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「アイデアのたまご」を大量生産するフレームワークで新たな価値を創造する


「インサイト」に基づくアイデアが求められる現代

「アイデアを産むためにリサーチを行う」という発想に、猛烈な嫌悪感を示す人が比較的多くいらっしゃいます。スタートアップ界隈では、その拒否反応が顕著かもしれません。

折しも「リーンスタートアップ」全盛時代。悩んでいるぐらいなら、まずは作ってしまい、その後にグロースさせれば良いだろう、と考えている人は多いのではないでしょうか。

中には、スティーブ・ジョブズの過去の名言(以下枠)を持ち出して「ユーザーは現在の延長しか想像できない。それは未来ではない。しかし、アイデアとは未来なんだ」と否定する奴もいます。8年くらい前の私ですね。

フォーカス・グループの結果を受けて製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せられるまで、自分は何が欲しいかわからないものだ。
1998年5月25日号「ビジネスウィーク」誌より

私も、さっさと作った方が良いという意見には完全に同意します。モノであってもサービスであっても、とにかく触って体験しなければ「凄さ」は伝わらないからです。

しかし、作るだけなら誰でもできます。幼稚園児ですら、積み木を積み上げたり粘土を捏ねたり、果てない創造力で意味不明の何かを作り上げます。

ただ作れば良いのではなく、喜んで使ってくれる多くのユーザー、そして持続可能性ある収益を稼ぎ出すビジネスモデルを練りこんだモノやサービスでなければなりません。

当たり前ですが「何を作るか?」が重要ですし、そのためのアイデアとなると難しい。

特に「喜んで使ってくれる多くのユーザー」を獲得するためには、「だいたい良いんじゃないですか」と感じながら日常を過ごしている消費者に「これが必要でしょう?」と提示し「そうそう!」と言わせる"インサイト"が必要になります。

昔は、これが無くて困る!死ぬ!なんて「時代」があったかもしれません。ですが、今はこんなに豊かになって、ニーズも枯れ果てて、もう「これが無くて困ってます」なんてないけど、そんな時代もあったねと、いつか話せる日がくるわ(©中島みゆき大先生)。

ただし、欲しくないものを無理やり買わせるのも間違っています。広告宣伝で「これ持ってない奴は遅れている!」と消費者をけしかけるようなマーケティングは持続可能性に欠けます。脱社畜とか、消費者を不安に貶めるのもダメです。

必要なのは、消費者の隠れた心理を明らかにするインサイト、そしてインサイトに基づくいたアイデアです。インサイトの大家であるデコムの大松孝弘は「欲しい」の本質で次のように述べています。一部、抜粋します。

インサイトは「人を動かす隠れた心理」と定義されます。
人間の心の中にあるさまざまな心理。その中で、人を動かす、言い換えればその人に変化をもたらすことに結びつく心理、を指します。
「人を動かす」なので、たとえば「ブランドAのインサイト」であれば、そのAを買ってもらうことや、Aを好きになってもらうことに関係する心理、ということになります。あくまでAに関わることであることが、インサイトの前提です。
(略)
重要なポイントは、「隠れた心理」という部分です。
消費者が普段、意識していない心理、あるいは、消費者自身も気がついていない無意識の領域の心理。これらに着目することで、顧客を動かすことができる。こうした「隠れた心理」に焦点を当てるのが、インサイトの考え方です。

もっとも、消費者の中に隠れている心理に焦点を当てて考えるぐらいなら、まずは作ってしまったほうが100倍楽だと考える人は意外と多いかもしれません

なぜなら、消費者の中に隠れている心理を見つけるのに手間と時間がかかるからです。デコムだと3ヶ月程度要します。隠れた心理なんて以下の氷山の絵のように、見えない部分が大半です。見えない部分を見ようとするのですから、手間も時間もかかって当然です。

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加えて、インサイトをどうやって見つけるのか体系立てた手法が殆どありません。各社手探りです。自社のみで完結して実践できている企業は、日本だとP&Gなど数社ではないでしょうか。

それに何百回と作り続けたら、まぐれで当たるかもしれません。そうなるとインサイトなんて不要です。例えば我らのメルカリは、作るのも早いですが撤退するのも早い(正確にはグループ会社のソウゾウですね)。当たるまで何百回と作り続けている例ですね。

世間では「メルカリさすが」「動きが機敏ですね」と賞賛の声が多いようですが、私は「隠れた心理に焦点を当てて考える作業を省いている会社だ。人の欲求や不満と向き合う力が無くて、とりあえずプロダクトを作っちゃうパワープレイの会社なんだなぁ」と、むしろガッカリしています。

もちろん、そういう会社の方が大多数です。少し意地の悪い言い方ですが、私はインサイトを見ずに商品開発をする会社を「消費者に向き合う勇気が無い」と表現しています。


優れたインサイトはオポチュニティから生まれる

良いアイデアを生みだすためのインサイトを見つけるために、もっとも必要なのはリサーチです。「アイデアを産むためにリサーチを行う」のは、方法さえ正しければ、遠回りに見える近道だと言えます。

ちなみに、どういう枠組みでインサイトを発見していくのかは、以前に投稿したnoteが参考になるやもしれません。また今後、どのようなリサーチでインサイトを見つけるのかはnoteに投稿する予定です。
自社製品が売れない!もうサジ投げた!って時に知るべきインサイトの話
https://note.mu/jyaga0716/n/n69ac7280bee5

もっとも、いきなりインサイトは見つかりません。砂漠の中に隠れた一滴の水を探すのと同じで、手ぶらで砂漠に足を運んでも迷子になってゲームオーバーです。

まずは「オポチュニティ」を見つけます。オポチュニティとはインサイトのあるおおよその方角、充たされていない欲求を充してくれる新しい価値の領域を示す道標みたいなものです。オポチュニティが見つかれば、インサイトは見つかりやすいでしょう。

優れたアイデアを見つけるためのインサイトを見つけるためのオポチュニティが必要。遠回り過ぎて意味不明だわ、って人もいると思います。

オポチュニティは、既にあるブランドやサービスのリニューアル(今あるものをより良く)にも使えますし、新たになんらかのサービスを提供する(0から何かを始める)のにも使えます。結構、汎用性が高い方法です。


オポチュニティの作り方

オポチュニティを作るのに必要なのは、既存価値年表と新奇事象です。それぞれの作り方は、以下で説明した通りです。

オポチュニティは、以下のフレームワークを使って生み出します。これはデコムでも実際に使っている、現役バリバリのフレームワークです。

仮に炭酸飲料のオポチュニティを作るとして、作り方を順に説明していきます。

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①まず始めに、何のオポチュニティを作成するのか決めます。

オポチュニティは「これまで提供していない新たな価値領域の発見」がゴールなので、炭酸水ブランドAのオポチュニティなど極めて狭い内容を定義せず、炭酸飲料カテゴリのオポチュニティぐらいに留めた方が良いでしょう。


②次に、①で決めた領域の新奇事象を収集します。

炭酸飲料に関する新奇事象を収集します。人間を幅広く見るため、生活14カテゴリに沿って「恋愛・友人関係」「家事・家族ケア」「食べること・飲むこと」などの観点に立って新奇事象を収集します。


③作成した新奇事象を俯瞰してピックアップし、気付きを書きます。

新奇事象を紙に印刷して机の上に並べてみると、行動の根っこにある価値が同じに見えたり、行動自体が面白くて十分にアイデアになったり、色々な気付きが得られます。

なぜこんなことをやっているのだろう? 何を求めた行動なのだろう? という疑問は尽きないでしょう。(むしろ、そういう疑問が尽きないような新規事象を作りましょう)

以下のような観点で1枚以上の新奇事象をピックアップして、得られた気付きを書き留めて下さい。

・自社ブランド/当該カテゴリが提供していない価値領域がありそうな行動を起こしているか?
・自社ビジネスで解決できそうか?
・人間の潜在的な不満、満足、未充足が隠れているか?

例えば私の場合、以下の新奇事象をピックアップしました。

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(コメント)
・言い訳爆食い。
・〆パフェブームしかり、〆◎◎というニーズはこれからもありそう。〆の炭酸水で酔いも吹っ飛ぶ爽快感?
・これさえ摂れば大丈夫、という言い訳で安心感を得たい。


④コメントを元に、既存路線・新規路線を考える。

コメントを起点に「こういう価値領域って求められていそうだけど、なかなか解決していないよね〜」という新路線を書きます。

この時、重要になるのが既存路線です。これまでどういう価値領域が提供されていたか明らかにした上で「だから、この路線は新しい!」と言えないと単なる二番煎じか、或いはどこかで聞いたような話の焼き直しになります。

例えば、新規事象を踏まえて以下のような感じはいかがでしょう。

【既存路線】
強炭酸を直飲みして一気に健康的なリフレッシュ

【新路線】
「これさえ飲めば大丈夫」
飲み会の〆は強炭酸で二日酔いも吹っ飛ばす

強炭酸の中にクエン酸と有機酸が含まれていたら、余計に二日酔いに効きそうですね。

既存路線と新規路線を考える際、他のカテゴリでは「既存」でも、当該カテゴリでは「新規」になる可能性があります。

例えば、仕事における「働き方改革」はもう既存です。家事でも「働き方改革」は既存かもしれません。

しかし、学校の部活の「働き方改革」なら、ちょっと「新規」っぽくないでしょうか。中高生の間では「ゆる部活」という言葉があるらしく、別に地区予選突破とか目標にせず適度な運動のための部活という意味だそうです。十分に新奇性があると思います。

決して単語だけで既存と反応しないようにしましょう。


オポチュニティ例(オーラルケア全般)

ここで、私とデコムのインサイト分析チームが作ってみたオポチュニティをご紹介します。

まずは、歯が痛いのがずっと気になっているので、オーラルケア全般のオポチュニティを想定してみました。

選択した新奇事象は以下の通りです。

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(コメント)
・18歳から始めるボケ防止。10代から始めるアンチエイジング。
・手先が自在に動くのは若々しい証拠。
・ボケたくない、老けたくないという欲求は誰もが持つ。対策は手先、足先。それだけ?


この新規事象から、このようなオポチュニティを作ってみました。


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今までのオーラルケアは、口臭・悪臭・虫歯…口の中の雑菌やバイ菌に注目して、いかに菌を殺すかに注目してきました。いわば「どれだけ菌を殺せるか?」大会の優勝者を殺菌力の観点から競っていました。

一部、白い歯を保つための分科会が行われていましたね。芸能人は歯が命。

そうではなく、殺菌力を競う大会から、歯磨きで手先を動かして口から脳に刺激を与える大会にチェンジするのは面白いんじゃないかなー、と感じました。オーラルケアブランドのビジネスで解決できそうで、当該カテゴリが提供していない価値領域がありそうではないでしょうか。


オポチュニティ例(制汗剤・消臭スプレー)

続いて制汗剤・消臭スプレーで考えてみます。

ジムで筋トレしていると、戦後すぐのDDT散布か!とツッコミたくなるくらい消臭スプレーを振り掛けている人がいます。嫌な臭いも特にしないのですが、気になる人は気になるようです。

汗は「臭い」「汚い」の代名詞になっていて、だからこそ制汗と呼ばれるようにコントロールしたいという欲求は強いのでしょう。果たして、その方向だけで良いのでしょうか?

選択した新奇事象は以下の通りです。

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(コメント)
・汗は内側から出てくる。
・身体を動かして「爽やかな汗」「良い汗」をかきたい。
・爽やかな汗、良い汗、いずれも主観でしかない。


この新規事象から、このようなオポチュニティを作ってみました。


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今までの制汗剤・消臭スプレーは、臭=悪として、いかに汗を抑えるか、消すかに注目してきました。いわば「どれだけ汗を殺せるか?」大会の優勝者を制汗・消臭の観点から競っていました。

そうではなく、制汗・消臭を競う大会から、汗を良いもの、自律神経を整えた成果の大会にチェンジするのは面白いんじゃないかなーと感じました。

ちなみにオポチュニティを作る段階では「実現可能性」という名のバイアスから抜け出すようにしましょう。自律神経を整えるスプレーなんて実現するの?と言ってしまうと、アイデアは閉じてしまいます。


オポチュニティからインサイトへ

「口から脳に刺激を与え頭の働きまで正常化する」というオーラルケアのオポチュニティも、「綺麗な汗をつくる」という制汗剤・消臭スプレーのオポチュニティも、既存価値年表と新規事象があれば大量に作れます。

ただし、オポチュニティだけではアイデアとして不十分です。情報量としてはリッチとは言えません。アイデアのたまごは生まれたけど、まだ実がなっているとまでは言えません。

なぜなら、ここから直接アイデアを導こうとすると、制汗剤・消臭スプレーなら「汗はベタベタのままでもいいの?サラサラにしたほうがいいの?」「無香料の方が綺麗な汗っぽい?」「容器は?」など疑問が尽きません。

たぶん、こんな感じで良いだろう…と担当者の思いつきのままで進めてしまうと、消費者が求めている新しい価値を具現化できない惜しい商品が生まれてしまう可能性が非常に高い。

アイデアのたまごは生まれたのに、もったいないですね。

そこで、生まれたオポチュニティを主にWEBリサーチにかけて、インサイトを具現化・深堀りしていくのですが、それはまた、別のお話…©森本レオ。


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