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チョモランマ -“母なる女神”(1)

2007/07/19

北緯 27.58 東経 86.55、チベットとネパールの間に地球上最も背の高い“女性”が鎮座している。

エベレストだ。

20世紀初め、イギリス人登山家・ジョージ・マロリーは、処女峰エベレストへの思いを「そこに山があるから」("Because it is there“)」と述べた。1924年、イギリス隊の一員として彼はエベレスト初登頂を目指すが、登攀中消息を絶ってしまう。それから約30年後の1953年、同じくイギリス隊のテンジン・ノルゲイとエドモンド・ヒラリーが遂に各国に先んじて世界初登頂。イギリスは悲願を果たす(マロリーが登頂したという説もあるが、確たる証拠は無い)。

20世紀に後半、「ヒマラヤ」登山、特にエベレストは大衆化の時代に入る。21世紀に入りその流れは更に加速し、“エベレスト商業登山”も珍しくなくなった。つまり、お金を出せば、“誰でも”登らせてもらえる様になったのだ。経験・技量の伴わない登山者も含め多数押し寄せ、彼らが出すし尿やゴミなどによるエベレストの環境汚染・破壊が懸念されている。

ちなみに、ネパール側から登る場合、一人当たり入山料だけで100~300万円(「“ノーマル ルート”料金」。登山隊の人数により割引がある。野口健さんなど殆どの登山者がこのノーマル ルートを使用している)。チベット側(つまり、中国側)の入山料は、現在、180元(約3000円)。だが、来年2008年(“北京オリンピック年”)より、4900ドル(約60万円)に跳ね上がるそうだ。

今年の「春シーズン」のみで、514名もが登頂。もはや、“エベレスト銀座”と言えるだろう。入山規制が検討されて良い時期ではないかと思う。____________________________________________________________

エベレストはチベット名「チョモランマ」-“母なる女神”の意味。その山の崇高さ奥深さを表した良い名だ。響きも美しい。本来、歴史・文化の古さからいってもこのチベット名を使うべき。

しかし、当時、権勢を欲しいままにしていた大英帝国のインド測量局長官・ジョージ・エベレストに因んだ名前が世界に流布し一般に定着してしまった。世界最高峰に一個人の名前とは、何ともスケールが小さい。残念。(エベレスト氏自身は現地名の採用を主張したが、本人の死後に(現地名が確認出来なかったため)後任が彼の名前をつけてしまったそうである)。

チベット人の宗教観、世界(宇宙)観にチョモランマは欠かせない存在だ。神話や宗教画(タンカ)にもしばしば描かれている。チョモランマのベースキャンプ近くにはチベット仏教の寺院(ロンブク寺院)もある。

偉大な「母なる女神」は古よりチベット人たちを見守って来た。____________________________________________________

4月下旬、既知のチベット難民のNGOからメールが送られてきた。「Youtube」のURLが示されていたのでクリックしてみる。映し出された映像に驚いた。チベット人の若い男性(Tenzin Dorjee)が支援者の男達と横断幕を広げ、“中国政府によるチベット支配”を訴えている。横断幕には次の文字がー「ONE WORLD ONE DREAM FREE TIBET 2008 (“ 一つの世界”“一つの夢”“2008年、チベットに自由を”)」。北京オリンピックのスローガン・「ONE WORLD ONE DREAM」をもじっている。欧米の町中なら何ら驚くことの無い抗議風景だ。

だが、そこは、チョモランマのベースキャンプ...。

このゾーンは国境地帯で、中国国境監視部隊が駐屯しヒマラヤを越えて脱出するチベット人に睨みをきかせている。昨年九月、ネパールへ向かうチベット人の一行が襲われ、17歳の尼僧が射殺された。その模様は偶然現場に居合わせたルーマニアの登山家にビデオ撮影され、YouTubeでも公開されている。雄大な光景とは裏腹に、“血塗られた”場所でもあるのだ。

こんなチベット人にとって危険極まりない場所に潜入し、「抗議メッセージ」をビデオに収めてくるとは...捕まれば監獄行きで、拷問が待っているかもしれない。止むに止まれぬ行動だったのだろうが、余りに危険すぎる。Tenzin Dorjeeの家族・親族の心痛を想像すると胸が痛む。彼はこのアクションのことを事前に話していなかったとは思うが...。

Tenzinのメッセ-ジによれば、中国政府が北京オリンピックの聖火をチョモランマの頂上に運び上げる準備をペースキャンプで初めているという。彼の心中も察して余りある。結局、Tenzin Dorjeeは他の仲間と共に当局により55時間拘留された後、アメリカ国籍ということもあり釈放された。

BBC Asia は、この“超高所の抗議行動”をリポートした。

この出来事を「母なる女神」はどんな思いで見下ろしていたのだろう。

(『チョモランマ -“母なる女神”(2)』へ続く)

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