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競合分析フレームワーク「Points of X」で鳥貴族を復活させる仮説を考える

大阪が生んだ奇跡の居酒屋「鳥貴族」の元気が無いようです。

私も嫁も「鳥貴族」が凄く好きで、日本橋界隈に住んでいた頃は近所の店に月3で通っていました。そう言えば以前は必ず10分程度待っていましたが、最近はスムーズに入店できたので、内心「むむっ?」と思っていました。

なるほど、以下の2019年6月の月次報告を読むと、客数減、客単価減、出店速度減少による全店売上高減の大問題が起きているようです。

※いい加減、noteはリンク先のタイトルを変えられる機能実装しなはれ。タイトル未設定はその通りだけど、この見え方はダサい。

中川家の礼二さんがよくモノマネするネジ工場の岩本さんが住んでいる東大阪市は俊徳道から店の歴史が始まり、全国展開する今でも本社を大阪市の芦原駅近くに構えている。まさに大阪が誇る大阪の会社であります。

大阪人として、この状況を黙って見ているわけにはいきません。

マーケティングの力を使って「鳥貴族」がさらに活性化するご支援をしたいじゃないですか。

そこで今回は、対競合ポジショニングを決めるフレームワーク「Points of X」を使って「鳥貴族」のスゴイところを再発見し、最大限に活かす案を考えたいと思います。

ちなみに「Points of X」とは、ケビン・レーン・ケラーが1997年(日本語訳2000年)に刊行した「戦略的ブランド・マネジメント」で紹介したフレームワークであり、差別化戦略にかなり有用です。

ただ、私自身は「Points of X」の考え方をP&Gにおいてグローバルのバイスプレジデントを務めた伊東正明さん(現:吉野家 常務取締役)から習いました。伊東さんが主催されている伊藤塾を受講では「Points of X」含め様々なマーケティングの思考・フレームワークを学べます。

ちなみに今度は北海道で開催されるようで、興味がある方は申し込みされると良いでしょう。


「Points of X」とは?

「Points of X」(以下POXと表現)とは対競合におけるポジショニングをDifference、Parity、Failureの3つの観点で考えるフレームワークです。

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簡単に言ってしまうと「Difference」なので差別化戦略の1つなのですが、特徴的なのは過度な差別化を防ぐために「Parity」「Failuer」を設けている点です。

Parityとは「そのブランドを選ぶ理由にはならないけど、無ければ買わない理由」を意味しています。他ブランドと比較して、無いと選ばれない価値だと考えれば良いでしょう。

Failuerとは「そのブランドを選ばない理由」を意味しています。他ブランドと比較して、あると選ばれない価値だと考えれば良いでしょう。

Differenceで差別化しつつ、ParityやFailuerで同質化を図る。右手と左手で違うことをしているのに目的が同じ。そこが面白いところです。

例えば、ある牛丼屋Aが「うちの店は、他の牛丼店と違って、松坂牛だけで作った2000円の豪華牛丼がメインです!」と宣伝したとします。他の牛丼とは違う高付加価値を訴えるのは差別化戦略として悪そうに思えません。

そうした宣伝を、消費者の立場になって考えてみましょう。お昼ご飯を食べるシーンを想定して下さい。

牛丼屋で肉でもパパッと食べますかと考えた時、想起するのは吉野家、すき家、松屋…残念ながら牛丼屋Aが登場しませんでした、というのは非常によくある話です。

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なぜなら「2000円の豪華牛丼」という過度な差別化のおかげで、牛丼屋Aは「パパッと食べる牛丼カテゴリ」から外れてしまったのです。消費者の中にあるParityが無くなってEvoked Set(想起集合)から外れたと考えるべきでしょう。

もしかしたら「高くて美味しいんだけど普段使いじゃないよね〜」という理由で「ハレの日用カテゴリ」に移ってしまったのかもしれません。

そうなると悲惨です。消費者が「ハレの日用カテゴリ」に入れてしまったなら、近所の鰻屋や寿司屋が競合になるのに、いつまでも店側は「競合は牛丼店!」と考えているからです。

「吉野家さんみたく割引クーポン配りますか?」なんて実施したなら、消費者は「鰻屋や寿司屋ではクーポンなんか無いよね。なんかイケてない」と判断し、足が遠のき、結果的に閉業という憂き目に遭う可能性があります。

つまり差別化戦略において重要なのは、競合とは違う=「相違点」を設けるだけでなく、特定の業界カテゴリにおいてブランドを認知して貰うために競合と同じ=「類似点」を設け「脱落点」を無くすことなのです。


POXを活用して、競合のPODを奪う

PODについては米国Wikipediaにページが設けられているので是非参照して下さい。相違点と類似点については「a balance of differentiation and association」と記載され、要はバランスが大事なんだと痛感します。

POXフレームワークの活用方法は「これだ!」という競合を定めると、もっとも簡略化した6マスの中で、何を真似して(Parity)、どんな差別化を行い(Difference)、そしてかつ相手を袋小路に落とすか(Failure)を考えられる点にあります。

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仮に、あなたが街の牛丼屋B(並盛り1杯税込380円)だったとします。そこに先ほどの「2000円の豪華牛丼」でお馴染みの牛丼屋Aがカチコミに来たとしましょう。

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さぁ、どのようにして牛丼屋Aと戦うべきでしょうか。私ならこうやって迎え撃つ…と考えたのが以下図です。

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牛丼屋Aの「高くて美味い」は当たり前です。味と真正面に向き合っても仕方がありません。しかし「美味しさ」には多様性があります。「コスパが良い」もその1つではないでしょうか。

「この値段でこの味? コスパ最高やん! 美味しい〜!」

2000円の味には敵わないけれど、380円とは思えない美味しさが担保できるなら、コスパで味と勝負できるはずです。"値段なりの美味しさ"が「そのブランドを選ぶ理由にはならないけど、無ければ買わない理由」であるPOPとなります。

そこで牛丼屋BのPODは「牛丼屋にしては安い」として、牛丼屋AのPOFが「牛丼屋にしては高い」となるようマーケティングを実施します。「高くて美味しいは当たり前、美味しいもんは安くないと」とか言いましょう。

それまで2000円の豪華牛丼は強みだったはずなのに、高いから…という理由で脱落点となってしまう。強みと弱みは紙一重ですね。

競合ブランドと比較しながら自社ブランドのPOXを作る場合、なるべく競合ブランドのPODをPOPとして取り込み、自社ブランドのPODが競合ブランドのPOFになるよう新しく作るのが、もっとも綺麗なフレームワークだと私は勝手に思っています。

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ブランドマネージャーはPODの確立を最重要視していますが、"POPに競合ブランドのPODを持ってきて競争を無効にする技"も重要だと思います。


「俺のイタリアン、俺のフレンチ」で理解するPOX

理論だけだと頭に入らないので、実例を用いながら説明しましょう。

競合分析、競合優位性という単語で検索をして参考になる書籍を探していたら、ドンピシャを見つけました。

書籍のタイトルに「ぶっちぎりで勝つ競争優位性のつくり方」と記載されていますが、その名の通り、POXを学ぶにはもってこいです。「俺の〜」に行った経験がある人はご存知でしょうが、2011年に「俺のイタリアン新橋本店」を開店以降、名が名を呼んだ大人気チェーン店です。

立席をメインとして客の収容数を高めると同時に、客の回転を速めたおかげで、薄利多売を可能としています。その結果、一流のレストランで腕をふるっていた料理人が、高級食材を使いながらもリーズナブルな価格で料理を提供しており、人気を得ています。

一時は長蛇の列が並び、マスコミがそれを取材して、より一層の長蛇の列が…という「俺の」現象を巻き起こしていました。

書籍には以下のように書かれています。

「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」の重大な要素の1つは、3万円のフルコース料理をつくっていたシェフに、「客単価3000円の料理をつくってください」とお願いして、「はい」と言わせることにあります。

本文からわかるように、俺のイタリアン・俺のフレンチは、たった3000円だけで、3万円のフルコース料理をつくっていた3ツ星店在籍シェフの料理が食べられる点にあります。

元々の競合店は引き抜き元の3ツ星店だと思うのですが、圧倒的な競争優位性を確保していると思います。そこで「俺のフレンチ、俺のイタリアン」で、「対3ツ星店」におけるPOXを作ってみました。

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味は一緒なのに値段が10分の1。残り10分の9の値段の価値を「静けさ」「着席する」に求めるなら別ですが、そうで無ければ「俺の〜」が圧倒的に優位です。

しかも競合は3ツ星点に限りません。本書から抜粋します。

「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」は、30代からの女性が3人でやってきて、ワインを2本空けて、肉をガッツリ食べる。女性が英気を養うための空間です。

今で言うところの「女子会」みたいなものでしょう。本書が刊行されたのは2013年ですから、まだ加熱している最中だったでしょう。GoogleTrendでは「女子会」は以下のように推移しています。

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つまり「女子会」が開催されるようなお店も競合になります。そこで「俺のフレンチ、俺のイタリアン」で、「女子会が開催されるような、ちょっとおシャレな居酒屋」におけるPOXを作ってみました。

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同じ値段を払うなら、そこそこの味より三ツ星の味ですよね。

かなり安直な見方をしている面もありますが、POXの原理が伝われば幸いでございます。


鳥貴族のPOXは何だろう?

さて、ここからが本題です。鳥貴族のPOXを考えていきましょう。

そもそも鳥貴族の競合とはどこに当たるのでしょうか。真っ先に浮かぶのは「やきとり大吉」「やきとりセンター」「三代目鳥メロ」などの焼き鳥チェーンです。その次が「串カツ田中」「金の蔵」「晩杯屋」などの格安居酒屋チェーンです。最後が「吉呑み」などの安く酔える店です。

どこで、どの企業と戦うかは結構重要です。せめて、そのカテゴリで純粋想起の第1候補群には入っておきたいところ。

日本フードサービス協会によると、外食市場全体は6.5兆円、居酒屋・ビアホールだけでも1兆円産業だと言われています。ちなみに鳥貴族は2018年7月期の決算が339億円でした。

試しに、対焼き鳥チェーン店を想定してPOXを作成してみました。

HPなど色々と調べてみると、他の店に無いであろうPODを2つ見つけました。1つはセントラルキッチンを採用せず全て店で串打ちをしている点、もう1つは全ての食材の国産化に成功している点です。

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品揃えで差別化のしようが無いと思いました。何か作れば真似されますし、むしろ品揃えはPOPになるでしょう。

一方で、殆どのチェーン店がセントラルキッチンで串を刺してから搬送する中で、鳥貴族は店で刺しているので鮮度が違う。これは他チェーンが真似できないし、競合のPOFにもなりえます。

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さらに、違うPODを上げるとすると、鳥貴族は全メニュー100%国産品で揃えている点でしょう。国産品=高い、輸入品=安いというイメージですが、鳥貴族は企業努力で達成しているわけでシンプルに凄いと思いました。

問題は「口下手」なのか「うぬぼれ」ているのか、これら2つのPODが全く消費者に伝わっていないと思われる点です。

おそらく「全品国産の居酒屋と言えば?」「全品店で調理している居酒屋と言えば?」と聞いても、鳥貴族の名前はまず出てこないでしょう。ちょっとお高めのスローフードな店が上位を占めるはず。それで良いんでしたっけ?

鳥貴族のメニューを見ても、ポテサラに北海道産と明記されているだけ。鳥貴族側は、消費者に自社の価値を伝える意志を放棄しているようにしか思えないと私は思うのです。嫁は「ふーん、鳥はブラジル産かと思ってた」というようなリアクションです。

山芋は○○産と明記する、それが調達の都合上出来ないなら地域単位でメニューを変える、あるいはモスみたいに入り口に仕入れた食材の産地を書く、タッチパネルで紹介する。やり方は色々あるはずです。

私自身、月3回通っていながら「全品国産」とHPに書かれていて「そうだっけ? あー、そういやメニューのどこかに書いてたか」と薄っすらしか記憶にありません。況や、初めて行く人、久しぶりに行こうとする人をや。

ちなみに、今年の夏は期間限定メニューと題して「中華」をやるそうです。今お金かけるべきとこ、そこなんでしたっけ? と感じました。本来ならば「鳥貴族」というブランドの構築だと思うのです。

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もしかして「鳥貴族で中華はじめましただって〜。美味しそう、行こう〜」という新規顧客・再来訪のリアクションを期待しているなら、それこそ「うぬぼれ過ぎ」です。

想定されるリアクションは以下のように分布されると思うのですが、行った経験の無い人が「行く・注文する」に流れるでしょうか。

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そもそも鳥貴族に行った経験が無い人は、鳥貴族に興味が無いから行かないのであって、興味が無い店で新メニューが出来ても行きません。そもそも興味が無い店の情報なんて殆どの人が覚えていないでしょう。自分に関係無い情報ははなから削ぎ落とすように脳が設計されているのですから。大半の企業からの情報なんて右から左に…おっと、これって言っても良いんでしたっけ。控えておきます。頑張れムーディ勝山。

焼き鳥食べたいなぁ、或いはみんなでお酒飲みたいなぁ、しかも鳥貴族がいいなあという「Evoked Set」が上位なら有効だと思いますが、そうで無いなら恐らくは日高屋に行きますよ。

「イノベーションのジレンマ」「ジョブ理論」で知られるクリステンセン教授の「繁栄のパラドクス」にこんな一文があります。

ユニリーバのリプトン紅茶を想像してほしい。今日、リプトン紅茶のフレーバーは想像を絶するほどたくさんの種類がある。少なくともそう思わせるほど多い。抹茶ミント味からグリーンアイスティ味まで多彩なフレーバーを次々に開発し、既存のお茶愛飲家市場をより多く獲得しようと、少なくとも既存シェアを維持しようとしている。これは持続型イノベーションの例だ。新規の愛飲家を引っ張り込もうとするのではなく、既存顧客に別のものを提供しようとする。リプトンが沈滞していないことを社員と顧客に知らせるたいせつな意味もあるが、ベリー・ハイビスカス味を売り出したところで新規顧客の市場は創出されない。
持続型イノベーションは値上げや利幅の拡大を伴なうことが多い。自動車の暖房シートはメーカーが車の値段を上げたい場合に有効なオプションだが、ターゲットは既存ユーザーである。馬で移動している人を新たに自動車へ引き込むことにはつながらない。
※太字は松本による強調。


「新たな価値の提供」という本質に向き合う

鳥貴族のデータを貰っているわけでも無いので詳細は不明ですが、1にも2にも「新規顧客」が大切です。えっ? なんで? という方は以下のブランディングの科学に目を通していただければ幸いです。

特に焼き鳥は「家で作って食べよう!」という商品でも無いので、内食需要を外食に振り分けるというより、他業態居酒屋需要を振り分けると考えるのが適切かなと考えております。もっと言えば「家族でご飯を食べる」「友達とご飯を食べる」「職場の人とご飯を食べる」という外食需要で選ばれたいものです。

今求められるのは、新規顧客が行きたくなるような新たな価値の提示です。(味が飽きられたから)行かなくなった→だから新しい味を開発する、というのは少し表層的ではないでしょうか。本質的には「鳥貴族が今まで提供してきた価値が飽きられ始めた」とまで考えるべきではないでしょうか。

前項では鳥貴族が既に実践しているアセットを活用したPODを例示してみましたが、あるべき論で言えば「最高のコスパ」「外食にしては美味しい焼き鳥」「安心・安全」などの価値以外にも、どんどん新たな価値を作っていくべきです。それらを鳥貴族のブランド責任者が丁寧にPOD/POPとして確立すべきだと考えます。

では、どのようにして新たな価値を作っていくべきか? 私だったら、こうするかなぁ〜という手法を最後に共有しておきます。

まず様々な行動観察を通じて、「居酒屋に求められる価値」「家の外でご飯を食べる価値」の仮説を大量に生み出します。(考え方は以下を参照してください)

20〜30個程度の価値の仮説が浮かぶと、マーケティングリサーチを通じて自社含む競合がその価値を充しているか、表現できているかを調査します。その結果、以下のような表が完成するでしょう。価値1は三代目鳥メロが一番充していると分かります。

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あとは、この結果を元にコレポン分析を行います。例えばですが、以下のような結果が返ってきたとしましょう。

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この結果を踏まえると、各ブランドがどんな価値を充しているか、おおよそで見当がつくはずです。そんな中でも価値5と価値8は、いずれのブランドにも充たされていない感が強いですね。

では、定量的な調査を踏まえて、例えば「価値10」が消費者から高評価だと分かったとしましょう。それは「やきとりセンター」が充している価値ですから「POP」にしてしまいます。そうするだけで、Evoked Setは向上するはずです。

或いは「価値8」が消費者から高評価だと分かったとしましょう。それはいずれのブランドも充していない価値ですから「POD」にしてしまいます。そうするだけで、Evoked Setは向上するはずです。

改めて見直してみると、ここ主成分分析でも良いですね。

POPやPODをデータサイエンスを通じて構築する手法はこちらのページでも紹介しています。合わせてご覧ください。


今回のまとめ

この前、ある人に良い話を教えてもらいました。全米マーケティング協会によると、マーケティングの定義は以下のように定まっているそうです。

マーケティングとは、顧客・パートナー・社会全体にとって価値のある提供物を、創造し・伝え・届け・交換する、活動・組織・プロセスである。

広告・宣伝だけがマーケティングではありません。価値あるものを創造、交換するのもまたマーケティングです。

鳥貴族は広告宣伝をしない会社だと私は思っています(確かMBS系列「ちちんぷいぷい」でそんな話してませんでしたっけ?)。もし広告宣伝=マーケティングだと捉えられているなら、今すぐ止めた方が良いです。そして、来客してもらうために、どんな価値を作り、伝え、届けるか? まで一貫した流れで考えられる人を採用した方が良いです。USJにとって、それが森岡さんだったように。

と同時に、マーケティング=広告と考えがちな私も、多くの人も、広告業という枠から離れると、様々な活躍な舞台が(しかも未整備・未開拓・恐らく横展可能)待っているのだと改めて痛感する次第です。


最後にお知らせ

今回の話を、もりもり盛りだくさん詰め込んだ書籍が光文社新書から刊行されました。こちらもご笑覧頂ければ幸いです。

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