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鹿島アントラーズを父親へのプレゼントに

私は弱者男性である。
結婚もせず、恐らくこれからもできず
仕事でも昇進やらなにやらできず
昨今の生きにくさも相まって
正社員の煩わしさを考えて
契約社員へと雇用形態を変えた。

独り身でいるのならそれでも不自由はしない。
好きな小説を書いて
競馬をして
鹿島アントラーズの試合を見ていれば
私の直近の人生は良いような気がして。

しかし、ふと両親への、所謂親孝行を思うと
私は何もしてこなかったなと。
まず、孫の顔を見せられていない
恐らく今後も見せられないと思うと強い後悔があり
収入がそこまでないので
一般的な初給料での食事だとかそういうこともしていない。

それでも少なくとも母親には毎年花を送っていた。
憎き楽天(企業というより単純にヴィッセル神戸のという程度の意味)
のサービスを使い、花を送っていた。
それを母はなにやら大変喜んでいたようで
私は身勝手な安堵を覚えていたのだけれど
そんな行為すらあと何回できるだろうかと、昨夜急に思った。

私の両親はもうすぐ七十になる。
日本の平均寿命で言えば
男性は八十一、女性は八十七。
母はまだ二十年位孝行する猶予はありそうだが
父親はそろそろリミットが近いような気もする。

父親との思い出と言えば幼い頃よく野山に出かけた思い出がある。
主に野生動物(昆虫や小魚)の収集であったが、それが頗る楽しかった。
今、その思い出を懐古することはできても、再現するにはやや無理があるだろう。魚釣りくらいはできそうだが、父親は腰痛を発症し、あまり長時間の運動ができない。

なのでもう一つ、強い思い出を遡ればサッカーがある。
私にサッカーの素晴らしさを教えてくれたのは父親だった。
当時Jリーグが開幕し、ヴェルディやマリノスという前身となるリーグの時代からの有力クラブに並び、鹿島アントラーズは前評判を覆し参入し、しかも強豪クラブの一角になった。
父親が出身が茨城である事が影響してか知らないが、その当時の鹿島アントラーズの試合を、家族で観戦したのを今でも良く覚えている。国立開催の対ジェフユナイテッド市原(当時)で、たしか2−0で見事アントラーズは勝利した。

あの日、鹿島アントラーズがなにものか知らなかった私に父は言った。
「サッカーの神様、ジーコがいるクラブだ」と。
遥か遠い、南米の地からやってきたジーコは文字通り鹿島アントラーズを日本一のクラブにした、神様のような存在だった。
極東の地の虚弱な少年にとっても、あの時ジーコはアイドルであった。

身体が小さく、虚弱だった私に運動をさせようと、父は私を少年サッカークラブに入団させた。運動の苦手だった私は練習してもなかなか上手くならなかったが、それでもサッカーは好きだったし、それに伴って鹿島アントラーズが好きだった。
何も誇れるものが無かった私にとって、現地で観戦し応援したことがあるというだけの繋がりしかなかった鹿島アントラーズは憧れであり、応援している私の希望でもあった。

成長と共に、私自身がサッカーという競技をする機会は減っていったが、鹿島アントラーズはいつも私達親子のコミュニケーションに介してくれた。
今日は勝った。今日は負けた。
今年は優勝できそうだ。今年は駄目だった。いつも私達の間に、鹿島アントラーズがあった。
浦和レッズとの試合にかってクラブワールドカップに進出したときは、そのまま家の近くの町中華に出向いて、乾杯した。

鹿島アントラーズと出会ってからもう二十年以上経つ。
クラブはタイトルから遠ざかり、ジーコは現場から退き、両親は歳を取り、私は今こうして文章を書いている。
人生が上手くいっていると見栄は張れても、お世辞にも孝行息子とは言い難い。これまで、何も良い思いをさせてやれなかった。このまま行けば、その結末はどんどん現実のものになるだろう。

大人の男同士、生活が行き違い、そんな話しを悠長にしている機会は少ない。自分が仮にそれを謝っても、きっと別にいいと、気にするなというに決まっている。それが私の父親だ。だから、私はこのまま時が過ぎるのを待つしかないのかなんて考えていて、悔しくて、しかしどうしようもなく、昨夜は何とも言えない感傷的な気分になっていた。

そんなとき、ふと思った。
また、そしてこれからずっと、可能な限り、父親と鹿島アントラーズの試合を観に行こう。ユニフォームを買って。
背番号は何にしよう。父親はよく鈴木優磨の話をするから、鈴木優磨にしようか。
あの、熱狂的なサポーター席は今の私達には少々合わないだろうけど、それでもあの時のようにまた、試合を見に行こう。それを父親が望んでいるのかは知らないけれど、私が思いつく、最適な親孝行の方法が今は、それしかない。

そうやって、自分はどうしたら親に良い想いをさせられるか、考えていこう。考えて、考えて、また思いつくまで。思いつかないかも知れないけど。
父親が与えてくれた、鹿島アントラーズに、それまで甘えさせて貰おう。いまの私には、それしかできないから。

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