見出し画像

猫達のお弔い

これは昔、友達の友達から聞いた話です。

猫は死期が近付くと、大好きな飼い主に死骸を見せないために、誰にも見つからない所へ行くという。

最後の家族と思っていた猫が、ある日とつぜん姿を消した。元来人付き合いが苦手で、動物を飼うのも好きでは無かった。まだ目も開いてない時に捨てられ、死にかかっていた所を妻の友人に拾われ、我が家に来ることになったものだ。

二人の子ども達は都会の大学に行き、卒業してそれぞれの道に進み、家庭を築いた。妻も10年前にとつぜんガンで亡くなった。いつの間にか、付かず離れずの猫との暮らしになった。

その猫もいなくなり、静かすぎる日々になり、不眠症に悩まされることになった。むかしはもう少し強い睡眠薬を処方されていたのに、最近は安定剤しか出してもらえない。たかが猫一匹だが、その猫一匹のために不眠症とはなさけない。

安定剤を飲んで、深夜のニュース番組を見ていた。何となくトロンとしていたのに、番組が終わった頃からまた妙に目が冴えてきた。寝付かれそうもなく、近所の「徘徊」に出掛けた。

庭を出たところで、薄らとした外灯の中、いつも餌を求めて来るノラの茶トラ猫がヒョッコリと前方に現れ、こちらを気に掛ける様子もなく、のっそりと歩きはじめた。どこに行くのか付いていくと、ユックリとした足取りで河原の土手まで来て、高い急坂を一気に駆け上がった。追いかけようとしたが、草の生い茂る急坂で、街頭もなく足下もおぼつかない。近くの県道大橋まで行き、橋脚の散歩道から土手の上に歩いた。上に着いた時には、もう茶トラの姿は見えなかった。

そのまま橋の歩道を少し歩き、橋の街頭にボンヤリと照らされた、下に流れる川の水と、中州の茂みを見ていた。

「どうしました」

いつの間にか、風呂敷包みを胸に抱えた、品の良いオバアサンが横にいた。

「眠れずに散歩に出たら、いつも見る猫が歩いてこの辺りまで来て見失いました」

「ああ、今夜は猫のお弔いですね」

「猫のお弔い。・・・何ですか」

聞くと、猫は自分の死期が分かるらしい。お世話になった人間に別れを告げ、最期の時をこの橋の下に来て、大勢の猫と共に一夜を過ごすそうだ。

「少し前まで猫を飼ってましてね、しだいに食欲がなくなり、ある晩ほとんど食べずに顔をこすりつけて来ましてね、明日はお医者さんに行こうねって、一緒に寝たんですよ。翌日目が覚めたらいなくて、重いガラス戸が開けられてて、何日も探したのに見つからなくて・・・ここに来てたのかな。どうやら・・・捨てられてしまったのかな」

中州の草の揺らぎを見つめながら、独り言のようにつぶやいていた。

「ネコちゃんの名前は何といいますの」

「茶トラ白のキーです」

「キーさん・・・、とても感謝していますよ。生まれてすぐに捨てられて・・・。すぐに拾われてご主人に引き取られ、いつも幸せだったと」

「なら、良いんですけどね」

キーは目も開いてない生まれたばかりで捨てられ、半月間も入院させたり、退院後はミルクを温めて飲ませたり、手の掛かる子だった。病院通いも多い子で、さぞ恐かったろう。猫の18年は長寿というが、とつぜんの別れは、死骸さえ見ない別れは、なかなか納得できないものだ。

川の流れを見ていたら目頭が熱くなり、鼻水が流れてきて、フッと横を向くと、その人はいなくなっていた。

いま来た方を見ると、ちょうど三毛猫が橋の歩道から土手の方に曲がった。オバアサンの後を追いかけてきたのだろうか。すぐに三毛猫を追って来た道を戻り、土手に着くと、三毛猫だけが座って下の河原を見ていた。こちらを一度振り向き、横にあったレジ袋を咥えると、下にサッと降りていった。

橋の下の暗闇に入り、姿が見えない。しばらく目を凝らしてると、暗がりの中にボンヤリと10匹を超える数の猫が集まっているのが解る。これが先ほど聞いた猫のお弔いなのか。見てはいけないものを見てしまったようで、外気の寒さもありゾクッとした。しかも目が慣れてきたら、三毛猫と茶トラがジッとこちらを見てる。

慌てて家に帰ろうと急いだ。後ろに何かの気配がして振り向くと、茶トラと三毛とハチワレの三匹が付いてきた。早足になっても、一定の距離を置いて離れない。自宅の庭に入り、塀越しに見るとやっと見えなくなっていた。風邪を引いたような悪寒と、今頃になって安定剤が効いてきたようで、強烈な眠気で着替えもせずに布団に潜り込んだ。

翌朝、玄関のドアをガリガリとする音で目が覚めた。玄関を開けると、いつものように薄汚れた毛並みの茶トラ猫が座っている。


「夕べは橋の下で、みんなでお弔いをしていたのか。
そろそろ、うちの子にならないか」

餌を器に入れながら聞いたが、もちろん何の反応も返事もしないで、いつもと変わらず食べ始めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?