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チョモランマ ー“母なる女神”(2)

2007/07/31

(『チョモランマ ー“母なる女神”(1)』より続き)

昨年の9月にヒマラヤで17歳のチベット人尼僧が中国軍兵士の銃弾に倒れたことは先の記事で述べた。彼女の名はKelsang Namtso。

この事件を知った時、フラッシュバックの様にあるチベット難民たちの顔が思いだされた。99年、インドで行われた「チベット問題」を訴えるピースマーチ(平和(デモ)行進)の取材で知り合った若い尼僧たちだ。300キロ余りの道程を、彼女たちは130名のメンバーの一員として、私は取材者として共に歩いた。

一般の難民が自主的に組織した初めての大規模ピースマーチ。画期的なものだった。しかし、同行取材したのは私のみ。ピースマーチに先立つダライ・ラマのスピーチには、数えきれないほどの各国の取材者が詰めかけていたのだが...。ある難民の若者が皮肉たっぷりに言ったー「表面的には『チベット問題』を真剣に考えている様な顔をしているが、その実、ダライ・ラマや己の名声にしか興味がないんだ。誰も普通の難民になど本気で振り向きはしない。結局、ビジネスだよ!」 マスコミの本質的な一面を的確に突いた言葉に、思わず苦笑してしまった。

そんな画期的且つ歴史的なピースマーチにその尼僧たちは参加したのだ。えんじ色の僧衣からのぞいた顔は未だどこかあどけない。どんな思いで参加を決意したのだろう。しかし、行進当初、牽制を感じさせる鋭い視線にたじろぎ中々聞き出せなかった。

彼女達は先頭に立って「チベットの自由」を訴えた。毎日10時間を越える行進。灼熱と埃の中で、インド人に嘲笑され、そして、いつ終わるとも知れない難民生活の不安に耐えながら...彼女たちは歩き続けた。その凛とした決意あふれる姿を私は必死になって映像に収めた。そんな真剣さが届いたのか、やがて、彼女らはこちらに笑顔をみせてくれるようになり、少しずつピースマーチへの思いを語ってくれた。
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「チベットの監獄で拷問を受けました」ー 彼女達の言葉はこう始まった。

「チベットでは自由に仏教の修行が出来ません。中国が厳しく管理しているのです。ダライ・ラマ法王の写真を飾ることさえ許されません。そんな状況に抗議したくて、チベット解放の思いを歌にして歌ったのです。それが、当局の知るところとなり、投獄されました...そして、酷い拷問を受けたのです...」

皆がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患い、内の一人は、連日の殴打により左目を失明していた。

彼女達の様な、いわゆる“良心の因人”に対する過酷な拷問の数々(殴打、電流流し、食事を与えない、性的虐待など)は、Amnesty International, International Campaign for Tibetなど国際的な人権擁護団体により詳細に報告されている。

チベットの僧院は当局により厳しく監視されている。故に、彼女達は、“抗議の歌”がどういう結末(つまり、拷問)をもたらすか十分承知していた。しかし、歌わずにはいられなかったのだ...その切なる思いが“閃光”のごとく私の胸を突き刺し、絶対的な弱者に対する非人道的で下劣な行為に怒りが噴き上げてきた。

「私たちは仏教徒です。仏教では怒りは禁じられています。でも、チベットでの不当な行ないの数々に怒りを禁じ得ません...けれど、暴力を振るった監視員や他の一般の中国人を恨んでいる訳ではありません。彼らは中国政府の方針に従っているだけですから...私たちは、ただ、チベットの解放を望んでいるだけなのです」

耳を疑った。自らに不当な暴力を振るい「光」まで奪った者達を許すというのだ。悪いのはその政府、政策だと。私の如く“瞬間湯沸かし器”的大凡人には、彼女達の言葉はにわかには信じられなかった。だが、彼女たちが上辺で奇麗ごとを言っているのではないことは、その瞳を見れば明白だった。
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尼僧たちの崇高な「人間性」に触れて自ずと心に湧き上がってきたのは、かつて旅したチベット含む広大なヒマラヤの光景だった。「母なる女神」・チョモランマの崇高さが彼女らの有する崇高さと重なる。

彼女達の人格形成に、ヒマラヤの大自然が寄与していることは疑いない。チベット仏教がヒマラヤと密接な関係にある事実からすれば、その修行者たる彼女達にそれが影響を与えていると考えるのが道理だ。

そして、その自然に培われた彼女達の様なチベット人の良き「人間性(魂)」が、逆に、チョモランマを初めとするヒマラヤに反映し、その自然そのものを一層豊かな魅力溢れる存在としている。

つまり、幾世代にも渡る両者の「交流」が、人間の意識と自然とが融合した「ヒマラヤ」という“世界”を創り上げたのだ。そういう意味で、ヒマラヤを単に世界最大の無機質な氷岩塊(山脈)と解釈するのではなく、人間と自然の“合作”としての「有機体(或は、意識体)」と捉えるべきだろう。「母なる女神」というチョモランマの名がそのことを象徴的に表している。

チョモランマ南側の「サガルマータ国立公園」(ネパール)は世界遺産に登録されているが、“有機体”の考えに近い見方がされているー

「エベレストを中心とする秀逸な山岳美や希少動植物のみならず、チベット文化を保持するシェルパ族(チベット系民族)の存在がこの地をより一層興味深いものにしている」(UNESCO World Heritage Centre)

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自由に仏教修行を行なえる地を目指し、ピースマーチの尼僧たちは故郷チベットを離れ、愛するヒマラヤを越えた。

昨年9月に射殺された17歳の尼僧もきっと同じ境遇だったろう。5000メートルを越える厳寒の中、ヒマラヤを越えるには到底適さない粗末な服と靴だけで喘ぎ苦しみ歩きながら、ささやかな希望を胸に抱いていたはずだ。だが、彼女の夢を銃弾が無惨にも打ち砕いた。白銀の大地が鮮血で染まる...少しずつ薄らいでゆく意識の中で、彼女は誰を思ったのだろうーチベットに残してきた母親、僧院で寝食を共にした友人たち、それとも、未だ見ぬダライ・ラマか...

重度の凍傷、凍死、そして射殺。以前製作したドキュメンタリー作品でも報告しているが、罪なき人々の「悲劇」がヒマラヤの大地でこれまでに幾度となく繰り返されているのだ。

まだ17歳のKelsang Namtsoの命が途絶えたとき、ヒマラヤの「意識」の中に彼女の「魂」が刻み込まれ、山々が怒りと悲しみにうち震えた。もちろん、「母なる女神」も。

一体、何人のクライマー(登山者)がその「震え」を感じたろうか。

(『チョモランマ ー“母なる女神”(3)』へ続く)

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