クジライルカウォッチング協議会のホームページでは、イルカやクジラのウォッチングポイントや観察ができる種などが掲載されていますので、ぜひご覧ください。
 
 

【最後に】


 笹森さんがラジオ内でおっしゃるように、クジラやイルカは私たちに対し親しく、寛容である優しい動物であるというような認識がされていることが多いです。しかしイルカやクジラも野生の世界で暮らす野生動物。予測不可能です。自然が好きゆえに行う自然の中でのアクティビティが、実際はその自然を破壊してしまっているということが問題視されています。特にこの数年で英語圏の観光業を中心に、皮肉をこめて「loving nature to death(死ぬほど自然が好き)」という用語を使って問題提起されています。実際に、塗装されていない山などでのオフロードでのドライブやサイクリング、ハイキングなど、絶滅危惧種の植物の危機になっていることも研究で明らかにされています [9,10]。
 野生のイルカやクジラを観察する際は、それらの行動や生態に影響を与えないように配慮しなければいけません。イルカやクジラウォッチングをする際には、海洋生物と人々の安全を守り、適切な環境・距離・装備・設備で実施しているツアー会社を利用し、野生生物や自然の美しさを堪能してください。

 また、2022年1月15日に海底火山の噴火が起きたトンガ沖は、イルカやクジラが多く遊泳し、イルカクジラウォッチングで有名でした。噴火によって起きた津波の影響で、トンガ沖の海底ケーブルが損傷し、現地との連絡が取れないなど被害の把握もいまだ進んでいません。そのため、トンガ沖に生息していた海洋生物の状況は1月22日現在まだ報告はありません。しかし、この海底火山の噴火による津波の影響で、1万キロほど離れたペルーの海岸で船からの原油流出があり、油まみれの海鳥や海洋生物が浜辺に流れ着いているのが確認されています [11]。 この原油流出が「自然災害」であるかどうかは議論されていますが、今回の噴火による海洋生物への被害が最小限であることを願うばかりです。


【引用】
[1] N. Mortillaro, Accidents involving whales rare but incidents can be dangerous, Glob. News. (2015). https://globalnews.ca/news/1878505/accidents-involving-whales-rare-but-incidents-can-be-dangerous/ (accessed January 23, 2022).
[2] T. Barra, L. Bejder, M. Dalleau, S. Delaspre, A.E. Landes, M. Harvey, L. Hoarau, Social Media Reveal High Rates of Agonistic Behaviors of Humpback Whales in Response to Swim-With Activities off Reunion Island, Tour. Mar. Environ. 15 (2020) 191–209. https://doi.org/10.3727/154427320X15960647825531.
[3] M.A. Vanderklift, R.C. Babcock, P.B. Barnes, A.K. Cresswell, M. Feng, M.D.E. Haywood, T.H. Holmes, P.S. Lavery, R.D. Pillans, C.B. Smallwood, D.P. Thomson, A.D. Tucker, K. Waples, S.K. Wilson, The oceanography and marine ecology of ningaloo, a world heritage area, Oceanogr. Mar. Biol. 58 (2020) 143–178. https://doi.org/10.1201/9780429351495-4.
[4] Marta Pascual Juanola, “No freak accident”: Scientists flagged concerns with Ningaloo humpback swimming tours as early as 2015, WAtoday. (2020). https://www.watoday.com.au/national/western-australia/no-freak-accident-scientists-flagged-concerns-with-ningaloo-humpback-swimming-tours-as-early-as-2015-20200819-p55n6w.html (accessed January 22, 2022).
[5] Australian National Guidelines for Whale and Dolphin Watching, 2017. https://www.awe.gov.au/sites/default/files/documents/aust-national-guidelines-whale-dolphin-watching-2017.pdf.
[6] A.R. Schuler, S. Piwetz, J. Di Clemente, D. Steckler, F. Mueter, H.C. Pearson, Humpback Whale Movements and Behavior in Response to Whale-Watching Vessels in Juneau, AK, Front. Mar. Sci. 6 (2019) 1–13. https://doi.org/10.3389/fmars.2019.00710.
[7] もうハワイでハシナガイルカと一緒に泳げない、米当局が禁止, CNN. (2021). https://www.cnn.co.jp/travel/35177370.html (accessed January 23, 2022).
[8] Six Reasons Why You Should Not Swim with Wild Spinner Dolphins, NOAA. (2021). https://www.fisheries.noaa.gov/feature-story/six-reasons-why-you-should-not-swim-wild-spinner-dolphins (accessed January 23, 2022).
[9] H. Hernández-Yáñez, J.T. Kos, M.D. Bast, J.L. Griggs, P.A. Hage, A. Killian, M.I. Loza, M.B. Whitmore, A.B. Smith, A systematic assessment of threats affecting the rare plants of the United States, Biol. Conserv. 203 (2016) 260–267. https://doi.org/10.1016/j.biocon.2016.10.009.
[10] G. Popkin, Nature Lovers May Risk Loving Nature to Death, Insid. Sci. (2016). https://www.insidescience.org/news/nature-lovers-may-risk-loving-nature-death (accessed January 23, 2022).
[11] Peru oil spill after Tonga eruption an “ecological disaster,” BBC News. (2021). https://www.bbc.com/news/world-latin-america-60063492 (accessed January 22, 2022).



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